孝夫ちゃん
―新宿歌舞伎町方面に向いたヤマダ電機の入り口付近―そこが福島孝夫との待ち合わせ場所だった。十年前、俺が東京を離れるとき福島は友人達を集め、徹夜で飲み明かし、俺を送り出してくれた。会うのはそれ以来だ。
*
30年前
「なにガンとばしてんだ。」
今思えば、俺はガンなんか飛ばしていないし、いきなり後ろから現れてこの台詞、いいがかりにも程がある。それに、これ程の決まり文句をやや噛みながら言っていたことを考えると、むざむざと金を取られる必要もなかったと思わずにはいられない。俺達は小学校5年生、相手はいかにもガラの悪い中学生2人組みだった。こちらは3人だったがナイフをチラつかされてビビリまくっていたので、そんな状況で冷静な判断をしろというのも無理な話かもしれない。俺達と言っても正確には奴らの狙いは俺一人だ。正月にもらったお年玉が、細かくできなくて五千円札で持っていたのが失敗だった。買い物をした時、目を付けられ、後を付けられていた。
俺だけ友人二人から離され、金を巻き上げられた。俺はなるべく平静を装って二人の元に戻ったが、俺の演技力では二人の目をごまかす事はできなかった。福島が「山ちゃん金取られたのか?」と言った。
―昭和50年代後半、俺達の町では中学生達が荒れていて、小学生がよくカツアゲの被害にあっていた。学校では教師たちが「あまり大きいお金を持って友達同士で駅周辺など人の集まる場所へは遊びに行かないように。」と呼びかけていた。それなのに俺達はまさか自分たちがそんな目に遭うわけはないという根拠のない自信から先生の言いつけを破ってしまった。―
「う・・・ん」俺は曖昧に返事をしたが、福島はすぐさま「俺が取り返して来てやる」といって俺に背を向けた。
途端、俺は涙が溢れ出し、「止めてよ!いいよ俺。あいつらナイフ持っていたし、孝夫ちゃんが怪我したら嫌だもん。」
たぶん、金を巻き上げられた悔しさはそれほどではなかったと思う。それよりも福島の正義感と勇気と優しさに胸を打たれたのだ。同時にそんな友達に怪我をさせるわけにはいかない。そんな気持ちがこみ上げてきた。
福島は、踏み止まってくれた。
福島は普段けして、交戦的な性格ではない。背格好も俺とそんなにかわらないし普段から真面目で、学校の勉強も良くできた。そんな福島が初めて見せた荒々しい姿だった。
3年後の夏、俺達は灼熱の太陽の下、暑く熱せられたコートの上で同じ敵を見つめていた。
「アドヴァンテージ、福島・山本」
審判のコールを聞き、俺は頭上へ高々とボールを放り投げ、思い切りラケットを振り抜き、頭上を舞うボールに叩き付けた。
―サービスエース―
中学軟式テニス県大会決勝、俺と福島のダブルスでの優勝が決まった瞬間だった。
俺達は互いに向かって駆け寄りハイタッチでお互いを祝福した。
*
「山ちゃんは禿げてはいないな。やっぱりシャンプーとかで違うのか?」
「当店は、私が禿げたら育毛剤が売れなくなるので、死活問題です。」
俺は福島の言葉には直接は応えず、おどけて見せた。俺達は40歳を過ぎ、俺は美容室のオーナーになり、福島は2・3回職を転々としたが、今は飲料メーカの伊藤園というビッグネームの会社に勤めている。
「孝夫ちゃん、あれいいな、黒ウーロン茶、あれがあれば飲みすぎ食いすぎも怖くない。40代になった俺達の強い味方だよ。」
「山ちゃんそれ、サントリーだから、伊藤園じゃないんだよ」
「あっごめん、じゃあヘルシア緑茶!」
「それは花王!!!!」
俺達は集まった仲間たちの笑いの渦の中で10年の年月を埋めていた。
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