【ニート道】借金300万抱えた私が上智大卒ニートになるまでの道のり【人生で大切なことって何?】

このエントリーをはてなブックマークに追加

ニートって楽そう?


そうですね。

毎朝心ゆくまでお布団にくるまっていられます。

ぎゅうぎゅうの満員電車に乗らなくてもいいんです。




でもニートだって戦っているんですよ。




え、何にかって?

ニートには戦うべきものが3つあります。かなり強敵ですよ。



罪悪感


朝早くから働きにでる両親を見送るわたし。

罪悪感で胸が張り裂けそうなので、なるべく部屋に引きこもります。






明日


ニートは今を楽しんで生きています。

決して明日のことを考えません。

就職のことや口座残高のことを考えてはいけません。

あ、あとSNSも注意して使わなくてはいけませんね。フェイスブックなんて覗いてしまったら致命傷です。






モンスター


これと戦うのが、ニートの一日の仕事ですね。

本当に大変です。スマホで気軽にゲームができるようになってからはさらに大変です。

ピーチ姫がさらわれてしまったり、魔王に脅かされる世界を救ったり、大鷲と廃墟を探索したり。

我々にはやることは多いのです。助けを待つ人々がいるのです。日々のクエストで己を高め、レベル上げを欠かさず。有効な武器防具を集め戦略を練る。何度もチャレンジを繰り返しようやくモンスターを倒し終えエンドロールをむかえます。






さて、ニートだって戦ってること理解いただけましたか?

ふざけるなと思ったあなた、

わたしも昔は社会と戦う勇者だったのですよ。それを勇者から転職しただけです。

ではなぜわたしが、戦う相手を社会からモンスターへとシフトしていったのか?

という疑問にお応えすべく、数年前からさかのぼってお話していきましょう。




今から語ることが、わたしが有名大学卒業からニートへ至るまでの全貌。


ニート道です。





「社会は厳しい」…らしい。




わたしは憧れの有名大学の学生となりました。華の女子大生。

しかも難関有名大学として名高い上智大学です。

静岡県出身で、その中でもド田舎(最寄りの自動販売機まで徒歩で15分)から

大都会東京に出てきたわたしはそこで「社会」を知ったのでした。




大学生活はちょっとしたイージーモードのプレ社会。



何せ初めての一人暮らし、初めての電車通学、初めてのアルバイト。

大学生としての学びと同じくらい多くを学んだと思います。


「Suicaでタッチするだけ電車に乗れる!」

それで感動できたから簡単なものです。


「電気を使うには電気代を払うのか」


一人暮らしをしてから初めて家に届いた請求書は

「空の上には太陽があるんだよ」というくらい

おぼろな社会の常識を一気に手元に落としてきました。


高校を卒業するまで勉強するか読書するしかしていません。

わたしは社会と関係するようになりました。




世間知らずの田舎者は一気に社会を知るのです。






そして社会は何を教えてくれたでしょう?




「現実は厳しいんだよ」




「大学生のうちに遊んどきなよ。社会人になったら遊べないんだから」




「人生最後の楽しい時間だよ」




「会社入って鬱になったんだ」




先輩方が軽やかに「社会の常識」を話します。会社に入るとつらいらしいです。

満員電車で口をあけながら寝ているおじさんがその裏付けをします。




どうやらわたしの人生はあと4年らしい。わたしはそう思いました。




いやいや


ちょっと待って。




わたしの人生18年は静岡のド田舎で過ごして4年間大学生したら就職して、するとお先真っ暗なの?

なぜそれを当然のような顔して先輩も同輩もうなずいているの?

社会ってそういうものなの?




わたしの頭には疑問符がたくさん。




さらに3年生の先輩も

「今年はシューカツだから遊べないよ」とのたまいます。


「シューカツがあるから好きにできない。」


「シューカツだから黒髪にしないと。」


「シューカツまでに遊んでおきなよ。」


頭の中から頭の色まで社会に決められる人間に自分の人生はあるのでしょうか?


