〜白内障だと言われ生まれて初めての手術を受けた〜

この夏ぐらいだったと思う。太陽の下を歩いているとどうも左眼の左側が曇ってよく見えない感じと、眼の中がゴロゴロする感じがしたので眼科医に行ってみた。多分左眼に異物が入って角膜にでも傷がついたのでは?とちょとビビりながら。。

医師の診断は「眼の曇りは白内障ですね、ゴロゴロする異物感は結膜炎ですね」「ハクナイショウ?高齢者がなるやつ?」

ネットとか調べてみても、手術以外では治らない。。。。みたい。。。

インフルエンザの注射も嫌な僕にとって、手術なんて全く別の世界の出来事だと思っていた。まして、先端恐怖症の僕が眼を手術?

学生時代から、彼女とか「眼が澄んでいてきれい」と言われ、視力も1.0を下回ったことがなく、眼だけは自信があったのだが。。

ま、しばらく放っておこうと思っていた。当然、手術が恐いのと、きっと奇跡が起きてこれ以上の進行が無ければ、まだ我慢できる。。。

そこまで甘くはなかった。徐々に左眼の霞む部分が徐々に広くなってきて、階段の段差もよくわからない状況も感じられるようになった。「限界だ。資料の数字もよく見えない」あきらめる時が来たようだ。「先生手術をお願いします。ただ、痛いのは嫌なんですが。。。」「もともと神経が少ない場所だし、麻酔もしますからそんなに痛くはないと思いますが」との回答。手術日を3か月後の12月13日に決定した。


クリティカルパスという紙を渡され、よく読むように言われる。中には、手術までの検査の日と、手術当日の開始前/終了後の事、手術終了以降の1週間の事が書いてある。

会社に無理を言って、手術日から1週間のお休みを頂戴するよう手配する。

日々の仕事をこなしながら、病院から指定された日に通院し、見たこともないような機械で眼の検査を何度もしてもらう。最後のほうでは、眼に直接機械の先端をあてて何かのデータ(眼の大きさ等、サイズを測る機械らしい)を取得する等の検査もあった。眼にコンタクトを入れている人々の事が、信じられないくらい勇者に見える僕にとっては、かなり厳しい検査だった。たたみ掛けるような看護婦さんの厳しい言葉、「眼の検査なんだから、眼を開けてもらわないとできないんだけどなぁ」

徐々に増えていく左眼の霞みを確認しながら、2ヶ月を過ごす。奇跡が起きてある日目が覚めたらクリアな世界が。。。、、、手術当日を迎える。


手術後は入浴できない事は聞いていたので、昼から入浴。さらに、一週間は洗髪・洗顔できない事も聞いていたので、髪の毛を短く切る。

午後4時からの手術に指示通り2時間前から指定された眼薬を差す。1時間前病院に来るように言われていたので、諦めて、自宅から歩いて病院へ向かう。5分前に到着。周りは随分先輩の方々ばかり。結構沢山の人が待っている。指定された手術1時間前の点眼。しばし待つ。手術を終えた人が顔の半分ぐらい覆うような、とんでもなく大きく分厚いガーゼの眼帯をして出てくる。

ああなるんじゃ、歩いては帰れないな。。。

まだ予定の時間より30分も前なのに呼ばれる。

「まだ最後の点眼してないんですけど」

「今して下さい。」左眼に懐中電灯を当てながら「うん、大丈夫ですね。行きましょう。」手術の30分前の点眼じゃなくて良いのぉ?と不安な気持ちのままリカバリールームと言われる場所へ入り、指示に従い手術着に着替える。頭には不織布の頭巾を被せられる。

「ここで逆らわない方がいい」と意味もなく思う。

奥の一人がけのソファに座り、麻酔の点眼をするという看護婦の手には注射器。

まさか眼に注射?あ、針はついていないか。。

「今から3回に分けて麻酔の点眼をしますね」

1回目の麻酔点眼。。。

ん?麻酔されてる気がしない。

タイマーが鳴る。

「2回目の点眼しますね。」

リカバリールームの隣の手術室のドアが開き「お疲れさまでした。」の声に送られ、中から例の顔の半分を覆うような眼帯を付けた人が出てくる。

「さ、行きましょうか?」

え。。。3回眼の麻酔点眼は?。。と思ったけど、ここは逆らわないほうが。。

なぜか、腕を支えられ手術室へ。。。


あ・か・る・い。。。

手術着を着た人が沢山いる。。ドクターXで見たような雰囲気だ。

中央に空色の電動椅子がある。どうやらこれが手術台のようだ。周りは見たことも無いような機械が沢山並んでいる。

え、もっと気楽でいいのに。。そんなに大掛かりなの?え、恐い。。。

そんな気持ちを全く無視して事務的に?機械的に?その椅子に深く座るように言われスリッパを脱がされる。

これって逃げられないように?

