毒母に育てられて2

このエントリーをはてなブックマークに追加
3
小1の終わりに母親30歳、その男19歳で再婚してから、私の地獄の日々が始まった。
思えば、その男の長男は私の8歳年下だ。
要するにデキ婚って事だ。
再婚でデキ婚、2回目なのに盛大な結婚式、相手は祖母が営むスナックの客だった。
祖母が母親に勧めた縁談である。
「動物は好きか?子供が好きか?」
その問いにYESと答えただけなのに、動物好き、子供好きに悪い人は居ないって、どんだけ非常識な人なのだかうかがい知れる。
夜な夜な出勤する母親は朝方に鍵を忘れて家に入れなくてトイレの小窓を壊して中へ入り、祖父に怒られて居たことがある。
胸元に客からのチップを挟む癖のある母親。
いつも二日酔いで昼間は寝ている。
私が小学校から帰宅して鼻歌を歌っていると煩いと怒鳴りつけられた日。
あれから歌わなくなった。
名字が変わった事でいじめられた時も、
「煩い、泣くな、やり返せ!」
と怒られ、それから泣かなくなった。
段々と感情を押し殺すようになっていった。
学校でも一言も話さなくなった。
声を失ったかのように喉が締め付けられて発声が難しくなっていた。
そんな事も知らずに母親は自分と自分の男の事で頭が一杯だった。
女には2種類あるんだと思った。
母性を持った女と、自分しか愛せない母親にはなれない女。
この2人は、女と男って表現しか出来ない。
そんな事を悟った2年生の頃…
その頃から足元がグラグラ揺れて、穴に落ちる感覚に陥るようになっていた。
地面が歪んで足元がおぼつかないような、そんな歩き方しか出来なくなっていた。
笑う事も泣く事も出来ず、ただ私は呼吸をして声を押し殺して生きていた。



読んでよかった
このエントリーをはてなブックマークに追加
このストーリーをブログ等で紹介する

Full Yukaさんが次に書こうと思っていること

|

最近「読んでよかった」がついたストーリー

フレッシャーズ最初の関門「飛び込み名刺交換」の思い出⑥(ラスト)

4度目の受験に失敗した男が、脇道を猛進して彫刻家になり、20年後に悟ったこと。”人生はこれで〇〇〇〇。”

38歳中卒の女が一部上場企業にまで務めあげ不動産会社を開業決意するまでの話。

母を憎み子供の頃から自殺未遂を繰り返す鬱病の私が赦しの機会を得、一生モノと思った鬱病を克服。母を愛し尊敬できるようになるまでの話

フツーの女子大生だった私の転落の始まりと波乱に満ちた半生の記録〜プロローグ〜(第1話)

「お腹の子は、無脳児でした。」最終話 ~妊娠498日の約束~

大切な人を大切にする唯一の法則

俺が財閥の家庭教師だったときの話(終)

バカ女子高生だった私が、東大に受かった次の日、「バカだと思ってた」と言われた話。

17年前に語られていた楽天の成長プランと競争戦略。三木谷会長インタビュー。(その2)

”たった2つの感情”で引きこもりのキモオタ童貞が、日本でトップの難関大学、東京大学に合格。さらにカワイイ彼女まで作ることができた話

霊視で前世は〇〇な人と言われ、ネットで探してみたら実在しててギョっとした話

離婚前に駆け落ちしちゃった☆テヘペロ 完結編

医者になれなきゃ死んだ方が良いと本気で思っていた高校時代のお話

ゴミとして処分されかけた我が家の愛犬

Fullさんの他のストーリー

  • 一本の間違い電話から始まった