大学終わって就職したらお先真っ暗だと就職した先輩は言う。

大学の3年4年はシューカツだから楽しくないとシューカツ中の先輩は言う。




人生の先輩の言葉は重く、暗く、彼らの表情は暗いのでした。




つまり


わたしの楽しい人生が4年しかないというのは言い過ぎでした。

シューカツもどうやらつらいものらしいです。

苦しいらしいシューカツを経て就職しても、就職はつらいらしいのです。

つまり、大学デビュー☆で始まったばかりに思われた

わたしの楽しい人生は大学1年と2年だけということです。

HUNTER×HUNTERの休載期間のほうがよっぽどわたしの人生より長いのでは。

わたしも人生休載したい。




どうやら大学時代とは

学問をするよりも就職する前に、

シューカツする前に、

狂ったように遊んでおく時間らしい。



人生の先輩たちの言葉からそのように判断しました。


なんというモラトリアム。





さらに言ってしまえば大学すらも楽しくありませんでした。


いい大学、偏差値が高い大学に入ることを目的にしていたわたしに、

大学でやりたいことなんてなかったのです。


学びたいことなんてなかった。

受かった大学の中で一番偏差値の高い学校を選んだのはわたしでした。

上智大学卒を四年後に手に入れる切符を晴れて手にしたのです。


でもほしかったのはそれだけ。

将来やりたいこと、知りたいもの、なりたいものなんて



なかったのです。






当時わたしの掲げていた人生の目的はただ一つでした。




人からすごいといわれること。




自己評価が恐ろしく低かったわたしは、他人の評価で自分の評価をしていました。

良い成績をとれば自分が認められると思っていました。良い学校に行けばいいと思っていました。

有名なもの、社会的に良いとされるもの、それを追い求めるのがわたしの持っていた価値観でした。

ずっとそう生きてきたのです。


地元の公立中学に通い、その中で成績順に振り分けられてなんとなく地元の進学校に通う。

進学校は大学進学のために勉強をさせるので、なんとなく当然のように大学進学をする。

成績が良かったらすごいといわれ、志望校が良ければその人自身がすごいように言われる。


単純かつ明確な判断基準。



他人の価値基準で選んだ大学。卒業後に予想される暗黒の社会人生活。

自分の内外からモチベーションを下げられ、大学生活からしていきなりつまづきました。

でもぼんやり過ごすわけにはいかないと、強迫観念的に思っていました。



なぜか?





さて、突然ですが

あなたは自分の一日がいくらかかるか知っていますか?




わたしの大学生活には一日一万円かかっていました。


どういうことか?

平気で大学をさぼる諸君、自分の一日を試算してみたまえ。

以下は自分の場合を計算したものです。ざっくりとですが、顔色を失うには十分でした。





私立大学学費 入学金120万 学費100万×3年=420万


家賃 7万/月×4年=336万


光熱費・通信費・交通費 3万/月×4年=144万 


仕送り 3万/月×4年=144万


奨学金(要返済)5万円/月×4年=240万




4年間で1284万。


つまり1年につき321万。


1年は365日。




わたしは大学生として生きているだけで一日一万近くの消費をしていました。


その一日一万を大勢の先輩は「あの頃は楽しかったのに~」と

大学の飲み仲間とどんちゃん騒ぎをして会社の愚痴を言う高額なアルバムにしていました。




大学生活はそんなものでいいのでしょうか?

消費で終わらせるかさらに先へとお金を生み出す投資に変えるかは自分次第でした。


だって大卒だからイコールで高収入かといわれたらそうでもない世の中です。

大卒を上手に使えないなら高卒で働いていた方が、単純計算そのほうがお金は入るんですよ?