「はい、椅子が倒れます。あ、あとこぶし一つぐらい上に上がって下さい」

「耳に水が入らないよう、脱脂綿を詰めますね」

「はい、心電図のコードを繋ぎます」

「点滴の針を入れますね。ちょっとチクッとしますよ」

と矢継ぎ早に脱脂綿を詰められ、不織布の頭巾の周りをテープで固められる。心電図のコードが繋がれ、右腕に針が刺される。左眼の周囲をマキロンみたいな色の物をつけた脱脂綿で消毒される。

あ、注射系は左手にお願いしたいんですけど。。など申し出る機会も無く。。。

「はい、左を下にして。左眼を消毒しますね。左眼を開けてください。はい、眼を大きく開けてください。もっと開けてください」

眼を開けろと言われても口が大きく開くだけで精一杯。本当に眼が開いているのかどうかか、自分ではわからない。

左、上、右、下を眼だけで向くよう指示されながら、眼をゴシゴシ洗われる。

散々洗われたあと、ようやく「消毒終わりました」の声。


「では、手術に入りますがいいですか?」の医師の声。

「はい、お願いします」こうなりゃ(どうなりゃ)やけだ。。。逃げられない。。自分で望んだんだよな。。と覚悟を決めざるを得ない時が来た。

眼の周りにパッチみたいなのを医師が貼る。中央のパラフィンみたいな部分をはさみで切る。左眼付近に穴が開いている青い布をかぶせられる。顔にくっつく。

どうやらこれで手術準備完了の様子。

「左眼水晶体再建手術を行います。」の医師の声。

「よろしくお願いいたします」の手術着の皆さんの声。

手術灯が仰向けになっている僕の真上に持ってこられ、明るい光が左眼を照らす。同時に、多分シャワーのような物で、液体が絶え間なく左眼に注がれる。別に不快では無い。僕の子供達が小さい頃連れて行った夏の海水浴で水中眼鏡をつけて、海の中から明るい太陽を眺めた時を思い出す。

「痛くありませんか」と医師の声。「大丈夫です」

多分この時点で左眼にメスが入っていたと思う。助かったのは、シャワーみたいなもののお陰で、水の中にいるみたいで視野が遮られていること。鋭いメスとか、とんがったものは一切見えない。

でも、何をされているのかわからない。

「シュー」という音と共に、左腕を血圧を測る機械が締め付けてくる。

水中にいるような感覚の中、ジージージーという音が聞こえてくる。少し、眼球を引っ張られている感じがして痛いような感じがする。「痛い」って言おうか迷ったが、それほどか?とも思い、もう少し様子を見ることにする。

なんだか、だんだん視野が暗くなって、ピントが全然合わなくなる。少しずつ、少しずつ。そして、世界はグレーになって眼の前の手術灯もぼんやり暗い光に変わっていく。

死んだ魚ってきっと海の底からこんな太陽を見ているんだろうな、。なんて考えが浮かぶ。このままじゃ嫌だな。。。と思っていたらジージージーの音が止まる。

すごくキラキラしたとても綺麗な物がどこからか眼の中に入ってきた。

エッジがキラキラしたそいつは、眼の中で大きく広がり僕の網膜に像を結ぶ。

最初の手術灯が、相模湾海の中から見た夏の太陽ならば、この輝きは、行ったことないけど、モルディブ透明な海の中から見上げる太陽だ。

世界は以前よりずっと明るく光を取り戻した。

明るい手術灯を水の中から眺めながら、また、眼球をひっぱられる感じがして、もう「痛い」って言おうと思った瞬間、「手術はうまくいきました」の医師の声。

「おつかれさまでした」の手術室皆さんの声。

心電図を取るためのケーブルがどんどん外され、右腕の点滴の針は抜かれいつのまにか絆創膏が貼ってある。椅子は起こされ、改めて「お疲れさまでした」と声をかけられる。

医師にお礼を言って、入ってきたときと同じように看護婦さんに腕を取られて、椅子から降りリカバリー室へ。手術着を脱ぎ、着てきたトレーナーを着ようとしたけど、大きな眼帯が邪魔でうまく着ることができない。看護婦さんが手伝ってくれる。


