貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第41回)

5

そのつるっとした形状は川原にて何万年も磨かれ続けた銘石の風情。よし、これだと見つけてきた母親の愛情ってやつでございます。 


(今回ここから)


母は老婆に言われたようにその石の中心に五寸くぎで丸くこするように穴を開けはじめた。木ではなく石ですから、それは固い。ハンパではない。厚さ一センチ以上ある石に穴を手彫りする。今では街なかで石を拾うなどできませんからその形や硬さなど想像できないでしょうな。しかし母の一念、どれほどその時間がかかったかは忘却しましたが、数時間か丸一日か、母のひとこと「開いたどー!」でその作業は了となりました。
覚えています。楕円の石の真ん中に一センチくらいの穴がきれいに開いておりました。まさに釘を操り手で擦って掘ったやわらかな感触、その穴から向うを見れば、スコーンと耳が通ったような感覚を覚えたものです。

さて、実は難儀はここからです。老婆の話は実に大ざっぱ。
「O川をずーっとさかのぼって行くと・・」でありますから、その「ずーっと」がどこまでなのか。さらに「川の中州のところの小ぶりの岩」と言われても、小ぶりの岩などどこでもありそうで・・まあとにかく行ってみての判断。ぶっつけ本番であります。

さて、お馴染みの三人組。母を隊長に、父(部下①)、そして僕(部下②)の相変わらずのトンザメンバー。穴あきの小石を父が大事に懐に入れ、川に沿う細い道(山道であります)を行く。川といっても小川でありますので、川幅は十メートルにも満たず、深さも三十センチまでといったところ。清流が石と岩のゴツゴツを洗いながら流れる、一幅の絵でもあります。さかのぼるにつれて山道はなくなり、藪の茂った川の中をじゃぶじゃぶ歩いていくという寸法であります。

最近はパワースポットなる言葉と、その場所の情報がネットなどで広く流布されるようになりましたが、あまりに簡便になりすぎて、パワーをいただきたいから行くという、欲がらみの臭いを感じるのです(どうかな?)。
昔は言い伝えとか秘伝というものが生活に根差していて、ワラをもすがるような思いで対峙したものです。この時もまさに必死の探検隊の趣でありました。なんせ川をじゃぶじゃぶですから。

「どこじゃろう?」
「わからんねゃ」
二~三時間はじゅうぶんに経過した頃でしょうか。それは神仏のお導きか、たしかに川のちょうど真ん中あたりに小ぶりの岩がある。祠こそなけれどなんだか神々しい雰囲気の岩であります。見ればなんと穴あきの石がいくつもお供えしてある。
うわさどおりの耳島様がそこに鎮座しておられたのです。


(次号に続く)

読んでよかった
このストーリーをブログ等で紹介する

前沢 しんじ

人生を渡っていく最強最高の友が言葉です。人生に起きる色々なことを「どう考えるか」、「何を選んで生きていくか」が自分の人生を決めます。メルマガではそんな考え方のヒントをお届けしています。エッセイスト前沢しんじが、よりよく生きるヒントをあなたに・・・

|

前沢 しんじ

人生を渡っていく最強最高の友が言葉です。人生に起きる色々なことを「どう考えるか」、「何を選んで生きていくか」が自分の人生を決めます。メルマガではそんな考え方のヒントをお届けしています。エッセイスト前沢しんじが、よりよく生きるヒントをあなたに・・・

前沢 しんじ

人生を渡っていく最強最高の友が言葉です。人生に起きる色々なことを「どう考えるか」、「何を選んで生きていくか」が自分の人生を決めます。メルマガではそんな考え方のヒントをお届けしています。エッセイスト前沢しんじが、よりよく生きるヒントをあなたに・・・

前沢 しんじさんの他のストーリー

  • 貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第4回)

  • 前沢 しんじさんの読んでよかったストーリー

  • 貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第43回)