すべてのコーヒーにストーリーがある ⑥ ~豆の声を聴け~

前話: すべてのコーヒーにストーリーがある ⑤ ~焙煎のはなし~
 え?インタビューですか?何の?
 焙煎?なんで私に?
 街一番って。そんなの誰が言ったか知らないけどお断りですよ。そんな言い方されるとまわりのコーヒー屋に嫌な顔されるじゃないですか。
 ほんとですか?うまくやってくれるって言うならまあいいですけど、その街一番っていう言い方はやめてくださいね。ほんとに。
 僕らは共存してはいますが競争はしていないんですから。
 敵?いやまあ、そりゃあ安価で粗悪なコーヒーを売ってる連中はどうかと思いますがね。いや、どこの店とかは言わないですよ。
 けど今はコンビニなんかでも100円も出せば淹れたてのコーヒーが飲めるんですから。そういうのとは別物だと思ってやらないとやってられないですよ。
 ああ、焙煎の話ですか。でも一つ断っておきますけど、うちの焙煎は手回しで皆さんが思ってるような立派な機械じゃないですよ。ダンパーもついてないし、火加減だって目分量です。だからこそ出会える奇跡の焙煎みたいなものもあるのですが、そんな絵になるようなものじゃないんです。ええ。それならお話しいたします。
 まずは何からお話ししましょうか。
 手順ですか。手順も何もうちの焙煎はただ豆を焼く。それだけなんです。
 まずコンロに焙煎機、サンプルロースターっていうですけどね。これをセットして火にかけます。十分に余熱を取ります。私の場合は十八分。これより長くても短くてもいけません。
 釜が温まったら予め必要なぶん、量って置いた生豆を水で洗います。そうですね、米を洗うような感覚ですね。これをすることで豆の表面に付いているチャフっていう薄い皮がとれます。もちろん全部は取れないですがこれをやらないと釜の中で皮が焦げるんです。すると焦げ臭いコーヒーができる。だから洗うんです。
 洗えたら釜の中に豆を入れて一定のリズムでドラムを回します。しゃっか、しゃっか、しゃっか。このリズムです。僕の中に刻まれたリズムです。豆が少し重いな、と思ったら早めて、軽いなと思ったら遅めてといった具合にその場の流れですね。ちょっと微調整してやります。
 そのまま十三分。同じ火加減で回し続けます。その間?まあいろいろですけど本を読んだり、歌を歌ったり。何せ一歩も動けないわけですから。この時間はとくに何もすることがないので自分の時間として楽しんでますね。
 そのぐらいの時間になると豆がだんだん色づいてきます。最初のグリーンの状態から薄茶色に変わるんですが、このあたりで火を強めて一ハゼを促します。ハゼですか?いや魚のハゼは関係ないですよ、もちろん。
 天津甘栗やポップコーンを煎っていてもパチン、とかポンとか鳴りますよね。あれがハゼです。
 コーヒー豆には一ハゼと二ハゼと呼ばれる二つの段階があります。一ハゼが終わる頃に火を止めるとミディアムロースト、ここで豆の繊維が開きます。二ハゼが起こると豆の繊維が壊れると言われます。一ハゼと違って今度はピチっとかパチンとか乾いた音が鳴るのが特徴です。二ハゼが起きてから焙煎を続けると、シティローストからフルシティロースト、フレンチロースト、イタリアンローストとなって、最後は炭になります。まあ焦げてるんですよね。
 私の場合は一ハゼと二ハゼの間。
 まあ言ってしまえばハイローストなのですが、その豆によって微妙にベストポイントが異なります。うちは他のお店のようにこの豆は深煎りとか、あの豆は浅煎りというように大きな変化は付けません。単に私が深煎りが好みではないのもありますが、さっき言ったポイントが、コーヒーの持つ風味を一番生かせるタイミングだと思っているからです。
 一番重要なのが豆をドラムから出すタイミングです。
 一ハゼが収まると何度も何度もテストスプーン、ああこれです。この細長いやつ。これでこの穴から豆をすくってやって何度もチェックします。そしてここだ、というタイミングで豆を出して白煙とチャフを吹き飛ばして団扇でパタパタあおいで豆を冷ましてやります。このときちょっと出すのが早い場合はゆっくり冷ましたりして調整します。
 え?豆を出すタイミングがよくわからない?
 参ったなあ。うまく説明できないんですよね。数値ではもちろん表せないし、明確にこの色、ってL値を見ながらやってるわけでもない。ああ、L値っていうのは豆の色の度合いを数値で表したものです。
 とにかく目と耳で判断しているだけなので、うまく説明できないんです。何て言うか豆がここで出してくれって言ってるような気がするんですよね。ここが一番おいしいポイントだよって。その声はほんの一瞬しか聞こえない。だから一ハゼが終わると、私は本を置き、歌を歌うのをやめて、その声に耳を澄ませます。
 豆の声を聞く。これが私の仕事ですね。
 とまあ、このように非常に曖昧な表現で申し訳ないのですが。だから私は街一番だとかなんだとか言われたくないんです。感覚だけでやってるんだからそんなに誉められたもんじゃないんですよ。
 まあでも新鮮でおいしいコーヒーを出しているという自負はありますよ。焙煎機の機能ではかなわなくても、鮮度なら勝負できる。豆のエイジングをきっちり管理するのも我々の大事な仕事ですからね。


 後日、彼は掲載されたインタビュー記事の見出しを見る。あれほど使うなと言っていた街一番という文字が入っていたが、彼は苦笑するしかなかった。
『街一番のおしゃべり焙煎士 かく語りき』

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