貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第25回)

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『骨折』

母親とはえらいもんだという話です。
僕の神経質ぶりをわざと無視し続けて、アソコ悪いココ悪いと言ってもことごとくさらっとかわした。そうすることが神経質な子に対しての一番の対処法と思ったのだろう。
いま思い返せば、僕が訴える病的症状は実際にすべて僕の神経質のなせるワザだったのだ。
さてそんな僕が小学校五、六年のころ、急に野球のボールが投げにくくなった。
投げたらひじが痛い。
それまでの体験から、自分自身「また神経かな、これは」と思っていた。しかしそれを見ていたまいくばあは「ちょっと医者行こか」と村の診療所へ連れて行った。母は今回は尋常ならざることと思ったんでしょう。
医師は言った。「ホネ折れとるやないか」右ひじ骨折だった。
無視を決め込むだけの人ではなかった。母親とはえらいもんだよほんとに。
                                   



『誕生日』

まいくばあは誕生日にはとんと関心がない。
その昔、「かあちゃん、おれの誕生日はいつ?」と聞いた。
まいくばあ「十月・・えーっと・・二十四日じゃなかったかな?」
で、ずうっとそう思ってきたわけです。で、中学三年のとき高校入試の願書に僕は生年月日を十月二十四日と書いた。
先生は「前沢、おまえ十月二十二日やぞ」
「えっ?」
家に帰って聞いてみた「かあちゃん、オレの誕生日十月二十二日って先生が言うとったで」
まいくばあ「おお、そうじゃよ」と当たり前のように言う。
「えーーっ!あんた二十四日って」
・・・・・
そんなヤツですねん。

さて、時は移ってつい最近のこと。我が家の二女とまいくばあが話している。
二女「ばあちゃん、きょう私の誕生日なんや」
まいくばあ「そうか」
さらに、「わしは子供の誕生日祝いなぞしたことないわ」
さらに、「誕生日は忘れたわ」
挙句の果て、「そんなのは町の人間のすることじゃ」
まいく節炸裂!そうかまいくばあにとって誕生日を祝うのは「町の人のすること」らしい。(町ってねぇ・・あんた町に住んでるじゃないか)
実はそのDNAを受け継いだのが長男である僕とその長女Yちゃん。僕たちは自分の誕生日も、子供のも、まして親のもまったく興味がない。みんな毎日元気なのがいちばんだから、一年巡ってきたからってべつにどうってことないと思うんだ。
そもそも誕生日を祝うなど町の人のすることだーっ!

●まいくばあの「誕生日」
誕生日?そんなのは町の人間のすることじゃ。


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前沢 しんじ

人生を渡っていく最強最高の友が言葉です。人生に起きる色々なことを「どう考えるか」、「何を選んで生きていくか」が自分の人生を決めます。メルマガではそんな考え方のヒントをお届けしています。エッセイスト前沢しんじが、よりよく生きるヒントをあなたに・・・

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