逆境を乗り越えた先はいつも成長
須賀正道は目下に見事なクマを作り、血走った目でパソコンを叩き続けていた。
もうこのような状態が丸二日間も続いている。デスクには何本も飲み干した栄養ドリンクが転がっている。文字通り、片時も手が離せない状況で仕事にかかりきりであった。
未だに須賀の前には尋常ではない仕事量が積み重ねられている。
須賀は終わらない仕事を前に悪戦苦闘を繰り広げていた。
「一つの案件を仕上げるのに手一杯だと言うのに、同時に三つのことをやれだなんて、無茶な要求にもほどがある。リーダーは何を考えているのだろうか。生まれてきてからこの方、こんなに缶詰になって何かをやったことなど一度もないぞ。それをいきなりやれだなんてどうにかしている。うちのリーダーは頭がおかしくなったのか。それもチームメンバーがいなくて忙しい、こんな時に大量の仕事を取ってくるなんて。しかも、助けてもらおうとメンバーにメールをしても誰からも返信がないほど、忙しいなんて。絶対に頭がおかしい。気が狂っている。」
忙しさのあまりいつもは考えもしないことが次々に頭に浮かんできてしまう。
「くそっ、こんなこと考えているばかりではないのに。よし、冷静になって一度整理してみよう。これを終わらせたら次はデザイン案を考え直して…あぁそうだった。他の先輩から頼まれていた取材内容もまとめなくちゃ。それと…嘘だろ?!まだこんなにたくさん仕事がある!いくら総合コンサルティング会社とはいえ、仕事の幅が広すぎるだろーー!いやいや、集中しろ。デザイン案が明日の朝までで、取材内容は夕方か。他のやつは少しだけ余裕があるな。今から頑張れば少しだけ余裕が持てるか。」
須賀は頭があまり働かない状態で、必死に手を動かし続けていた。
「今が12時だからこの案件を14時に終わらせれば、デザイン案の編集は明日の朝に間に合うか。…う、嘘だろ。」
須賀は壁にかかっている時計を見て固まった。
時刻はもう14時をとっくに回っていたのだ。
「完全に間に合わないーー!!」
須賀が仕事に追い込まれるちょうど一ヶ月前。リーダーの新田は須賀を抜いたメンバーを集めて、あるミーティングを行っていた。ミーティングに挙げられていた議題は須賀の成長についてだった。定刻になると新田はすぐさま本題に入った。
「さて、諸君。毎年恒例のシーズンがやってきたな。例年に習い、今年もアレを実行したい。毎年少々やりすぎてしまい、心を痛めている社員もいると思うが、これも各人が成長するための大事なプロセスだ。一切の甘えは捨ててくれたまえ。先輩社員は自分だったらどうやって切り抜けるのか、アドバイスを求められた時にどのようなことを言ってあげるかを考えてもらいたい。
須賀は勉強熱心でとても優秀なのだが、辛いことからはよく逃げる。ピンチを跳ね返すほどの度量を持ち合わせていない須賀にはとっておきの特訓となりそうだ。
くれぐれもこの行事は毎年恒例だから上手くいかなくてもいい、などというアドバイスはするなよ?特に二年目の諸君、気をつけてくれたまえ。」
出席していた二年目の社員は面を食らった表情をしていた。それもそのはずだろう。ほんの一年前、彼らも死ぬほどの激務に襲われ、誰も助けてくれない期間を過ごしていたのだ。そしてそれが毎年の恒例行事だったと今になって初めて知らされたのである。
「えぇ?!あれってわざとやっていたんですか?!ひどいじゃないですか。」
二年目の社員は笑顔ではしゃぎながら訴えた。
「ははは、そういうことだ。だが、逆境に打ち勝てんようでは、どこへ行っても通用できん。ここで潰れてしまうようでは先は望めんよ。荒治療かもしれないが、効果は抜群だっただろう?」
「確かにそうですけど。それにしてもひどいですよ。でも、そのおかげで今があるんですけどね。」またも笑いながら二年目の社員は答えた。
「では、本会議終了後から一ヶ月間を準備期間とし、準備が整い次第始めるぞ。須賀にはしばらくの間激務で辛い目にあってもらうが、これも彼の成長のためだ。
名付けて、地獄の逆境に打ち勝て!頑張れ須賀正道!だ」
「カ、カッコ悪い。。」
社内にいる人間はもちろんのこと、この恒例行事には取引先クライアントにも協力をしてもらっている。今年はどんな無茶な要求を出そうか毎年楽しみにしているクライアントもいるほどだ。こうして須賀だけが何も知らない地獄の特訓がスタートしたのである。
まずリーダーの新田がこれからの逆境に立ち向かえるよう、簡単な問題が起きた時にそれとなく教訓を伝えた。
