不正をしなかったことで、僕が得た素晴らしい体験

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 中学校3年生の学年末試験で起こった僕の人生を変えた話

 今回書いていく話は、僕が実際に体験した話ですが、誰にでも起こったことがあると思いますし、そこまで面白い話ではないですが、その選択をすることで、人生をとても豊かにすることが出来たと確信しているので、書いていきたいと思います。


中学生という時期は、大人になる一歩として始めて恋愛をしたり、ちょっと悪いことに憧れてみたり、小学生の時以上に様々な経験をすると思います。


その中でも、切っても切り離せないのが、学校の試験があります。


内申点という、高校受験には欠かせない評価の材料が試験によってきまりますので、中学生の悩みのタネである試験は中学生の生活の中で大きなイベントごととなります。


内申点、いわゆる普段の授業の受ける姿勢やテストでの成績など、中学生を監視し悪いことをさせないように縛るような制度ともいえるような内申点という制度ですが、この内申点によって、高校受験において、志望校を受けるか出来るかの1つの指標になることは言うまでもありません。


そして、3年生の学年末の試験ともなると、内申点の積み重ねられた最終的なランクが決まり、最後の試験で良い点数を取ることで、ランクをあげることも可能になりますので、3年生の学年末試験は、中学生活で1番と言ってよいほど大事な試験になります。


その学年末試験で僕にとって人生を左右する事件は起こりました。


3年生の一番大切な試験である学年末試験が終わり、テストの返却を授業で迎えたときのことです。


それは、国語の試験の返却でおこりました。


僕の試験の答案が返却され、そこに書かれていた点数はなんと83点でした。


3年生の普段の試験では僕は、国語の試験で60点~65点くらいの点数しか取ることが出来ていなかったので、内申点の評価は3をもらっていました。


内申点の評価としては


5 :100点~85点

4 :84点~70点

3 :69点~50点

2 :49点~30点

1 :29点~0点


学年末の成績は1、2、3学期の平均の点数の評価で決まりますので、普段60点~65点を取っていた僕は、学年末に83点を取ることが出来たということは、


理論上、内申点で、国語の3年生の成績は4をもらえることになります。


僕にとって、今回の学年末の試験は1つでも内申点をあげることが出来れば、ランクが1つ上がるという非常に重要な試験でした。


しかし・・・・


よくよく、答案を見直し正解している問題の点数などを合計していって、自分の答案の点数がきちんと合っているかを確認すると、なんと、本当の点数は68点だったのです。


学年末の試験は、僕にとっては国語さえ頑張れば、内申点のランクをあげることが出来るということで、国語の試験にかなり力を入れていたので、83点取れていてもおかしくないと思っていましたが、


なんと、先生の単純なミス、しかも、どんな採点の仕方をしたら15点も間違えるのだといえるくらい、意味のわからないミスを先生はしていました。


僕の中学では、テストの採点ミスがあれば、点数が上がろうが、下がろうが申告しなければならなかったので、申告するということは、テストの成績が15点下がることを意味します。



渡辺正実
このまま申告しなければ、内申点が4になり、ランクをあげることが出来る。
担任の先生
もし、試験の点数が申告して下がるようなことがあっても、絶対に申告して、正直に生きたほうよい。神様は絶対見ているから。


僕は、自分に正直になり、テストの点数が15点も下がることを知りながら、きちんと、先生に申告する結果を選び、国語の試験の点数が83点から68点へと下がる道を選びました。


その結果ですが、中学校3年生の学年末試験の成績はいつもとあまり変わらず、結局あと1つでも内申点をあげることが出来れば、内申点のランクが上がっていたのに、結局ランクが上がらなかったことで、僕は志望校を受験出来ない結果となってしまいました。


