【第20話】離れて暮らしていた父の介護のこと、死んだときのこと、そしてお金のこと。
5月のできごと
父が老健に入って1ヶ月。
もう元の住居に戻れないとわかっていた私達は、退去の準備を進めていた。
とは言っても、父は物を捨てられない、片付けられない人で
寝床以外は、みっしりと荷物を積んでいる状態だった。
それを引き取れるほど、姉も私も広い家に住んでいない。
つまりは、ほとんどを処分しなければいけない。
私達は車はもとより、免許もないのでゴミを運ぶことすらできず、すべて「プロ」にお任せすることにした。よくチラシとか入ってるよね、『汚部屋を片付けます!』とか。あれです。
都合よく知り合いの~、なんてことは起きないので、ネットで探す。
何社か見積もり依頼して、とにかく安いところを探す。
(1行で済ませてるが、現地見積もりだ、面会だなんだと毎週末動き回った)
父が住んでいた間取りは6畳+4畳半程度。で、見積もりが一番安いとこで大体25万円(処分代込)。
父の年金は老健への支払いで全部なくなるし(っつーか足りないし)、貯金はどこかにあるのかもしれないが私達が把握している口座にはない。
つまりは、私達姉妹でなんとかしなきゃいけないのだ。一人12万5000円。
じゅうにまんごせんえん!!!
とはいえ長引かせても、ただただ家賃やらの支払いが発生するだけだ。
なんとかお金を搾り出し、5月の最後の週末に、退去を決行した。
大家さんがとても良い方で、電話でもすごく心配してくださっていたので、退去の日に菓子折りもってご挨拶にうかがったら、老朽化していたところに震災の影響もあり、アパートは2年後に取り壊す予定だったとのこと。
そんなわけで、なんとその場で敷金を満額返してくれた。絶望の中に一筋の光。
処分代の補填として、姉に全額渡した。
私と違い、姉は高校生と大学生の子供がいるシングルマザーだ。
1人で3人分の生活を支えている姉と、独り身の私の負担が同じのはちょっと気が引けたし、まあ、見栄もあった。うん。
襲い来るプロジェクト達
退去の決行あたりから、仕事が慌ただしくなってきた。
まず、事務所の移転が8月に決定。しかも倍以上の広さに。
さらにさらに、かなり凝った内装に加え什器も新調。
※この時は業績好調だったんですよ。
コンサル会社は入るが、すべてひとつずつ決めなければいけない。プロジェクト自体はもう進んでいたのだが、メインの一人が急遽退職することになり代打でやることに。
そして、社内で自分が企画していたコンテンツが縁で、社外の方々とサークル的なものを発足。
翌年の大規模な展示会に向けて準備を始める。
その他にも引き継ぎやら細かいことも含め、物凄い短期間で、想定外の仕事が降り注ぐ。
削られていく貯金。
増える休日出勤。
未経験の業務を引き継ぐ重圧。
いくらでも言い訳はできた。実際にした。
父の面会に行く回数は減り、ついに8月の父の誕生会以降、行かなくなった。
結局、自分に返ってくるんだけどね。
姉はこのあと、年が明けても口をきいてくれなかった(笑
そして、この時の自分を、自分自身が許せていない。今でも。
つづく
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