3月の2話 シーシック その2

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 そんな揺れがあっても、私は実はまだまだ平気な感じだった。波の気持ちになって、どんぶらこどんぶらこ、ほらね、船の揺れには強いのさ、と自惚れていた。しかし、最初に船が止まったポイントで、周りの人たちに混ざって、重そうな機材を取り出すのを手伝おうとしたときに、きたのだ、ムヌッと……。

 あ、と思ったときにはもうスイッチが入っていた。多分、船の床を見ていた時間が長くなったのが良くなかった。

 乗り物酔い、というのは、一度スイッチが入ってしまったら、もう元には戻れない。後は、もう、ひたすら気持ち悪さと戦うことになり、役立たずの文字通りのお荷物に成り下がった。

 乗り物に酔ったとき、その気持ち悪さから逃れる方法は多くない。吐き気に身を任せるか、寝てしまうことだ。寝たら作業ができない、しかし、起きていても作業はできない。座れるところに座って目を瞑り、冷たい海風を顔に受けて気を紛らわしながら、じっと気持ち悪さに耐えていた。ボスは私とは反対側で、ずっと前からドランカーのボクサーのようにうなだれていた。私は、自分のお荷物さ加減に後ろめたいものを感じながらも、私以上に使い物になっていない(失礼! )ボスの状態を見ることで、随分安心することができたものだ。

 この日は本当に波が高くて、私とボス以外にも、船酔いの被害者は続々と出ていた。しかしそんな中でも、海水をフィルトレーションする、などという細かい実験をしている人もいて、その人は、定期的に船のサイドで、海に向かって屈みこみに通っていた。しかしひと段落するとまた実験室へ戻る。なんて屈強なんだ、と思い、感心した。

 とうとう、私にも、海へ向かって屈み込む時が来たようだ。どうにも我慢できなくて、吐いたら楽になるのではないかと思った。(注:この後、きれいでない話が続きます、すみません。苦手な方は飛ばしてください。)

 朝ご飯もろくに食べていないお腹に、何が入っていようはずもないのだが、私は、屈み込む真似をしてみた。そうしたら、身体は反応するもので、胃がきゅぅっと収縮し、もうなんていうか、苦しいのなんの。そうこうしている間も、船は容赦なく荒波を掻き分けていく。私は空気のようなものと、胃液のようなものをやっと出し、その液の粘度がまたものすごく高かったので、私の口の端から離れていかず、船の側面を撫でていく強風に吹き飛ばされて、口から長い尾が伸びた(きれいでない話ですみません! )。海で吐くって、こんなんなのか。あまりのひどさに自分でも笑えてくる。たまたまポケットに仕込んでいたトイレットペーパーで口元を拭いながら、さっきの尾っぽの端っこが風下側の船の側面の手すりにくっついてしまったように見えたなと考えていた。後からあの場所に何も知らないで行く人は可哀相だ、掃除しに行かなくちゃと思っていたら、さっきの屈強な学生さんが、すごい速さでその場所へ陣取ってしまった(! )。私は何も言えず、申し訳ない気持ちを、トイレットペーパーを差し出すことで償った。

 お昼ごはんは食べる気になれなかった。ボスも同じだった。研究者の方の1人が、私の様子を見兼ねたか、薬をくれた。酔い止め薬だそうだ。この状態では、異国の薬は怖い、などと言っていられない。思い切って飲んだ。でも気持ち悪さは収まらず、その後すぐにまた吐いてしまった。もう私は、気持ち悪さを耐えるだけの人と化し、また、もちろん風が強かったので冷風に凍えながら、夢うつつの状態で耐えた。

 波止場に着いたのに気付いたのは、そんな夢うつつの途中だった。気が付くと、強い風と揺れが収まっていて、周囲の景色が、朝出航した港だった。港に着いてからも、まだ終わっていないフィルトレーションの実験の続きが2時間程続いた。揺れが収まってから私の気分も急激に良くなったので、その後は罪滅ぼしとばかり、積極的にフィルトレーションの手伝いに加わった。

 そんな、海も船員も大荒れの1日目のクルーズが終わった。海上調査はワクワクしていたけど、これはもう勘弁、というくらい、苦しかった。しかし2日目はとても天気が良く、風も無く、皆Tシャツなどの薄着で作業が出来るくらいだった。3日目はもっと穏やかで、Tシャツでも暑い、というくらいだった。2日目、3日目は、ボスも酔わなかったし、私も同僚の人に酔い止め薬をもらっておいたし、無事だった。1日目も波止場に着いてからの片付けは元気に手伝い、2日目、3日目は私も海水採取のお手伝いが出来た。

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