世界一愛される射場で、宇宙を射とめたロケットの話
人生で最も大切なものは、
逆境と佳き友である。
鹿児島県は大隅半島
肝付町内之浦
陸の孤島と言われるこの町に
昭和37年 ロケットの射場はできました
この町は強いです
何もない所から
山を切り開き
そんな声が聞こえる
逆境だらけの環境から
50年以上
宇宙の最先端で
ロケットを打ち上げ続けてきました
この町には 宇宙を目指す佳き友がいます
ときには逆境が訪れることでしょう
それでも、この町は、宇宙をやめません
空にのびるロケット雲のようにまっすぐ
宇宙に挑み続けます ―――
これは、福祉の仕事をしていた私が、ただロケットが好きだからという理由で「世界で一番宇宙に近いまち」と言われる、鹿児島県 肝付町に移住し、実際に関わることになったロケットの、打ち上げ前に書いたチラシの文章です。
「人生で最も大切なものは、
逆境と佳き友である。」
という言葉は、私が考えたものではなく、日本のロケット開発の父と言われる、故 糸川英夫博士が残された言葉です。
肝付町に移住する前、宮崎で福祉の仕事に従事していたころから、この言葉は私の座右の銘であり、支えになっていました。
少し気恥ずかしい気持ちもありますが、自分とロケット、そして町のことを、お話させて頂きたいと思います。
話は3年前にさかのぼります。
「先生、いぷしろんとやらは、どうね。当たったね?」
「○○さん。イプシロンロケットの抽選は、見事にハズレました。」
当時、デイケアで職員をしていた私に、笑いながら聞いてきた利用者さん。
ロケットの打ち上げ射点を見れる場所は、肝付町の宮原ロケット見学場しかなく抽選制でした。これには多数の見学応募者があり、私も応募したものの、当選しませんでした。
「そんなら、ロケット見れないんじゃないとね。」
「打ち上げの射場が見れる見学場はハズレましたが、少し離れた場所から見ようと思います。」
「熱心じゃわ。まるでロケットの恋人やね。」
そんな話をしながら、私は忙しいながらも利用者さんに孫のように可愛がられ、日々を過ごしていました。
時には、体操の時間などに、施設の庭に利用者さんを連れ、種子島の打上げを見ることもありました。
「そろそろ時間ですね、庭に出ましょう。」
スマートフォンの打上げ中継を確認し、皆で種子島の方角を一心に見つめます。その日は秋風が吹く青空の下、コスモスが揺れていました。
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1・・・」
「上がった―!」
一点の雲もない空の中、ロケット雲が一筋の線を引いていきます。
「ばんざーい。ばんざーい。」
一緒に利用者さんと応援し、喜び合いました。
施設に戻ると、「テレビでやっちょったの見たよ。おかえり」と、半ばあきれ顔の先輩職員がお出迎え。
その時には、自分がロケットに関わることになるなど、知るよしもありません。しかし着実に、カウントダウンは始まっていたのでした。
2013年8月26日。仕事が終わり帰宅。せっせとシャワーを浴び、荷造りを始めます。明日に迫った「イプシロンロケット試験機」の打上げを見に行く為です。
宮崎から、鹿児島県 肝付町内之浦まで、車で2時間50分。一人で前乗り。ちょっと心細いですが、小さいころから好きだった宇宙への興味は尽きませんでした。家にビデオがあり、父が良く見ていた「宇宙戦艦ヤマト」等の影響があったのかもしれません。
夜、車を運転し、いざ内之浦へ。ナビでは、近道となる3kmもの「国見トンネル」が表示されなかったため、くねくね曲がる海岸線を酔いそうになりながら進みます。途中、野ウサギが飛び出してきました。野ウサギは横断せず、しばらく車と並走。
数ある見学場のうちの一つ、「叶岳見学場」に行くバスが出る内之浦中学校付近に着いたのは、夜12時頃だったでしょうか。
すでに車が渋滞をはじめていました。車内で寝転がり、上を見上げると満天の星空。「流れ星、見えるかな」等と思い、うとうと。気づいたら、空が白んできました。
叶岳に着き、13時45分。「5,4,3,2,1、・・・」自然に沸き上がるカウントダウン。しかし。
打上げの時間が過ぎてもロケットは打ちあがりません。
「え?失敗?」「○時に延期だ」
「飛行機が上空を飛んでいたからだ」
見学場がざわつく中、様々な憶測が錯綜します。
私は抽選に外れていたため、山に隠れて射点が見えない見学場におり、状況が呑みこめませんでした。
そんな中聞こえたのは、地元の方らしき人の
「上がる時は上がるよ」という声。
誰も、怒る人はいません。なぜか遠方からの疲れが吹き飛び、気持ちが軽くなりました。
トラブルを受け止めて、静かに、力強くロケットを支える内之浦のひとたち。そこから受け取ったものは、失敗も大切な経験だという教えと、勇気という推進力でした。
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