【第13話】認められた記憶などほとんどない僕がSTORYS殿堂入りの知らせを受けた日・・・ふと思い出した、忘れられぬ友人と交わしたある「約束」

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【第13話】認められた記憶などほとんどない僕がSTORYS殿堂入りの知らせを受けた日・・・ふと思い出した、忘れられぬ友人と交わしたある「約束」
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その日は下宿に戻ったけど富岡ちゃんに会うことは無く、富岡ちゃんが僕を訊ねてくることも無かった。

時計は持ったままだったけど、富岡ちゃんに会いに行くことが出来なかった。

晩ごはんの時に食堂で顔を合わせても、お互い話しかけることも出来ない気まずい数日が流れ、富岡ちゃんの時計も相変わらずジーンズのポケットに入ったままだった。

富岡ちゃんとしゃべることが出来なくなってしまった下宿での生活は何の楽しみもなく、予備校に行って戻ってきて、晩ごはんを食べて自室に戻るの繰り返しになり、3畳ほどしかない狭い部屋で勉強にも身が入らず、ゴロゴロしながら過ごしていた。

そんな生活が4,5日ほど過ぎた時、大して美味しくもない晩ごはんを食べ、相変わらず富岡ちゃんとも話すことは無く自室に戻って畳の上に寝ころんでいたとき、滅多に人が訪ねてくることなどない僕の部屋のドアが開いた。

ドアノブがゆっくりと回り、数センチほど押して扉が開いた状態のままの向こう側から、富岡ちゃんが僕の名を呼んだ。

「あ、はい・・・いるよ」

努めて自然に言ったと思うのだが、うまくしゃべれていたかは怪しいほどに、急な出来事に頬は引きつっていた。

富岡ちゃんはそのままドアを開け、部屋に入ってきた。

その時見た富岡ちゃんは、いつものように度のきつい鼈甲の縁の眼鏡をかけ、栗色のやわらかい髪をかき上げながら、遠慮がちに笑っていた。

「この前は・・・ごめんね」

富岡ちゃんはそう言うと、僕の隣に腰を下ろした。

僕も起き上がって

「いや、俺も、ごめん。怒らせちゃってどうしていいかわからなくてさ」

と言って、おどけて頭を下げた。

「なんかケンカしてるとつまらないから、やっぱり仲直りしようと思ってさ」

張り付いたような、見慣れた富岡ちゃんの笑顔が戻っていた。

「うん・・・」

何を言ってよいのか分からなくて、僕は黙っていた。

うまく謝らなければいけないという思いや、自分から仲直りを申し出ることが出来なかった自分の弱さや、僕を責めることなくこうして笑顔を向ける富岡ちゃんの生き方や考え方に、嫉妬のような後悔のような、それでいてどこか救われたような狡さのような感情が交錯していた。

きっと、いつかこうして富岡ちゃんが許してくれることを、卑怯にも待っていたところのある自分と、それを行動として僕に示した富岡ちゃんの中にある、人としての思いの「差」のようなものに恥ずかしさを覚えたからだ。

「腕時計、無くしちゃってさ」

左腕を伸ばして、僕に見せた。

「あの日、興奮して時計はずしたら、なんだか抑えきれない感情で、思わず投げつけちゃってさ」

冗談のように笑いながら「馬鹿だよなぁ」と言った。

「あ・・・時計ね・・・」

ジーンズのポケットをごそごそ探り、少し割れてしまった文字盤の腕時計を差し出した。

「拾ったんだ・・・大事な時計だって知ってたから。だけど、こうなったのも俺が悪いんだからとか思ったら、渡しずらくて・・・ちょっと、壊れてる」

富岡ちゃんは僕から腕時計を受け取った。

富岡ちゃんはその日の晩、実はもう一度ゲームセンターまでの道のりを歩き、投げつけた時計を探したと言っていた。

何回か往復したけど見つからなかったから、諦めて帰ったのだという。

「そうかぁ、大谷ちゃんが拾ってくれてたんだ、ほんとにありがとう」

そう何度も言って、富岡ちゃんは少し壊れてしまった腕時計を、左手にはめた。

「そうだ、せっかくだから風呂に行こうよ、久しぶりに」

富岡ちゃんは、すっかりここ数日の事など無かったかのように、僕を銭湯に誘った。

いつものように屈託なく笑う富岡ちゃん特有の笑顔に、僕は救われた思いだった。

僕にとってそれは、生まれて初めて感じる「自分の居場所」だったはずだ。

「どんなことがあってもその人を恨むことはしない」と言っていた富岡ちゃんは「許される」という行為をもって「存在」という居場所を僕に教えてくれたに違いなく、本気で怒るというあの日の行動は、まぎれもなく僕のことを本当の友達であると認めてくれているからに違いないからだと、そう考えてみることにした。

「最近、銭湯行ってる?俺は3日前に行っただけだから、風呂に入りたくてさぁ。この前市田さんに聞いた石神井川沿いの新しい銭湯とやらに行ってみたくない?」

富岡ちゃんはそう言うと「銭湯の用意取ってくる」と部屋に戻って行ったのだった。

こうして僕たちは何事もなかったかのように元のさやに納まって、その日はいつもの銭湯ではなく、石神井川沿いの新しくできた銭湯へと歩いて行った。

よく考えてみると、下宿から練馬駅方面にはよく行っているのに、こうして歩いて石神井川方面に行くのは初めてのような気がして、並んで歩く足取りもいつもより軽かった。

ちょっとした冒険のような、知らない街を探検しているかのような新鮮な感覚にも助けられて、僕たちは久しぶりに楽しくおしゃべりをした。

石神井川まで出るために、まっすぐ数十メートル歩いていくのだが、通り沿いに怪しげなプラモデルやがあったり、脇を囲むうっそうとした森から道路わきに掘られたちょっとした川のような大きな下水溝に流れる湧水だったり、下宿から数分逆方向に歩っただけでまだまだ見たことのない景色が広がっているのもだと、妙な感心まで覚えたのだった。

目的の銭湯までは歩いていくにはかなりの距離があり、寄り道を繰り返しながら歩いたから40分もかかってしまった。

程よく疲れた体を湯船に沈めた。

そこは銭湯というよりは、今でいうところの日帰り入浴施設といった感じで、中で食事こそできなかったが、サウナもあり脱衣所にはちょっとしたごろ寝でも出来そうなスペースまであり、それはそれで快適だったのだけれども、やっぱりいつもの通いなれた時代遅れの銭湯の方がなぜか僕達にはしっくりきて、念願だったサウナからの水風呂もそこそこに、居心地の悪い銭湯を出たのだった。

それは、最新のピカピカした物よりも、誰も見向きもしないけれど自分にだけは価値がある使い慣れた道具のように、やっぱり田舎者の僕達には、練馬という東京と言えども少し田舎の感じが残る街の、時代遅れの忘れられた銭湯の方が肌に合っていたという事だ。

そんな感覚を富岡ちゃんと共有できたから、なぜかこれで、すっかり仲直りできたような気分になったのだ。

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