有名なイルミネーションをつくる仕事に関わった時

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今から10年以上前のこと。


成人式を迎えようとしている年の秋から冬にかけてのお話です。

高校在学中に両親が離婚。母方で母と弟と暮らした私は高校を卒業後、大学には進まず就職し社会人になった。

母子家庭でお金がない。

弟は男だから学歴が必要。だけど女は結婚して家庭にはいるのだから学歴は必要ない。

おじいちゃんによく言われた。

母には「本当にお金がないから高校は何とかするけど、その先進学したければ奨学金借りるとかバイトして自分で何とかしてね」みたいなことを言われたので進学は考えてなかったから。

苦労して進学するなら就職して自由になりたい。早く楽に暮らしたい。それが本音。

18歳で家を出てその時は一人暮らし。

普段は携帯電話の販売の仕事の傍ら貯金を増やすために日雇い派遣をやっていた。

業務内容は色々あり、ある日はパン工場で製造ラインに入ったり、ある日は栄養ドリンクの試飲販売をしたり、企業のコールセンターへ行ったり。

時には倉庫内の作業もあった。

毎日仕事内容も変われば時間も変わる。

私のように普段から仕事を持っている人は前日に「明日仕事ありませんか?」という具合に都合がいい時だけ働けるので掛け持ちするには都合が良かった。 


社会問題にもなった日雇い労働。

私のように掛け持ちの人や、家事や子育ての合間に都合よく働きたい主婦はわりと常識的な人が多かったが、中にはリストラされて再就職できないおっさんもいたし、ネットカフェ難民もいた。

変わった人も多い不思議な会社だった。

夢を追って田舎から出てきたけど夢破れて前にも後ろにも進めない人もいた。

母子家庭で自分が不幸に感じたこともあったけど私みたいに家があって暖かい布団で眠れるのは幸せだと思えるようになったのはこの会社で働いたからかも知れない。

いろんな人が交差する不思議な会社だった。


そんな中で続けてお世話になっていた現場があった。

名古屋駅のデパートのイルミネーションを作る仕事だった。

私の家から勤務地となる倉庫は1時間以上離れていたが、頑張って通っていた。

倉庫のような場所でパネル状になっている電飾を結束バンドで留めたり、余分な部品を切ったり、またきちんと点灯するか確かめたり。

職人さんたちが作るパネルを完成させるための雑用だ。

「このパネルを組み立てると一枚の絵になるぞ」

パネル一つ一つはパズルのピースみたいに何が描かれているのかわからない。

だけど根気よく指示を守りながら仕事に励んだ。

当時のメンバーはその日によってバラバラではあったがネットカフェ難民の人とリストラされたおっさんはいつもいた印象だ。

私は普段が接客業という事もあり、職人さんに指示をされるとつい癖で「ハイ!かしこまりました!」と答えてしまったのでかしこまりましたちゃんと呼ばれていました。

俺たちにそんな丁寧に喋らなくてもいいよと言われたけど、リストラのおっさんが偉そうにタメ口なのが気になって、私はどうしても丁寧になってしまった。


何度か倉庫の作業に通い、迎えた11月。

周辺の店が閉まって人通りが少なくなる夜の10時から、名古屋駅のホテルの装飾があった。

イルミネーションのパネルを作るチームの仕事で男性は力仕事、女性はホテルロビーをツリーなどで飾り付けだ。

昼間は携帯電話の販売をして、一旦帰宅してからすぐ名古屋駅のへ仕事へ行く。

夜はロビーの暖房が切られているので寒くて悴む手でツリーに飾り付けをする。

赤を基調としたクリスマスツリー。

背が高いというだけで脚立に登ってツリーの上の方までリボンやボールを飾る。

ガラス越しに見える街並みは、終電がなくなり静かで人通りも少なくなんだか寂しい。

それでもロビーに輝くツリーがクリスマスの訪れを告げて幸せな気持ちになる。

これが終われば明後日には点灯式だ。

それを目標に寒さにも耐えながら頑張った。


日付けが変わり午前3時。

全てが終了して解散になる。

始発の電車が出るまで行き場をなくした私たちは自販機でホットコーヒーを買い温まりながらどうでもいいことを語り合った。


親から虐待され、借金返済のため売られかけ逃げ出した家出少女。

遠距離恋愛中の彼氏を頼って出てきたが彼氏には他に女がいて、家がないから仕事がみつからず日雇い労働をしているらしい。

リストラされたおっさんは一流企業のエリートだったのにリストラされて奥さんと離婚、財産は全て奥さんに持っていかれほぼ無一文で放り出され子供ともずっとあっていないらしい。

