耳の痛い意見

「ごめん、はっきり言わせてもらうけどさ、このやり方じゃうまくいかないと思うよ。いつも言っているけどさ、君がやりやすい場所ではなくて、やりにくくてももっと君のコンテンツを見てくれる場に行って、アピールすべきだと思うよ。それが、例え慣れないところだとしても。とにかくいいからさ、一度やってごらんよ。」


あぁ、憂鬱だ。いったい高野はどういうつもりで意見を言ってくるのだろう。あそこまではっきりと言われると苦痛でしかない。僕には僕なりの考えややり方があるというのに。高野は僕が夢を追いかけることを諦めさせようとして、人を傷つける意見を言ってくるんだ。ずっといいやつだと思っていたけど、少し距離を置いたほうがいいのかもしれないな。


笹津吉竹は自身の絵に色を入れながら、ブツブツと呟いた。


僕はビジネスマンとして働く傍ら、アーティストとしての夢を追いかける30代前半の男だ。忠告をした高野竜一とは学生時代から付き合いのある友人で生意気にもビジネスで少し成功を収めている。前からはっきりというやつだったけど、ビジネスに成功し始めてからますます好き放題言うようになってきた。自分が少し僕よりも早く成功したものだから先輩風を吹かせて、忠告なんぞしてくるのだろう。はっきり言ってありがた迷惑だ。おかげでせっかく上がっていた熱意がしゅんと萎んでしまった。また取り戻さなくては。


笹津の筆が止まる。

描きたいと思っていた熱意がどこかへ飛び去り、代わりに雑念だけが、笹津の心を支配する。このような状態ではまともに集中できたものでは無い。笹津は持っていた筆をおき、考えにふけった。


今まで僕は自分一人で問題を解決してきた。他の人の意見など特に必要ない。


他の人は皆いい感じだと褒めてくれる、高野だけがそれはダメだと言ってくるだけだ。僕は自分のやり方が気に入っている。自分が上手くいっているのであればそれでいいではないか。


とはいえ、期待した以上の成果が出ていないことも事実だ。長い間、自己成長のために鍛錬を重ねてきた割には、どういうわけか成果は今ひとつだ。ここまで多くのことをやったのにも関わらず、思うような成果が出ないのはやはり何か問題があるのか?これだけやっても効果が出ないのは明らかにおかしい。何か理由があるはずだ。


考えを巡らせていると高野から言われた言葉を思い出した。


いや、まさかな。そんなことはない。自分がやりにくい慣れない場で発表したところで良い結果が得られるはずがないでは無いか。惑わされるな、もっと別の要素が何かあるはずだ。まだ努力が足りないのだ、きっと。


邪念を振り払うように笹津はまた絵を描き上げることに集中した。



数週間が過ぎ、笹津は絵を描きあげた。この作品は笹津も納得する出来栄えだった。

今まで描き上げてきた中で最高の傑作だったので、笹津の心も自然と湧き立っていた。


笹津は仲の良い友人にお披露目をした。完成後にお披露目するのは恒例の行事だ。

笹津の友人も興奮する笹津の説明に心を打たれ、これは良い評価(金額)になるだろうと本人同様喜んでいた。ただ一人、高野を除いては。高野は出来栄えは褒めていたもののその表情は明るいとは言えないものだった。他の友人が「良いと思うけど?」と言うも苦言を呈するのみであった。


笹津は高野のことなど気にする様子もなく、いつものように絵の出品準備に取り掛かった。


だが、笹津の期待を裏切るかのように市場の反応はまぁまぁといった具合に収まった。これまで出品してきた作品とあまり大差はないように思えた。

この結果に笹津は落胆した。自分にとって最高の出来栄えであったため、余計に痛みを感じてしまったのだ。


早くこの道を進めていきたいのに。

少しも前に進まないことにイライラと苦しさが積もる。 


一体どうしたらいいんだ。だけど、自分のやり方でやるしかない。他の人は褒めてくれているんだ。いつも努力していてすごいねと言ってくれている。このやり方で間違い無いはずだ。もう少しなんだ。もう少し努力を重ねていけば、必ず成果は出るのだ。切り替えよう。次だ、次。