あー終わったんだ。。。

病院の待合室で改めて明日8:50までに来院すること、風呂には今日は入らず、向こう一週間は、洗髪・洗顔はダメなこと。眼薬のつけ方、眼帯のつけ方等説明を受ける。

お金を払い、隣の薬局で処方箋の飲み薬と眼薬を買って、取りあえず当面の最大の山場は超えた。

手術は医師は大変だったかもしれないが、ただ言われる通りの行動をして、あとはベッドに横たわり不安感しか抱いていなかった割には疲れた僕がいた。

アルコールも飲めないし、段々と眼帯の違和感・眼の中の異物感が気になる。こんな時は寝るに限る。昔から風邪をひいたり体調が悪いと、とにかく寝るのが自己流の改善策だった僕は、夕食後指定された薬を飲んで早々に寝る。明日は、8:50前には病院へ行かなければならない。病院で、(多分病院の近くに住んでいるのだろう)知らないおじさんが「手術の次の日は朝も早よから沢山人が並ぶんだよな。。」って言っていたのを思い出した。

巨大な眼帯が気になり眠れないかも知れないと危惧していたが、良く眠れた、快調な朝を迎える。

外は雨。「眼に水を入れてはいけない。その為の洗髪・洗顔禁止」と言われている僕にとって当然この雨は最悪の状況だろう。さてどうするか。自分では車の運転はしてはいけないといわれているため、家族に病院まで送って行ってもらう。極力雨が眼に入るのを避けるため、つば付きの帽子をかぶり、インフルエンザ防止のため、マスクをする。サングラスもかけたかったけど、眼帯が邪魔でかけられない。帰りのためにバッグに入れる。帽子、マスク、巨大なガーゼの眼帯で、鏡を見ると、まったくのミイラ男・不審者にしか見えない。

9:00からの営業の眼科医は、当然開いていない。6~7名の人が待っている。皆さん、僕よりはるかに人生のベテランの方ばかり。杖をついていていたり、シルバーカー(手押し車)の方もいらっしゃる。共通しているのは、どちらかの眼にあの大きな眼帯をしていること。巨大眼帯軍団の皆さんの後に並ぶ。雨ができるだけ顔に当たらないように傘の角度を調整する、しばらく待つ。いささか寒い。皆無言で並んでいる。

奥のカーテンが開いて、看護婦さんが病院の入り口のドアを開けてくれる。

ベテラン先輩方の、「おおぉ」という安堵の声。

「お待たせしました。順番に受付をお願いします。」の声に従い、受付へ。途中後から来た女性の先輩に堂々と抜かされる。ま、急ぐ理由もない、8番の受付の札をもらう、普通は待合室で待たされるのだけど、今回はすぐに検査室へ通される。壁際に並んでいる椅子に「順番に奥から座って下さい」の案内に従い奥から6つ眼の椅子に座る。数名の看護婦さんが順番に眼帯を外していく。まるで配給を待つ人々のように、看護婦さんが眼帯を外してくれるのを待つ。年齢層から考えると、あの世の入り口で受付を待つ感じか?

僕には期待があった。あの手術中に感じたキラキラの視野を手に入れられる。明るいキラキラした世界がまもなく広がる。

いよいよ僕の順番。看護婦さんが機械的に眼帯のテープを外す。

内側が見えないように畳む。ちらっと見えた眼帯の内側は、茶色くなっている。ん?出血?な訳も無く、手術前の眼の周りの消毒のマキロンみたいなものだと思う。左眼の周りを脱脂綿みたいなので拭いた後、

「ゆっくり眼を開けて下さい。」の声。

さぁ、感動の瞬間!

ゆっくり眼を開ける。

ん?普通に見える。

「見えますか?」「はい」

普通だ。あのキラキラはどうした?

ん?普通じゃないぞ。視点を移動すると、カクカクした感じ。速度の遅い動画とか、ウンと昔の白黒映画を見ているように、眼の動きより遅れて景色が見える。眼の動きの後から視界がついてくる感じ。フラッシュモーションみたい。このままの状態かな?見えるといえば見えるけど。。。ひっかるような眼の中の異物感もある。

「痛みとかはありませんか?」

「ちょっとゴロゴロします」

「眼を縫ってますからね。後で先生に聞いて見て下さい」

あぁ、眼を縫ったんだ。そりゃメスを入れたら縫うだろう。ウンウン。えぇぇ抜糸とかあるのかな?最近は溶ける手術用の糸があるって聞いたことある。ま、触れずにおこう。必要なら先生から説明があるだろう。

