あなたの人生は誰のもの?(11)~日本に居ちゃダメだ~

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「外資系企業」と言えば聞こえはいいが、当時の日本にはまだ数が少なく、「私は外資系受けてない」と言った当時の友人の発言からも分かるように、何だか得体の知れない存在だった。


面接に向かうと、部屋の大きさに不釣り合いな4人の男性面接官が、ひしめき合うように座っていて妙な感じがした。しかし今まで訪問してきたどの会社よりも丁寧な応対に驚いた。


無難なやりとりが続き、終始なんの感触もなかった。相変わらず緊張で顔は硬直していた。

そして面接も終盤に差し掛かり、あとは挨拶をして部屋を出るだけとなったとき、一人の面接官が別の面接官を指してこう言った。


面接官
野村さんは、あなたの大学の先輩なんですよ。
まさき
せ、先輩・・・!?


見れば40歳近い男性で、「先輩」と呼ぶには少々違和感があったが、人数の少ない弱小大学、こんなマイナーな会社(当時)の面接で会えるとは・・・さらにわざわざ面接を見に来てくれたに違いない。部屋の大きさと面接官の人数がミスマッチなのはそのためだったんだ・・・。


思わずホッとして、こわばった私の顔に笑みがこぼれ、「有難うございました」と深くお辞儀した。

部屋の中の緊張が少し解けたように感じ、内定を確信した瞬間だった。


こうしてまた、私は人との出会いに救われた。「第2新卒」のテスト的存在であったとも思う。


私がこの会社で働いた経験は、何物にも代えがたい。本当の「仕事の仕方」を教わった。周囲は仕事のできる先輩・同僚・派遣さん・アルバイトさんで溢れかえっていた。会社からは、社員として大事にされている感覚があった。その分、仕事の責任・プレッシャーは大きかった。


ひっきりなしに電話が鳴るが、机の上には別の顧客の書類が山積みにされている。仕事量が増えすぎて回らなくなると、1台のスクリーンで同時に2件分処理できる画面仕様に変更となった。電話で1件処理するのと並行して、同時に手元の別件を処理するのだ。


耐えかねて電話の受話器を消しゴムで浮かし、これ以上電話が鳴らないよう細工していた強者もいた。


一度席に着いたが最後、目の前の飲み物に手を伸ばす暇はない。口の中は常にカラカラに乾いていた。

仕事のできた優秀なチーフは、トイレに立つタイミングを逃し続けて膀胱炎になってしまった。


それでも、給与以上の何かを得ていると感じていた。


私は、もう会えることもないであろう「野村氏」に恩返ししなければならないと思い、がむしゃらに勉強し、そして働いた。

幸い事務仕事にはオブジェ(電話)がある。どれだけ電話口で怒鳴られようと、受話器から出てきて殴られる訳ではないのだ。

可愛い後輩達には、「カリスマ社員」と呼ばれてからかわれた。


一方、法律の関係上、人の戸籍を読む機会が多くあったが、戸籍を通して色んな人生を垣間見た。


・何度も×が付いているのでよく見ると、半年毎に同じ相手と結婚・離婚を繰り返している戸籍

・今でこそキラキラネームだが、親に残酷な漢字を当てがわれて通称名で生きている人

・相続の関係で、亡くなった後に籍を抜かれている戸籍

・知らぬ間に赤の他人に乗っ取られていた戸籍

・・・etc


時代はどんどん悪くなる。「リストラ」「早期退職」などの文字でメディアがいっぱいだった。

それは仕事をしている間にも、じわじわと伝わってくる。


書類の不備で、あるお宅に電話を掛ける。


田中さんのお宅ですか?
田中さんの妻
主人は今仕事に出てますので、会社のほうに掛けてください。


勤務先に電話を掛ける。


まさき
田中さんはいらっしゃいますか。
田中さんの会社の人
田中は3か月前に退職しておりますが・・・?


公園で時間を潰す田中さんが目に浮かんで、いたたまれない気持ちになった。


そしてその頃、私は再び体調を崩し始める。


仕事は順調なものの、同僚や先輩には恵まれているものの、バリバリ仕事をし過ぎて、部内の全ての課を異動(経験)してしまった。一般職の私には未来がない。

そして丁度、社員から慕われていた日本本社の代表が交代となり、会社の雰囲気も違ったものとなってくる。

仕事でぐったりして家に帰っても、今晩もモンスター達が暴れやしないか、冷や冷やしてリラックスできない。


この頃の家族関係は、さらにドロドロとして不健康なものとなっていた。


もはやモンスターと化した母には誰も逆らえない。怖いのではなく、万一地雷を踏んだが最後、その後暫くは続く言葉の暴力で、自分の時間が台無しとなり、エネルギーを吸い取られてしまうのだ。下手をして逆らえば、「保証人のハンコウは押さない」などと脅されて、身動きを取れなくなってしまう。


他の三人の家族たちは疲労困憊し、いつしか「自分さえ逃られれば」という保身の方向に向かう。

その暴力の仕組みは、学校のイジメ問題とまるで同じだ。


一人のメンバーが家に居ないときは、母はそのメンバーの悪態をつきはじめる。しかし、精神的に疲労困憊している他のメンバーは、もはや反論するエネルギーもない。ただただ、「そうだね」と同調するしかないのだ。

そうすれば暫くの間は「アメ」が貰える。貰えなくとも、当面は自分に「ムチ」を向けられることは避けられるのだ。


母を除く三人のメンバーは、表面上は普通に話をしているが、そのうち相手が本当は何を思っているか、全く分からなくなってくる。何が本当で何が嘘なのか、混乱して判断がつかなくなるのだ。


今となってみれば、あの時父が何とかしなければならなかった。命懸けでもなんでも子供達を守らなければならなかったのだ。しかし、父も疲れていた。

母について話すとき、父は子供の立場まで下りてきて「困ったね、どうしようね・・・」となっていた。


そして結局、父は最後まで問題を解決することはなかった。


「単身赴任」を言い訳に数年後、私と姉二人の子供を置いて、家を後にしてしまったのだ。



日本に居ちゃダメだ・・・



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maya masaki

生まれつきジョーカーを引いてしまったあなたに、負の人生の脱出・挽回の方法教えます。

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