もし、あの時、不正をして申告しなければ、僕のランクは上がり、志望していた高校を受験することが出来て、しかも、合格もおそらくは出来ていたと思います。


僕の、この不正をしないと言う生き方で失ったものは、行きたかった志望校に受験することが出来るという権利を失いました。


しかし、それ以上に僕の人生の中で、不正をしなかったことは、一点の曇もない状態で、その後の人生を生きることが出来たことに非常に大きな意味があったと思います。


もし、申告しないで不正をして、高校受験に成功して、志望していた高校に入学出来ていたとしても、僕はあの時不正をしたから合格出来たのだという十字架を一生背負うことになります。


自分が最も誤魔化したいときこそ、正直に生きたほうが良い。


僕の担任の先生は、テストで点数が下がることがあっても、絶対に申告するべきであると言っていたことがあります。


その理由は、神様がみているからということをおっしゃっていました。


確かに、神様がみているからということは本当に正しいと思います。しかし、それ以上に自分が不正をみているのです。


人間は悪いことをしたら、心に傷を負い、様々な場面で自分を攻撃します。


いつか化けの皮が剥がれてしまうのではないかと、一生ビクビクする人生になります。


だからこそ、誠実に生きるということは、本当に言葉に重みがありますし、太陽に照らされている人間、そして、神様から愛される人間になることが出来ると、僕は今思っています。


「不正をしない」、「誠実に生きる」、言葉では簡単に言えることですが、本当に実行することは案外むずかしいと思います。


僕は、15歳の時、高校受験というその当時の僕の人生に最も影響を与える場面で誠実に生きることが出来ました。


その選択を出来たことは、今の僕にとって誇りに思いますし、今では人生が素晴らしいものになったということが出来ます。


もしあなたも、最も自分が誤魔化したい、隠したいと思うことがもし今存在するのであれば、そのことから逃げることなく、誠実に生きる道を選んで欲しいと思います。


短期的にみて状況が悪くなったとしても、その選択は絶対にあなたの幸福への近道だと思います。


「追伸」高校以降の僕の人生は・・


第1志望の高校に入学できなかった僕のその後の人生ですが、結局は大学受験も上手くいかず、地元のあまり偏差値の高くない大学に進学し、普通に生活するはずでした・・・


しかし、現在23歳で、2017年の3月に大学卒業を控えた僕ですが、15歳から23歳の間で、今回の話の内容からすれば、転機となることが2つあります。


まず、高校3年生のときですが、僕は現代文に真摯に向き合い出したことで、中学生の時に国語の点数が70点も取れない人間だったのですが、大学受験の予備校主催の模試で、90点以下を取ることがなくなるくらい現代文が得意になりました。


大学受験予備校主催の模試で、現代文で満点を取ったことが何度もあります。


だから、中学生の段階で受験が上手くいくことがなかったとしても、そして、たとえ得意でなかったことであっても、何かのきっかけ、僕は先生の出会いと、いい参考書に出会えたことで、現代文が得意になりました。


こうして、長文の文章を書けるようになっているのも、国語が苦手な人であれば考えられないことかもしれません。


そして、第2の転機ですが、僕は大学1年生の時にビジネスを始める決断をすることになりました。


きっかけは1つの本との出会いなのですが、たとえ高校受験、大学受験と失敗したとしても、人生を豊かにする道は沢山あるというくことです。


僕は、現在働かなくてもサラリーマンの初任給くらいは簡単に稼ぐことが出来るくらい仕組みを構築することに成功しました。


受験、就職など、人生の決断に迫られることはたくさんありますが、僕は自分でお金を稼ぐ方法を身に着けたことで、就職活動をせずに大学を卒業します。


中学生は高校受験、高校生は大学受験、大学生は就職活動とその都度高い壁が目の前に現れます。


その現れた壁を超えられず、失敗してしまったときは人生が終わったと思うことや、絶望感などものすごいマイナスなエネルギーが発生します。


ですが、人生は本当に可能性に満ち溢れています。


僕の親は公務員だったので、僕も普通に公務員になると思っていました。


ですが、現在は起業家としての人生を生きる決断をしました。


人生、様々な出会いや経験などで、本当に180度人生は変わります。


だからこそ、自分に正直に、そして誠実に生きつづけることで、あなたも可能性に満ち溢れた人生を歩むことが出来ると信じています。

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