「須賀よ、本当に成長したいと思うのなら、困難から逃げずに立ち向かってみろ。いつまでも簡単なことをしていたら、それなりの成長しか得ることはできないぞ。真の成長を望むものは、困難を乗り越えるものだ。」
しかし、須賀は「またまたそんなこと言って、僕に仕事をおしつけたいだけなんでしょう?」と言っていつものように逃げていた。
逆境に立ち向かうことはこれから先大切なことなんだぞ。新田が何を言い聞かせても須賀は調子の良いことを言って逃げるだけであった。仕方なく新田は退散したが、こう思っていた。
須賀は勉強熱心でとてもいいやつなんだが、責任を負いたくないというイメージがまだまだ強い。それに机上の空論で物事を言う傾向にある。私としてはもっと優しく成長させてあげたいのだが、そう上手くはいかないようだ。やはり実行するしかないか。
社が急速に忙しさに見舞われたのはこの直後のことであった。
はじめのうちは須賀も言い訳やごまかしを使い、なんとかその場を逃げしのいでいた。しかし、先輩社員が先方トラブルで手が離せなくなる、急な出張で社から離れるなどの理由で一時的に戦力から外れたところで、とうとう言い訳ができなくなってきた。頼れる社員は須賀一人になってしまったのである。これはさすがに無理ですと伝える須賀の主張を無視するかのように、仕事量は日を増すごとに増えていった。
いくら無理だと伝えてたところでリーダーの様子が変わらないことからついに須賀は観念した。
「これはやりきらないと終わらないぞ。とにかくやるしかない。まずはこの案件から終わらそう。次にこれだ。」
やっと集中し始めたか。新田は須賀の目の色が変わる様子を間近に見て、感心し、プロジェクトメンバー全員にメールを送った。
「全員三日間は須賀からのメールや電話を無視するように。」
こうして嵐のような怒涛の三日間が始まったのである。
一歩間違えれば重大な事故になりかねない。クライアントを一気に失う可能性がある。このプレッシャーが須賀を焦らせていた。
しっかりと時間と頭を使って、そのことだけに集中したい。だが、そうもいかない。他の問題も同時に解決していかなくては間に合わないのだ。社は大きな危機に見舞われていた。
多少のトラブルは残したものの須賀は三日三晩徹夜し、なんとかやり遂げた。
その後、須賀はしばらく糸が切れた人形のように何も手につかなくなっていた。精魂果ててしまったのだ。怒涛の仕事ラッシュを繰り広げていた社も平穏を守っていた。
ゆったりとした時間を過ごす中で須賀はこんな思いを馳せていた。
もうこんな目にはあいたくない。さすがに辛かった。あれほどの激務を一人でやってのけるなど、生涯あっては欲しくないものだな。
だが、同時に思うこともあった。
これだけ大きなことをやり遂げたのなら、他のこともできそうな気がするというなんとも言えない自信だ。
逃げずに立ち向かうことは負荷の掛かるとても大変なことだと須賀は改めて自覚していた。思わず目を逸らして逃げたくなるし、逃げれば心が傷つかずに済む。しかし、逃げずに立ち向かえば成長という大きなものになって、自分に返ってくるのだということも。
そしてこのとき、ちょうど新たな少し厄介な案件に取り組んだ時、須賀はようやくもう一つの教訓に気がついた。一度困難を乗り切るとそれと同等レベルの困難は大したことではないと思えるようになっていたということだ。以前は苦痛に思っていたことがなんともないと思えるようになって、その事実に気がついたのだ。
逆境は辛いだけの忍耐かと思っていたが、全くそんなことはない。むしろ為になるいいことなのだ。須賀は胸を張って問題に取り組んでいた。
「そういえば、リーダーもそのようなことを言っていたな。もしかして、リーダーがこうなることを仕組んだのか?いや、まさか。そんなことはないか。」
須賀が真実を知るのは、この一年後である。
逆境にぶつかるととても辛い思いをする。渦中にいるときはとてもではないが、乗り越えられないと思うほど、強烈なストレスが自身にかかる。だが、成長という面を考えるとこれ以上素晴らしい材料はない。乗り越えていれば、一段と強くなれる。一度経験しておけば次が楽に思える。このことを胸に今まで困難で諦めていた逆境に飛び込んで、成長を勝ち取ろう。
逆境に打ち勝ったという経験はあなたの貴重な武器にも財産にもなるだろう。
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