試算してみましょう。(かなりいい加減な計算ではありますが、この考え方を知ったうえで、なんとなく進学校だから大学受験するのではなく、しっかりと選択して大学受験をむかえたかったと思いました。)



高卒の人が18から年収200万で働いたとしたら4年間で800万の稼ぎがある。(+800万)


大卒の人は18から私と同じように私立4年制大学で都内で一人暮らししたら四年間では


1200万の消費とする。(-1200万)




そこですでに


高卒22歳+800万


大卒22歳-1200万




というように差は2000万にも開いています。

何も考えず何も得ずただ漫然と大学生活を過ごし、

大卒も高卒も賃金差の関係ない職種につくのだったら、

そこには2000万の損失。かつ、4年間という時間のロス



大学生は本当に高コストでした。

そのコストに見合う成果を得ようとわたしは必死になりました。ありとあらゆる行動を起こしました。インターン参加や起業家セミナーに入り浸り、NPOの手伝いをし、学生団体に参加して、社会人と交流し、読書会に参加をしました。


当時のわたしはさぞ「意識高い大学生」だっただろうなって思います。




でも本音を言うとわたしの探していた答えはいつも一つだったんですよね。




「どうしたら働かないで生きていけるだろう?」




人生の先輩たちの言葉からすっかり会社勤めに対して恐怖心を持っていたわたしは

ものすごく働きたくありませんでした。

過労死、

サービス残業、

休日出勤、

鬱、

満員電車、

ブラック企業、

新人いびり、

お局様。


怒鳴られ、人としての尊厳を失う場所なんだと思っていました。

(もちろん、今では全部がそうではないということはわかっていますが。)




働かないで生きていける方法なんてない、周りの人のほとんどは会社に入っている、

でもそれ以外のお金を得る手段はないだろうか。

もしかしたら「ない」のではなく、知らないだけなのではないか?

ずっとそう思っていたんですよね。




しかし、


当時わたしがいろいろなところでお邪魔したセミナーや講演会などで

出会う大人たちとは分かり合えませんでした。






わたしが言う言葉はいつもこうでした。




「わたし働きたくないんですよね」




みんなぽかんとしましたね。社会の常識の中で生きている人の中で、非常識な存在でした。


わたしは意識が低い方にものすごく意識が高い大学生でした。

起業セミナーだとか自己啓発セミナーだとかたくさん通いましたが、


世の中を変えたい熱い思いも、輝くビジョンもありません。




自分の生活を守って生きていきたい



朝はゆっくり起きる


午前中は朝食を作り、洗濯をして部屋の掃除をする。


ゆっくり食事を三食食べる。


誰かに怒鳴られることなく微笑んで過ごす。


誇りをもってできる仕事をする。




それを望むことはそんなに贅沢なのでしょうか?



当時はそんなことばかりを考えていました。

ですが、わたしの考えることは常識の範囲外だったようでした。


さて、結局その時に出向いた場では望む答えを得られなかったわたしは日本を脱出しました。

意識の高い大学生らしくバックパッカーなんてこともしてみたのです。

結局在学中に22~23か国は回ったでしょう。




そこで知ったのは




「なんだこんなに働いてるのは日本人だけじゃん。」




道路で昼寝中のフィリピン人、昼間から満席のドイツの飲み屋。

世界を知って日本を知りました。


24時間営業のお店なんて、ほとんどありません。数分おきに来る電車もありません。

日本の良いところも知りましたし、他国の良いところも知りました。


そうして思ったのは日本の常識は常識だけども「正解」じゃないってことでした。

正解不正解がないものを守る必要なんてないよね。



帰国をしてからも働かない未来を探してセミナーなどに参加して

意識の低い意識の高い活動を続けていたわたしについに転機が来ました。






「君は起業するしかないね。」




コンサルティングの仕事をしているという、ある起業家の方にそう言われました。




ここで疑問符。

わたしは働きたくないのに、起業なんて正反対じゃないか、そう思いました。

起業する人なんてそれこそ意識の高い大学生のなれの果て。


ガムシャラに、

寝食を忘れて、

不眠不休で、

己を削って、

身を粉にして、

働いていくものなのでは?



