私が先生になり、退職し、 そして復帰の道の途中にいる理由 1

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私は、中学生の頃は、客室乗務員になりたかった。


世界中の色んな所に行ける♪

、という職業はその時はそれしか思いつかなかったからなんだけど。


元々、おチビだったけど、職業選択の時期が近づくにつれても、

背が伸びない(~_~;)


飛行機の荷物棚に届く身長でなければ、応募する資格すらない


高校生の時に初めて飛行機に乗って(初一人海外)実際に憧れの職業に就いている人達に会って、あれ?これは自分がやりたい事じゃない、と感じた。


じゃあ、何がやりたいのだろう?自分に何ができるのだろう?



高校は、進学校に入ってしまって、周りのみんなは受験勉強をしている。両親は大学に行っておらず、私も進学に興味があまりなかった。でも行くなら海外の大学に行きたいな、という気持ちはあった。


しか〜し、国際科的な学校にいたはずなのに、先生たちは、海外の大学については、興味無しの様子で、国内の国公立大、難関大、その他の良いと言われる大、に入れる人数を増やす為に必死な感じだった。それがその学校の特色だったであり、私が何か言えることでもないのだろう。

すごく親切で熱心な先生が多くとても恵まれた環境だったのでとても感謝している。だけど私はそこのスタイルにはついていけなかった。元々、みんなと同じように同じペースでやる、というのが難しかった。(だから子供の時から自分で考えないといけない事が多くあった)


新入生の説明会の手伝いをしに行った時に校長先生が中学生に向かってうちには大学に行かない子は要らない!と言っていて、もう入ってしまっているけど、私はその「要らない」子かもしれないな(笑)と思った。


みんなの受験勉強の邪魔はしちゃダメだよな、と思ったし、誰も、何故大学に行くのかという問いに答えてくれる人もいないし、みんながみんな流されていくように同じ方向を向かっているような雰囲気が怖かった。(実際は色々考えて、そうしている人もいたと思うし、それを非難しているわけではない)


それで、独りで本を読んだりキーボードを弾いたり、スタジオに行ったり、こっそりバイトをした(先生に2度ほど見つかり、見逃してもらった)そして、一年間英会話のスクールに通った。


英会話のスクールの先生たちのことはとても好きだった。学校より色んなことを率直に話せた。英語は、日本語より率直で良い、というより直接的でなくては伝わらない事があり、日本的に空気を読むのが苦手だった当時の私にはコミュニケーションのツールとして、しっくりきた。


「学校辞めたい」

と、Emmie(仮名。担当の先生)に打ち明けた時、しっかり話を聞いて、ハグしてくれた。

私はじゃあじゃあと涙した( ;  ; )


そして、「卒業くらいしなさい」と言われた。

「逃げるな」と。


その時の私は、すでに先生になりたいな、と思っていた。確かに先生にになるには、卒業くらいしないとまずい。

先生になりたい、と思いつつも公務員の学校の先生は自分には向いていないかも、と何となく感じ、英会話スクールの先生になろうと決めた。


小論文(その大学を批判している捉えかねない内容を書いた気がするけど(笑))だけで、学校の先生的には「良い」学校への推薦もいただいたのだけど、滑り止めに入学金を入れておく、などという制度にも納得できなかった。

なぜそんなに色々とお金がかかるんだろうと思って、試験と面談で奨学金をくれた専修学校に進学した。


小さい頃に家族がお金の事で酷く争っていた事などが心の中では引っかかっているのかもしれない、というのは絶対に無いとは言い切れないかもしれないけど、納得できないことに大金を使わせてもらえないような気がした。あの頃の私なら大学に行ってもそんなに一生懸命勉強しなかった気がする。だから後悔は無い。


3年生の時の学校の担任の先生は、三者面談に私が行かなくても、何も言ってこない人だったけど(いい人だとは思うけど、あまり人と話さない人だった)一年生の時の担任の先生が手紙を下さって、「君が大学に行かないことは残念だ」と書いてあって、そんなに残念というほどの事なんだろうか、と思ったけど、わざわざ手紙を書いてくれてありがたかった。その学校ののほとんどの生徒が大学に進学する中、珍しかったのかもしれない。


学校に行く前も放課後もバイトをしていたり、授業をサボってバイトしている時もあったりで、単位ギリギリで卒業。最初の就職の場としては、スクールは不合格。しばらく違う仕事をして、そして、再度応募することに…。

続く


※ 滑り止め受験や、その大学にお金を納めておく事を否定するわけではありません。


海原たい子

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