風呂、トイレ共用のボロアパートでその日暮らしをしているとか。

夢を追って田舎から出てきた青年。親の仕事を継ぎたくなくて反対を押し切り勝手に出て来た。

東京は都会すぎて怖いから名古屋に来た。だけど挫折して親の反対を押し切って出て来た手前行き場をなくしているという。

私はこの青年に帰れる場所があるなら親に頭下げて地元に帰って再就職したらいいのに。と言った。

おっさんにも帰る場所があるというのは幸せなこと。このまま親がいなくなれば必ず後悔するから、親の仕事を継ぐとか継がないではなく親とは和解するべきだぞと言われていた。

みんなそれぞれ抱えているものがあって、私は今まで自分が一番ツライと思っていたのにすごく恵まれていることに気づいた。

高校生なのにバイトを3つかけもちしていて青春なんてなかったけど家はちゃんとあったから。

とても幸せなんだなって思ってしまう。

それぞれの話をしているうちに始発の電車が動き出し点灯式でまた会えるといいね、とその日のメンバーとは別れを告げた。

私はこれからまた寝ずに携帯電話を売りにいかなきゃいけない。

丸2日、ほぼ寝ずに仕事だ。

今はもう無理だけど若かったから丸2日寝なくても大丈夫だったんだろう。


2日後。

仕事を昼までで午後を休みにしてもらい、名古屋駅に来た。

点灯式をみるために沢山の人が集まる中で見慣れたヘルメットをかぶる人を見つけた。

お世話になった現場の責任者の人だった。

責任者の近くで点灯式を待っていたら田舎から出て来た青年を見つけた。

「俺さ、これ見たら田舎帰るわ。背中押してくれてありがとな!」

そう言われた。


時間になり、無線でカウントダウンが始まった。

責任者が数を数え「5.4.3.2.1!点灯!」の声に合わせてイルミネーションが点灯された。

歓声があがり、灯されたイルミネーションを見る人達。

私たちもその時初めて全ての絵柄を見た。

綺麗な星座の絵だった。

責任者に「今までお疲れ!」と言われ思わず涙が溢れた。

青年も涙を堪えているようだ。

私たちは本当に一部、雑用しかしていなかったけど一つのものをつくるということに携わることができた。

私なんかちっぽけで役にもたたなかったかも知れない。

それでもたくさんの人の力が集まってとても立派なものができたということを実感した。

街に輝くイルミネーション。

その中には私たちの汗や涙だけじゃなく、夢や希望も詰まっている。

今までみたどのイルミネーションよりも輝いてみえたんだろう。

時間が流れてもあの輝きは決して色褪せることなく、記憶の中に残っている。


副業だったから履歴書にも書いてない仕事だったけど、普通じゃできない仕事をたくさんさせてもらった。

思い返せば楽しいことばかりではなくツライ時もあった。

苦しいときもあった。

様々な人間模様を見て、それまでとは違う目線で人を見ることができるようになった。

社会問題となっている日雇い労働やその日暮らしの人とも出会い、仕事や他人に対する見方とか意識もかわったんじゃないかなと思う。

大変なこともあったけど若い頃のこの経験が今の私のチカラになっていたらいいなと思います。

貴重な経験をありがとうございました。

読んでよかった
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STORYSの編集部です。
だれもが自分のストーリーを歩んでるんだなと、
改めて実感しました。

ご投稿ありがとうございます。
肌寒くなり、夜の街が色づきはじめるこの季節にあわせて、
またご紹介させていただければと思います。

いいですねー

高須 暢子

8、6、4歳の男子ばかり三人兄弟の母です。

高須 暢子さんが次に書こうと思っていること

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8、6、4歳の男子ばかり三人兄弟の母です。

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