フツーの女子大生だった私の転落の始まりと波乱に満ちた半生の記録 第32話

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ホストの死

《これまでのあらすじ》初めて読む方へ

あることがきっかけでショーパブ「パテオ」でアルバイトをしている大学生の桃子は、少しずつ頭角を表し、ついに店のナンバーワンになる。そんな最中ずっと信頼と憧れを寄せていた店を取り仕切る立場の玲子が裏切っていたということを知り桃子は、自分の運命を狂わせたのは玲子だと密かに憤り彼女を復讐しようと誓う。徐々に感情をなくしていく桃子。その頃ホスト遊びなどするようになった桃子は、シンヤという1人のホストに出会うが、彼のホストらしからぬ熱い信念のようなものに違和感と重圧を感じ避けるようになる。彼を指名から外してすぐ、突然の彼の死を知るのだった。


思えば、当時の私は完全に感覚が麻痺していたのだ。



夜の世界に身を置いて、たった2年余りだというのに


金銭感覚も、五感に関することまで

世間一般の常識的なことも


そして、一番損傷していたのは


人の心の痛みを察知する感覚機能だろう。



シンヤは

真夜中に酒を浴びるように飲んで

街をフラついているところ

ヤクザもどきの連中とトラブルを起こし

複数から暴行を受けたという。


ただ、殺人事件ではなく事故と処理されたのは

暴行の後、まだ意識があったシンヤが

車の多い大通りに飛び出しそのままはねられたからだ。


即死だったそうだ。



私はその話を、涙ぐみながら話すナナたちから聞いた。


「シンヤ、多分さ…相当ショックだったんだって。

   杏ちゃんから指名されなくなって。

   それで店にも顔出さなくなって浴びるようにお酒飲んで。

   シンヤ本気だったんだよ!杏ちゃんのこと」


後の2人まで涙ぐんでいる。


私は何食わぬ顔で羽のついた衣装を脱ぐために

腕を背後に回していた。

後ろのファスナーがなかなかにスムーズに動かない。

ちょっと太った?

少し油断しすぎたのかもしれない、気をつけなきゃ

最近ジムへ行っていないから体がかたくなったせいかも


「ねえ、手伝ってくれない?」


私が言うと

ナナがサッとあげてくれた。


「ありがとう」


微笑し背を向ける。


「杏ちゃん…なんとも思わないの?」


「何を?」


「何をって死んじゃったんだよ!シンヤが。

  ずっと指名してたじゃない!シンヤの気持ちわかってたはずだよ?」



「だから?」


私は振り向きもせずそう言った。


「え…」


3人の戸惑う様子が見なくとも十分背中越しに伝わってきた。


「私は被害者でも、加害者でもない。私はただの客で

   あの店で  あの人のことたまたま指名してただけ」

   


振り返る言葉を失ったように佇む3人のホステスがいた。



「言っとくけどシンヤと私はなんでもないの、ただ一度

  一緒に遊びに言っただけ。みんなやってることでしょう。

  シンヤだっていろんな人から指名されてたんだし。

   私に対してだって、あんなのただの全部営業トークだよ」


   

「そんな言い方って…ナナさんはただ、シンヤが可哀想だねって…」


仲間の1人が非難めいた顔でそう言った。

その言葉を遮るように、ナナがため息とともに言った。


「もういい!行こう」


その顔は私に愛想を尽かしたことを物語っていた。



私はそれに気がつかないふりをして

更衣室をでていく3人を視界の隅で見送った。


自分専用のクローゼットを開け衣装をしまった。

信じられない思いと虚無感が確かにあった。


でも、不思議と悲しみは一つも沸き起こってこなかった。


私は力なくハンガーから水色のドレスを手に取った。

先月同伴した、客にねだって買ってもらった8万円もする高価なものだ。

服は自分でもしょっちゅう買うし

客も喜んで買ってくれるので店のクローゼットも

自宅も新しい服も含め、いっぱいだ。


この服も今日初めて腕を通す。

新品の服に腕を通す瞬間が、たまらなく快感だ。


私は、ナンバーワンホステス専用とされている大きな鏡に

映る自分の姿を見た。


最近の夜遊びで少し化粧のノリは悪いものの

私の白く透き通るような肌に、淡い水色のドレスが光って見える。

このドレスのこの色は、許されたものにしか着こなせないはず

綺麗な巻き髪が波打ち、黒目がちな瞳は凛として輝いている。

ナンバーワンらしい気の強そうな顔と

オーラが滲み出ているのを自分でも感じる。


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