貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第43回)

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『○○のアニィ』この章のあとがきにかえて

この本は我が母まいくばあの自由に生きるさまを通じて、人生は「おカネはなくても老後は楽園」になるということと、「愉快に生きるコツ」を知っていただければと思って書いたものです。

本章「騒動編」は母・父そして僕のおマヌケ三人組がくり広げるドタバタ劇を活写しましたが、父については「悪いヒトではないがナマケモノでパッとしない人」という感想を抱かれるかも知れません。いや間違いなくそう思われましょう。
当たらずとも遠からじで、決して嘘でも間違いでもありませんが、死者に弁明の口はなくアンフェアですので、彼の名誉(あったかな?)のためにも、こういう側面あるいは真実があったということを伝えておきます。

ひとことで言えば「いいヒト」でした。
人当たりが良く、言葉はやさしく、他人をだますようなことはしたことも考えたこともない。正直者でずるいところなど全くなく、性格は明朗で快活。学生時代、勉強はよくできたんだと言っておりました。証拠はありませんが長じてからも歴史書や中央公論などという本をよく読んでおりましたし、それなりの論客ではありました。
またその優しさを示すエピソードもあります。晩年の義父はやや認知症の気があり、義妹(まいくばあの妹)がその世話をしていましたが、昔のこととて家で面倒を見るのはとても大変なことで、よくまいくばあに相談や愚痴の電話がかかっておりました。父に電話を代わると長い間じっと義妹の話を聞き、「すまんなぁ」、「たいへんやなぁ」、「ごくろうさんやなぁ」など心底の相槌を打つ姿がありました。叔母に言わせると「○○兄さんに話を聞いてもらうとほんとに楽になる」と。そういう人でもありました。

ただ本書に著したように、人にいい顔をしたいという性向が見栄張りにつながり、やさしさ故か、弱さ故かすぐ仕事を辞める、酒に逃げる、結果ナマケモノ的ふるまいが世間一般標準に届かないというものでした。さらに言えばまいくばあの要求するレベルが彼にとって少々厳しすぎたのかも知れません。

しかしその職歴も四十才後半のころ、市役所の臨時職員に採用され、そのまま定年まで勤め上げ、なんやら表彰状も何枚かいただいておりましたから、晩年は若いころの汚名(?)をしっかりと払拭できたこともここに報告いたします。

彼については面白きこともまいくばあ同様山積してありますので、また書く機会を見つけたいと思います。
とまれ、まいくばあとその相方○○アニィが一緒にならなかったならば、この僕自身のこの世での存在がなかったわけで、ここはあらためて感謝を述べたいと思うしだい。
「○○のアニィ、おおきに」

六十七才で食道がんを患い、大学病院に入院して僕たちが帰るとき、四階の病室から見えなくなるまで手を振っていた姿が想い出されます。
合掌。                            

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前沢 しんじ

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