1番の順番をゲットした先輩女性の検査が始まる。なかなかうまく行かない。3つほどの検査がそれぞれ隣り合った機械で行われるのだが、隣の機械へ移動する時間が非常にかかる。看護婦さん達は、流れ作業の検査の為にスタンバイ。一人目の検査が終わらないので手持ちぶさたな人が多くいる。ボトルネックが最初にあり、スループットが。。作業の効率化が。。。等々僕には関係ないのだが。。。

幾つかの検査を受けて、医師の診察。

「順調ですね。暫く点眼して大人しくしておいてください。」

「眼の異物感があるんですけど?」

「そのうちなくなります」

「ジョギングとかはどれぐらいでできますか?」

「二、三週間はやめといたほうがいいね。」

病院に入ってから30分程度で全ての検査が終了した。

カクカクの視野にサングラスをかけて雨粒防止しつつ自宅へ向かう。手術の翌日なんだからアルコールも控える。あまりうろつかず、じっとおとなしくする。

せっかく休みがたくさん取れたのだから、本でも読もうと、Kindleでたくさん買い込んでいたが、眼の異物感もあり、あんまり眼を使わないほうがいいかなという気もするので読む気にならない。


改めて眼は大事だと思う。白内障の症状が出始めて、パソコンのディスプレイも一部霞んで見えてとても疲れるので、あまりじっくり画面を見たくない。紙の本とか、資料も一生懸命読もうとすればするほど、本能的に左眼の霞んでいない部分を、使おうとするのか、眼が寄ってきているようで段々と文字がダブって見えたり、霞んでよく見えなかったり、見えない!理解できない!という結論になる。特に白い紙は良くない。ハレーションを起こしているみたいに全体が霞む。明るいところではさらにハレーションが酷くなる。暗いとハレーションは起きないが、字が見えない。

さて、相変わらず洗髪洗顔はできない。首から下の入浴は可能なので、季節外れの水泳用のゴーグルをダイソーで買ってきて、装着して入浴をする。濡れたタオルで、顔と頭を拭く。


眼薬をこの日の昼より点眼するように指示がある。2種の眼薬を朝・昼・夜・寝る前。1種の眼薬を、朝と寝る前。飲み薬は、昨晩より朝・昼・夜の3回飲む。すっかり、病人だな。。。

眼帯は外れたが、この日の夜から寝るときにする透明な眼帯を渡されていた。ドラゴンボールのフリーザ軍がつけていた「スカウター」みないな物だ。当然戦闘力は分からない。サージカルテープで、顔に固定する形となる。眼に装着してみると、これが以外にフィット感がある。しかも、透明感も半端ない。下手な老眼鏡より透明な感じがする。

高校生の娘に「変」と笑われながらも、眼に衝撃を与えない為に着用のまま寝る。

この状態が、この後1週間ほど続く。

結局、全く本を読まずに貴重なお休みは病院との往復で終わっていく。

運動不足は避けたいのでできる限り病院まで歩いて行くようにしている。病院までは、約30分の道のり。お散歩というコールサインで歩くことを楽しむ事にする。


3日目を過ぎる頃には、異物感も無くなる。眼のピントも徐々にあってきているようだ。道すがらのブロック塀とか、マンホールの蓋の模様とかエッジがはっきり見える。VRの中にいるように色んな物が立体的に見えているのに気がついた。遠近感がすごい。片眼眼帯男の時には、歯磨き粉を歯ブラシに付けるのに少し手間取った。今はそんな事は無い。その前の左眼の霞みに気づいてから、ほんの数ヶ月だが、すっかり視野は狭くなっていたんだ。そしてそれにすごく順応してしまっていたんだ。。。と気づく。

左眼の霞みに気づく前はこんなに良く見えていたのだろうか?それとも、うんと前から実は左眼が徐々に見えなくなってきていたんじゃ無いだろうか?そしてこのVRのような立体感を持った世界にもやがて慣れて当たり前になってしまうのだろう。

「人はそれぞれ物の見え方が違う。例えば、赤は同じ赤という名前で呼ばれているが、全員が同じ色を認識できているか確証は無い」という話を思い出した。つまり、僕にとっての赤と、あなたが見ている赤は果たして同じだろうか?

あなたが見ている世界は、本当にクリアに見えている世界だろうか?

そして、僕に見えている僕の顔、あなたの顔、本当にその通りの顔なんだろうか?同じ世界が見えているのだろうか?

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