世界旅後手持ち300ドル、家族も友人・恋人、時間もお金もすべて失い失意のまま帰国したバックパッカーが自分の夢を叶えてきた記録(14)

君は、何か隠してないか?

「君は、何か隠しているんじゃないか?」

休み明け木曜日のBENIHANAキッチンで、シェフメッシが出勤してきたケイシーに向かって真剣な表情で聞いてきました。

「寿司ナイトの後でキッチンの奴らにきいても、シェフジェマールの片腕イマドに聞いても、みんなどこか何かつながらない。君はBENIHANAでうまくやっていた。僕らはすべてを君に教えたし君も仕事を一生懸命覚えたし、結果も悪くない。スタッフみんな、君のことが好きだし信頼している。でもなんで君はやめさせられるんだ?」

喉元までぐっと、こらえていた思いが急に不意を突かれたことで飛び出しそうになりながらもケイシーはなんとか自分を押さえました。

「何故なのかわからないよ、シェフメッシ」

感情を押さえようと必死にこらえるように、唇をかむとメッシはそんなケイシーの表情をじっと見てから唐突に言いました。

「僕は、君が辞めさせられるなら辞めてやる」

「えっ!」

「くそったれ、トップの考えることなんか理解なんてできない。僕はこのひと月、君にすべてを教えきった。可愛がった。この気持ちを踏みにじるなんて許せない。僕はこのホテルを辞めて、無職になる」

「それはやめて、シェフメッシ」

「ばかなことを言うんじゃないよ」

隣から見かねてラミエロも口を出しました。

「確かに僕たちはケイシーにすべてを教えた。でもそれは彼女が本当にいいやつだったからだ。彼女はもう僕たちの家族も同然だからだ。シェフジェマールの考えを待とう。きっと何か考えがあるはずだよ」

ダルウィンが冷静な面持ちで言いました。

そのとき、ケイシーの携帯がピコンと鳴ってショートメールが届いたのがわかりました。送り主はミスターイマド。そういえばとケイシーは思い出します。我を失ってシェフジェマールのオフィスに駆け込んでから彼とはそれきりになっていました。

メッセージを開けると、「今から、僕のオフィスに来るように」とだけ書かれていました。

「ちょっと仕事を抜けてもいい?シェフダルウィン」

ケイシーがそう言うと、ダルウィンは

「シェフジェマールに呼ばれたのかい?」

と聞いてきました。

「いいえ。コンプライアンスのミスターイマドに呼ばれたの」

ケイシーが正直にそう言うと、ダルウィンはよく理解できないという表情をした後でも送り出してくれました。

あいかわらずてかてかと気味悪く光る冷たい灰色の廊下を小走りに急ぎ、ケイシーはシェフユニフォームを着たまま片手に三角巾を握りしめミスターイマドのオフィスに急ぎました。

「ミスターイマド」

ガラス張りのオフィスの扉を開けると、イマドはいつものように背もたれの大きな椅子には座っておらず、立って出迎えてくれました。

「やあケイシー、来たか」

「先日は、すみません。お話しの途中でいきなりどこかへ行ってしまって」

「いや、いいんだよ。君の気持ちはわかる。それで、ジェマールはその後何て言っていたんだい?」

「私のことをなんとか正式に雇ってもらえないか上に頼んでみるって言っていました・・」

「そうか・・」

「でも私、それが本当かもわからないし、もしダメだったらどうしたらいいのか・・・」

イマドは少し真剣な表情になると、ケイシーの顔を見ました。

「ケイシー、君はこのホテル以外で働く気持ちはあるかい?」

「えっ?」

思いもよらないイマドの言葉に、ケイシーは俯いていた顔をパッと上げます。

「君が望むなら、僕のつてを使って近くの日本食レストランを紹介しよう」

「近くの日本食レストラン・・・」

「今回のことは、表立っては君の解雇だけれども原因はこのホテルの失態だ。それはわかっている。君には本当にすまないと思う。だから、次の就職先を僕が個人的に斡旋してあげられないかと思うんだ」

「・・・」

「いいかい、このシメサニ地区に、もうひとつホテルがある。エルサイードってホテルだ。そこの日本食レストランはBENIHANAなんかよりももっと美味しい寿司を出す。ビルの高層階にあって、眺めも素晴らしいんだ。どうだ、行ってみるかい?」

「でも、そこを受けるというのであればジェマールに断りを入れるということですよね」

「ジェマールは泳がせておくんだ。彼が成功したらしたで君は元のサヤに収まってBENIHANAで働けばいい。これは保険さ。何かのときのために、君が掛けておく保険なんだよ」

ケイシーはこんがらがった頭の中でもたつきながら考えました。

ひとつ浮かんできた考えは、イマドの言葉も一理あるということでした。思い起こせば、労働ビザの取得に関してもケイシーの差し迫った状況なんておかまいなしに、ジェマールは催促もせずに放ったらかしにされていたことさえあったのです。これ以上ビザの期限が迫る中、ジェマールのことを待ち続けるわけにはいきません。

「では、お願いします。仕事を紹介してください。私はこの国で生きてゆきたいのです」

ケイシーは決断をして、しっかりとイマドを見据えました。

「そうだね、この提案を受けることができなきゃ僕も君を助けようがない。ただ、君を助けるとなれば僕は個人的にベストを尽くすよ」

イマドはイギリス留学時代に身に着けたのか?イギリス人風の遠い言い回しを使って流暢なイギリス英語で答えました。


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