3.11!!元いじめられっ子による福島第一原発事故からの怒涛の脱出劇。その3

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そのアパートは東京都荒川区西尾久8丁目にある築40年のアパート。


一見外見はともかく、内装はとてもきれいだった。




一応風呂付で2DKの部屋だった。

お風呂は水しか出ず、追い炊きをしてお風呂に入った。

シャワーは使えない。

夏場はゴキブリが結構出る。

1年に4-5匹くらい出るのでそいつらと格闘しながら日々過ごしていた。

住んでいたアパートの近くに荒川遊園がありさらに北に進むと河川敷に出る。

ここはかの有名な三年B組金八先生のロケ地であり

僕は中学3年生のころ金八先生の第七シリーズを見ていた。


良く北区の王子まで行き、まんが喫茶げらげらのカレーを食べていた。


昼になると100円で食べることができ、大盛りでも200円。

それも結構ボリュームある。

味もかなり美味しい。コスパ最高なので片道20分くらい

歩いて頻繁に通っていた。

住んでいたアパートの近くには都電荒川線が通っていた。

ヤマト運輸で早朝の仕分けのバイトをしていた頃も

荒川遊園前から乗り熊野前で降り、日暮里舎人ライナーに乗り換えた。

美容室とかに行く時も大塚まで都電で行った。


都電荒川線。






普通のJRであれば例えば池袋に行くときであれば

少々遠いが最寄りの山手線の駅である田端駅まで歩いていくこともあれば

普通の在来線の尾久駅まで行き赤羽を経由して、埼京線で

行くこともあった。

僕が住んでいた荒川区西尾久には全国に誇る老舗のたこ焼きがある。

値段も安かったので頻繁に食べに行っていた。




2012年2月、22歳の頃2度目の海外旅行に行った。

前回と同じHisのツアーで行先はタイのバンコク。

航空会社はタイ航空で前回と同じ3泊4日。


東京では寒いのにバンコクはかなり暑い。

日本みたいに東南アジアの国々には四季がない。

タイの街並みは中国のそれと似ている。

街中を歩いていると何処か懐かしいものを感じる。

毎度おなじみ三大寺院やらカオサン通りやらに行った。



実際安宿のイメージが強いカオサンはバンコクの中では物価が高い。



カオサン通りよりサイナムなどの市内の方が物価が安かったりする。



マンゴタンゴや水上マーケットなどに行きたかったが、

時間が足らず、今度またタイに行く機会があればいきたい。

ゴーゴーバーで有名なナナプラザにも行っていない。

片道80円の電車でバンコクから郊外にあるアユタヤにも行った。

アユタヤに到着すると客引きが日本語で話しかけてきて

500円くらいでトュクトュクに乗らないかと話しかけてきたので

チャーターした。



そういえばバンコクでもタクシーに乗った気がする。

確かアユタヤに行く駅からバンコク一の繁華街に行く

サイナムに行く時もタクシーを使った。

僕が海外に行ってぼったぐられたのは

マレーシアのクアラルンプール市内からクアラルンプールの

空港であるlcctターミナルに帰るときだけだ。

自分の泊まったホテルはラマ9世駅の近くだった。

2016年現在ラマ9世駅付近で急速な発展をしているという。

何でも600mくらいの超高層ビルが出来るとか、、



2013年3月たまたまホームページを見ていたら

千葉県流山市で3年間家賃無償で借りることが出来るとの情報があったので

マンションを借りることになった。


その頃親が福島県郡山市から東京に

引っ越してきてしまい福島の実家には帰ることが出来なくなっていた。

2013年3月今まで借りていた荒川区のアパートを後にし

南流山の借り上げ住宅に向かう。







同じころ同年代の人の旅ブログに影響を受け、2013年エアアジアを使って

マレー本島、シンガポール、ボルネオ島、韓国など

アジアを2週間掛けてバックパッカーをするつもりだった。

結局はマレー本島とシンガポールにしか行かなかった。


エアアジアの機内食は正直言って美味しくない。

親父のわきがみたいな匂いがする。



クアラルンプールのLcc専門ターミナルであるLcctに到着。






クアラルンプールのツインタワー。

このバスで帰る。割とぼったぐられた。



ただ僕がシンガポールの安宿に滞在しているとき、

シンガポールでは非常に魅力的な方々に何人か出会った。

30代で年収1億円、資産数億円のFX投資家

日本という枠組みを捨て現地(シンガポール)で就職を目指している27歳の男性

世界一周している2人組の学生さんなど。

一般的な人生のレールからは大きく外れているような方々だらけだった。










シンガポールの朝はとても気持ちが良いので

毎朝この下の写真付近をジョギングしていた。




ホステルの朝食。




シンガポールのホステルに滞在中

マレーシアのボルネオ島のコタキナバルでフィリピン系の武装組織がテロを起こし、

10人ぐらいが死亡する事故が起きた。

ボルネオ島のミリ経由でほぼ内陸であるグヌン・ムル国立公園に行く予定があった。

僕が行くときには北部のコタキナバルではなく中部のミリだったが

回りの方々の意見や自分の第六感と相談して結局は行かないことにした。

(後に2016年6月に行ったニューヨークでもフロリダのマイアミで50人以上が死亡するテロが

1日だけ滞在したテキサス州のダラスでも3日後くらいに

同じダラスで5人が死亡する無差別テロが起こった。)


不謹慎ながらアメリカのテロに巻き込まれれば楽に死ねたなぁと思ってしまう。


悪運だけは無駄に強いのが僕なのである。

シンガポールの中華街では天天海南鶏飯というシンガポールで有名なチキンライスや

宮川飯店という日本料理店でかつ丼が非常に美味だった。


天天海南鶏飯。


鶏が丸ごと。

スープはつかないことが多い。


どちらも物価の高いシンガポールで日本円で250円くらいとコスパが非常に良い。

天天では時々スープが出されない時がある。

僕にとっては海外の中華街は安くて旨いというイメージしかない。

シンガポールではジュースはほとんど買わず、ミネラルウォーターだけで過ごしていた。

中華街近くの飲食店で500ml、80円程度で購入できる。

バンコクやシンガポール、ニューヨークでも中華街は安くて、旨いイメージしかない。


ニューヨークの中華街の風景。


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熊坂 翔吾

2011年3月11日の東日本大震災から現在に至るまでの自分の経路を書いています。詳細や写真なども徐々に付け加えます。地元福島に戻り、田舎暮らしをしたいと考えております。

熊坂 翔吾さんが次に書こうと思っていること

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熊坂 翔吾

2011年3月11日の東日本大震災から現在に至るまでの自分の経路を書いています。詳細や写真なども徐々に付け加えます。地元福島に戻り、田舎暮らしをしたいと考えております。

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