固定観念ガチガチにそう思いました。




ですが、その人の話はそんな疑問を解決。

世の中にはわたしの知らない、そしてずっと求めていた働き方がありました。


自分の価値を高めて、少ない労働時間でもお金を得られるようになる働き方。

仕組みをつくり自動化して価値提供をする働き方。

しかも怪しいこともわるいこともしていない。


そんな働き方をする人たちがいるのです。

月収が7桁円、一日の自由時間が23時間でしかも20代なんて人もいました。

彼らのするビジネススタイルを教わりました。


わたしにとっては喉から手が出るほどほしかった情報がようやく手に入ったのでした。






「しかし起業なんてして、わたしなんかがうまくいくのか?」


自信のないわたし。

ですがそんなチキンハートを奮い立たせる出来事が起こりました。








祖父にガンが見つかりました。余命半年を告げられました。

いつ訪ねても、温かく迎えてくれて可愛がってくれました。








大切な人の傍にいたいだけいられる自分になりたいと思いました。

自分の生活を守ることももちろんそうですが、

自分の好きにできる時間や、自分がいる場所を自分で決められる人生を歩みたいと思いました。


そう思ったときに、会社に勤めていたらなかなか叶わないだろうとも改めて思ったのです。





親にちゃんと自分の思っていることを伝えなければいけない。

説得しなくてはいけない、そう思いました。




「わたし、起業する」





腹を決めました。


同時に

親にもそのことを伝えました。











夜の井の頭公園。(当時近くに住んでいたわたし。不安な時、よくそこへ行きました。)