しかし、一向に成果が上がらないまま、時だけが過ぎ笹津は精神をどんどんすり減らしていた。

やっぱりダメなのかもしれない。という思いが笹津の頭を支配しはじめた。


今までやっていたことも上手くいかなくなっている。現状維持すらままならない。周りの人からは飽きられ始めている。


頑張っていたけど、ダメだったんだね。みんなから見放される。見捨てられる。そんな恐怖が心臓をもたげた。努力しようにも結果は出ない。笹津は心を打ち砕かれ、泣きそうになった。


僕には才能がなかったんだ。もうやめるしか無いんだ。

笹津が絶望感に心を閉じかけたその時、またしても高野の言葉が頭に浮かんだ。


「やりにくくてももっと君のコンテンツを見てくれる場に行って、アピールすべきだと思うよ。」


笹津はゆっくりとその言葉を心の中で何度も復唱した。



ここまで来たんだから、ダメ元でやってみるか。

「これでダメなら…。」



笹津は今までのやり方を一新させ、新たな市場の開拓に出た。

それはとても大変な作業であった。笹津の作品など全く知らない人を相手にしたのは久しく行っていなかったため、アピールするのに手間取ってしまった。


これだけやって本当に効果があるのだろうか。やはり慣れ親しんだ人にアピールしたほうが良いのではないだろうか。慣れないことに笹津は戸惑いを隠せなかったが、固い決意をもとに辛抱強く続けた。


はじめのうちは反応こそ乏しかったものの徐々に固定客がつき始めた。

固定客が増え始めると、次第に笹津の作品が大勢の人から評価されるようになった。

すると、最新作がたちまち売れただけでなく、売れ残っていた作品も評価され、売れ始めたのだ。


この光景に笹津は驚いた。今までこうなったことは一度もなかったからだ。


評価がこうも違うなんて。高野はこのことを知っていたのか?


今までそんなことはない。と、散々無視し続けてきたが、役に立つことを言っていたのか。受け入れるには重すぎたが、受け入れてみると本当だった。


はっきりと言ってもらうことは辛いことに変わりはない。だが、それがもっとも学びになっていたことも否定できない。というより他の人の褒め言葉では何も学びにも成長にもつながっていなかった。


この時、初めてはっきりと言ってもらえることが幸運なことだということに笹津は気がついた。そして、それが数少ない貴重な存在だったのだということにも。



あなたの周りでハッキリと物を言ってくれる人がいるのなら、それはとても幸運だ。その関係を大切にしよう。


たいていの人はそう鋭い意見を口にしてくれることはない。相手を傷つけてしまうかもしれないからだ。関係が悪くなることを恐れるあまり、代わりに優しいありきたりな言葉をかけるのがほとんどであろう。


それにも、関わらずハッキリと言ってくれるというのは非常にありがたい。


もちろん、耳の痛い意見を言ってくれる関係性を築くことは第一条件である。もし、あなたが鋭い意見を受け入れられず、落ち込んでしまえば、意見をくれた人も周りでそのことを見ている人も鋭い意見をあなたに言うことはなくなるだろう。


これは非常にもったいない。まずはメンタルを強く持ち、どんなことを言われても素直に受け止められる度量を築こう。その準備が出来たら、何でも言ってくれる仲間を作り、はっきりと言いにくい言葉を容赦なく言ってもらおう。


ただ、この時、情報を鵜呑みにするのではなく、その中でも自分にとって価値のある情報のみを取り入れることもお忘れなく。これは話を受け入れないのとは違う。話を受け入れた上で取捨選択することは必要なことなのだ。相手の言うことが全て正しいと言うわけではないのだから。



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