夢を紡ぐ原稿用紙

夢を紡ぐ原稿用紙

 

 

私は今二十七歳、働きながら作家を目指している、どこにでもいる平凡な女である。その女が経験したトラウマの中で、人さまに知って欲しいと思う話がある。夢を紡ぐ原稿用紙、という話だ。それがどういう意味かは、おいおい語っていくことと思う。そのためには私の凄惨なトラウマをえぐり出す形になるが、これもあるいは必然なのかもしれない。私は語ろう。勇気をもって。

 

 私は中学一年生の時、いじめを受けた。いじめには悪口陰口系と、見下されたぱしり系と、それから暴行系などが大別されるが、私は十二歳の時にこれらすべてをこの身に受けた。悪口陰口を常日頃眼前にて言われ、殴られ、給食運びも絵具の掃除も全部私の仕事、だった。私をいじめていたのはAちゃんという子だった。

華やかな顔立ちの、明るい子で、出会った当初は優しい子だと思い付き合っていた。ただAちゃんはどうも、罪の意識と面白がる意識が反比例しているようで、罪の意識が軽いゆえに面白いことをしたがる少女らしかった。Aちゃんは小学四年生のとき、学校の先生の眼鏡にハサミを投げつけたことを意気揚々と語った。罪の意識はないという。ただ、面白そうだったから。それだけだった。それからもAちゃんの笑えないいじめトークは尽きず、私たちのグループは思わず顔をしかめ、そして、本人のいないところで吐き出してしまったのだ。

「なんだか、Aちゃんって、変じゃない?

 それがクラスの担任に知れて。私たちは放課後先生とAちゃんに呼び出された。それでこってりと絞られた。Aちゃんには赤い眼で睨まれた。私たちはこころから謝罪し、話はそれで終わったか、と思った。

 次の日から、私の属していたグループも、Aちゃんと一緒になって私をいじめるようになった。学校の先生もAちゃんの強面の両親を恐れて何も手出しも介入も出来ず、クラスメートもAちゃんを恐れて何もできず、私へのいじめはエスカレートする一方だった。

 ある日はこんなことがあった。放課後、中学生と高校生がすれ違う駅裏に連れていかれ、Aちゃんにいきなり命令された。

「知らない女子高生に、今何時ですかって英語で訊いてこいよ」

 私は慌てた。そんなこと、そんな恥ずかしいこと、出来る訳ないじゃない。だけれど、やらなければ殴られる。だから私は、意を決して駅裏を歩く女子高生に話しかけた。

what time is now……」

 私はこの言葉と気味悪がる女子高生の顔を生涯忘れない。Aちゃんは楽しそうに笑っていた。腹を抱えて、笑っていた。

 

 ある日は殴られて水道に頭を突っ込んだ。ある日は蹴られて痣になって両親には階段で転んだ、と言い張った。私をかばうどころか、ぱしりに使う人がどんどん増えていった。

 

そんな地獄みたいな日々の救いは、大好きな小説を書くことだけだった。まだつたない、小さな書き物だけだったけれど。毎日ぼろぼろになって家に帰っては一生懸命書いた。

 だけれど、そんな楽しいことは、長く続かない。ある日、Aちゃんの耳にも届き、こう言われた。

「お前、小説書いてるんだって? 学校にもってこいよ」

 持っていかなかったら、また殴られる。脅えきって私は、大切な原稿を読まれ、笑われて、みんなの前で音読させられた。みんなの苦笑する顔、それでも救いの手は伸びてこない。人生で一番死にたいと思った瞬間だった。

 

 私はその日、自殺を決意した。

 ポリバケツに水を満々と入れ、カッターを用意する。そうして母と父に、「ありがとう」と伝え、部屋に、入った。

 最後に、手首を切り裂いて意識が飛ぶ前に、遺書を書いておこう、と思った。必死になって遺書を書いた。目に付いた原稿用紙に、いじめてきた人たちの名、担任の名、黙殺したクラスメートの名を書いて書いて、書いて、カッターで裂いた。

 そして私は、カッターを手首にあてた。

ぐ、と力をこめ、ひいた。

 だけれど、傷はみみずばれのように腫れて、それで終わりだった。血があふれ出て、死ねると、この地獄はもう終わりだと、信じていたのに。私は泣きじゃくりながら、カッターを放って、神様を恨んだ。

 「神様はどうして死にたい奴を殺してくれないんだろう」

 

 死ねなかった私は、そんな地獄の日々をなんとか生き抜いてきた。私は必死な思いで人格改造を進め、次第にいじめはやんでいった。少しずつ仲間が増えてきた頃、私は十五歳になっていた。その時、偶然、小説のサイトの企画で、プロの編集さんに自分の小説を読んでもらえる企画があった。私も読んでもらう機会に恵まれた。プロの批評はこうだった。

「あなたには才能がある」

 私はその時、思い知ったのだ。原稿用紙は、あの日の原稿用紙は遺書を書くものではなかった。小説を書いて、未来への希望につなげるべきものだった、と。

 

 そうして私は二十七歳、働きながら作家を目指している。先日は集英社から小説で賞を頂いた。これからもずっと、書くことは続けると思う。

 今、何かを諦めて、あるいは生を諦めようとしているあなたに、私は言いたい。伝えたい。あなたの遺書を書くその用紙には、まだ何か違うものが待っているのではないでしょうか。もう少しだけ、生きてみませんか。

 私は信じたい。生きてさえいれば、原稿用紙は何色にも染まる。だから、あなたも生き延びてください。その原稿用紙を、暗闇に塗りつぶしたりしないで。

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