ベンチに座って郷里の母に電話をかけます。



電話なんて滅多にしないのに。

突然の電話に驚いたと話す母の声がしました。

わたしは緊張のためうまく言葉が出ません。

ポツリポツリとやりとりをしたのち、就職活動の話になりました。




「わたしね、就職したくないの。やりたいことがある。」




母は驚いたようで言葉がありません。




「ねぇ、わたしが就職しなくても、私のこと嫌いにならない?」




泣きながら聞きました。


一番きくのがこわかった質問がそれでした。




返事は


「アハハハハハ」




まさかの爆笑。




「嫌いになるわけがないよ。

やりたいことがないって人が多い中、

やりたいことがあるなんてすごいことじゃん。

好きにしなさい」




その言葉にどれだけ救われたことでしょうか。ただ、感謝しました。




「生んでくれてありがとう」




初めていえた言葉でした。









上智大学卒業後

わたしはフリーターになりました。



学歴を手放してみて、初めて思ったのは、

学歴って選択肢を増やすためにあるんだということです。


いまだに就職の有利不利の中に学歴フィルターはあると思います。

だから大卒のカードをうまく使える道を選ぶなら、学歴はいまだにすごく魅力的なスペックです。

でも人の持っていない選択肢を持っているからって、

その選択肢を選ばないといけないわけじゃないんですよね。



わたしが就職を選ばなかった時、親以外の周りの人には言われました。




「もったいない」


「何を考えているの」




「もったいない」は危険です。

優越心をくすぐりつつ、その人のためを思うような言葉でありつつ、

こちらの意見の一切を否定します。


結局「もったいない」からそのカードを切ろうとしたら、

それは逆に学歴に振り回されて「自分」が学歴の下になっているんですよね。

あくまで人生の主導権は自分にあってほしいと思います。


イケメンは必ず美女と付き合わないといけないわけではないだろうに。

期限が迫ったポイントは使い切らなければならないわけでないだろうに。

なぜか特権は使わないといけないものになっています。




こと人の人生の話となると、何の責任ももたず好きに言う人はいるものです

一番つらいのはそんな無責任な言葉に志を折られて諦めてしまう人です。

きっと大勢いるでしょう。

外野は無視していいんだよ。と伝えたいです。







わたしの最初の起業は整体師、マッサージ師でした。

スクールに通い、自分の手に技術を付けて自分自身の単価を上げました。

周りの人にもそう公言して、始めました。

しかし、ある問題が生じたのです。

お客さんを待ったりドタキャンが起こったりと何かと自分の時間を削られることが多かったのです。




わたしは軽やかにあっさりとその道は辞めることにしました。



公言したものをあっさり手放すのは恥ずかしかったです。

でも思うのは目的のための手段に一貫性はなくてもいい、ということ。


わたしの起業の目的は、自分の人生の自由を確保しながら働くことです。

でもその手段は目的を達成するためには、不備があった。

だから軌道修正した。それだけです。



よく言われる


「これが最後までできないやつはダメだ」

「首尾一貫していないといけないよ」


そんな言葉に苦しめられて

合わない方法をいつまでも続ける人はいると思いますが

手段に縛られすぎて、目的が達成されなかったら本末転倒ですよね。


自分の本来の目的、人生の目的は何かをはっきりさせていないと

手段に振り回される人生になります。






今のわたしは都内での一人暮らしを辞めて、静岡の実家で暮らしています。

インターネット上でこれまでの経験をつづっています。

そこで起業の方法、親子関係の修繕、心の整え方といった相談に乗ってお仕事をしています。




そんな働き方をしながら、

朝はゆっくり起き、

花に水をやり、

読書をし、

ゲームをして、

部屋でPCにむかい、

お散歩をして、

空を眺め、

ご飯を作って、

日常を嚙み締めて生きています。








つまりは


冒頭のニート生活というわけです。








極めて不安定で未来なんて少しも見えない。そんな生活です。


人に「今何やっているの?」と聞かれたら「ニートです」と答えるのが一番しっくりきます。




しかし、

一度出た実家に戻ってみて、見えてきたものは多かったです。


これまで地味だと思っていた地方公務員の父。

毎朝働きに行く姿を見て心から尊敬しました。


今まで当然のものとして享受してきた母の家事。

寒い冬も手を赤くし、洗濯を干してくれているのは当たり前ではなかったのです。

感謝が湧きあがりました。


ニートになったと告げても侮ってきたり諭してきたりする友人はいませんでした。

得難い友人づきあいにあたたかさを感じました。




今まで気づけなかったこと。

見えていなかったもの。


これらが収入や肩書とはまったく違う軸にある財産なのだと思いました。

その財産の存在に気づけて味わえたことがすごく、自分を豊かな気持ちにしてくれました・


大学受験後のわたしの価値観のままだったら、

きっといつまでも社会的名誉や自尊心を満たすためだけに生きるつまらない人間で終わったでしょう。

社会的に認められた「高学歴」などが全くなく、むしろ罪悪感を抱くような状態。

つまり無職だとかなんだとかの状態である自分を許せなかったでしょう。

他人に対しても肩書や収入で人を判断する嫌な奴で終わったでしょう。


いつまでも他人軸で生きていたらそうなっていたでしょう。

で、友人が離れていくさみしい人間になったでしょう。


二度と取り返せない人生の大切な時間を失って後悔し、

それを社会や会社のせいにして逃げたでしょう。






つい10日ほど前に祖父が他界しました。


余命半年といわれた日から3年近く長く生きてくれました。

その亡くなる日まで病院に通い詰めることができ、

自分のできる精一杯の気持ちを込めてもう二度と会えなくなる人と接することができたこと、

それも自分にとって大切な時間となりました。



東京で就職をして、会社勤めをしていたら、到底できなかったと思います。



最も優先順位を高くしたいものを自分で決めて、

それを尊重できることが自分でとてもうれしいです。

自分が人生で一番大切なものが自分でわかったからそれに従って選択できました。







奨学金など借りていたので借金は総額300万です。


まだ返せていません。


定期的な収入もありません。


もちろん貯金もありません。


これから何とかなっていくだろうと思っています。




何してんのって思われる生き方だな、と自分ですら思っています。

しかし、他人に何と思われようとも私は自分自身の選択を誇ります。

たとえ、周りのみんなから「すごいね」って言われも自分がもやもやしていたら、

そのすごいに価値はないんじゃないかと思うんですよね。


自分が心から納得できた生き方ができていない限り、

そこにいくら肩書があっても収入があっても、

自分自身が腐ってしまいます。








人生の豊かさってなんでしょう?




そう考えたときにわたしは振れ幅の広さを持つことだと思います。

楽しいこと、うれしいこと、面白いことしか知らない人は、

苦しんでいる人、悩んでいる人、迷っている人に寄り添うことはできません。


両方を味わう振れ幅の広さを持つことで人としての深みが出るのだと思います。

そんな人が、苦しんでいる人の悩みを聞いて、

楽しいことや嬉しいことを語って聞かせることができるのだと思います。


片側しか知らないよりも、両側を知ったほうがその人の味わう人生の総量は多い。

それが豊かさというのでしょう。




幸せを追い求め続けると、幸せ以外の状態が許せなくなります。


幸せ、ではなくて豊かさを求めると、

どんな状況も味わうことができるようになるのだと思っています。


わたしは今のニートをしている状態ですら、豊かな人生だと思って生きています。











有名難関大学入学からニートになるまでの道を一緒にたどってもらいました。

これがわたしのニート道です。


最後までお読みくださりありがとうございました。



読んでよかった
このエントリーをはてなブックマークに追加
このストーリーをブログ等で紹介する

感想のメールやシェアありがとうございます♡たくさんきて驚いています。可能な限りお返事いたしますのでゆっくりですがお待ちくださいな。(あーほんとに感謝です。夢が広がります。これが本になって映画化しちゃったりして有村架純ちゃんに主演やってもらって、ビリギャルからのニート道みたいになったら(私が)ハッピーだなぁ!ビリギャルも素敵だけど、学歴至上主義の風潮に私は自分の経験から疑問を持っているので。もっといろんな価値観をもって人生を生きてほしい。

自分に正直で、それがすばらしい

階級に縛られた社会じゃないし、
ネットのお陰で国境も薄い時代だから、
夢も理想もなんだって叶うよ。

Sakura Teruko

本を書いたり出したりしたい。ゆるふわライフ、ゆるふわ起業の真っ最中。 ブログ書いてます。http://ameblo.jp/sakurateruko/

Sakura Terukoさんが次に書こうと思っていること

|

キャリア・転職のタグがついたストーリー

非モテ・根暗で鬱寸前だった男がアイドルプロデューサーになった話

ハイスペ男性と結婚できて自己肯定感MAXのはずが、産後クライシスで奈落の底へまっしぐら。ミステリアスな女性占術師から男女関係の真理を学んで復活できた話。(作成途中です)

自分がわからない苦悩が、創作活動のネタになって楽しくなった話

息子が不登校になったら、親父の悩みが解消した話その4

息子が不登校になったら、親父の悩みが解消した話その3

息子が不登校になったら、親父の悩みが解消した話その2

英語のできない僕が外資系を渡り歩いた結果(1)~英語ができなくても面接は通る?

夢はいつまでも --働きながら大学院にいく--

姉として妹の夢を叶えたかっただけなのに、給食のおばちゃんからローチョコレート職人へ昇華した妹の話<序章>

パイオニアになること

第158章*:..。♥(ˇ◡ˇღ)♪ウンザリするような状況の中に今いても流れを変える方法ってあるの?

あなたの人生は誰のもの?(11)~日本に居ちゃダメだ~

あなたの人生は誰のもの?(10)~隠れ対人恐怖症と就活~

【魂が腐ることを危惧している】

生き地獄、(営業マンに転職) 嫁と嫁の両親との確執。 当時のヤフー知恵袋での質問が残っていた。これを読むと当時のことを思い出して怒りがこみあげてくる。

Sakura Teruko

本を書いたり出したりしたい。ゆるふわライフ、ゆるふわ起業の真っ最中。 ブログ書いてます。http://ameblo.jp/sakurateruko/

Sakura Teruko

本を書いたり出したりしたい。ゆるふわライフ、ゆるふわ起業の真っ最中。 ブログ書いてます。http://ameblo.jp/sakurateruko/

Sakuraさんの他のストーリー

  • 【ニート道】借金300万抱えた私が上智大卒ニートになるまでの道のり【人生で大切なことって何?】