Disney行きには乗れるのに、人生を変える新幹線には乗らないの?③

前話: Disney行きには乗れるのに、人生を変える新幹線には乗らないの?②

【秘技・ネットオークション】

「頭金を3日で獲得するには…」

部屋をぐるりと見まわしたのは自分の得意技で勝負するしかないと分かったからだった。

「よし。やるしかない」


その方法は「ネットオークション」。


私はネイリストになった時も学費をオークションで捻出した。

楽譜を読めないくせに中学からずっとトロンボーンをやっていて、音大受験のために購入したトロンボーン。

学生時代、パワー型のプレイヤーだったので普通の楽器が合わず、3カ月かけて探してもらいイギリスから輸入してもらったものだった。「日本で3台しかないんですよ、ほんっと、もう…」と愚痴交じりに楽器屋さんに聞かされた憶えがあった。


その楽器は年季も入っていたけれどいい楽器。だけど、日本で3台しかないということは逆を言えば「売れるかどうかわからないもの」でもあった。日本人には向かない「曲者」の楽器だったそう。

売ろうと思ったときに査定してもらったら案の定、二束三文。

ただ、この楽器は形見同然のモノだったため思い入れもあり、「変な人」には絶対売りたくなかったし、大切にしてくれる人に譲りたかった。


せめて価値を理解してくれる人に…と思ってのネットオークション。

初挑戦だったが、見事に学費分+αを捻出して自宅サロンにこぎつけたことがあった。

ここではどうやって高値で売ったかは書かないけれど、「価値を伝えられたら、価値相当のお金が手に入る仕組みがある」ということはわかったし、その後も自分のこの感覚が通用するものか確かめたかったのでしばらくネットオークションは続けていた。


「あぁ…またあの時と同じだな…」と私の視線の先にあったものはやっぱり…トロンボーン。

しかも真っ黒に輝く、これまた日本で数台しかないカタログに載っていないトロンボーンだった。


楽器屋さんの友達に「いくらくらいになると思う?」と聞いたところ「良くて…7万くらいかなぁ…黒を欲しがる人も少ないし…」とのこと。


状況としては「あのとき」と同じ。同じだからこそ「いける!」という確信を持てたのかもしれない。



【自分の人生と賭けをした】

久しぶりにパソコンに向かって作業をしていると、それを覗き込んだ家族が「ローン終わってないのに売るのか?」と呆れたような顔で言ってきた。

 

「いつまでに金がいるの?」

「3日後」

「売れるわけねぇじゃん」

「やってみないとわかんないから」

「即落させる気なの!?無理でしょ」

「やる前から無理とか言わないでくれる?(怒)」


普通ならここで「家のを…」という会話に発展する人も多いのかもしれないけど、死んでもその手段は使わないと決めていた。

 

「3日で落ちなかったら、諦めるんだろ?学費ないんじゃどうしようもない」


この言葉を聞いて、むしろ事態をひっくり返すチャンスだと思った。ライターへの道を諦めさせたい人を黙らせるには結果しかないからだ。


「3日以内に落ちたら、神様が私にライターになれって言ってることにする。私には書く才能があるってことにする。その時は四の五の言わないでくれる?」

「んー?落ちたならやれば?…3日で落ちれば、だけど(笑)」

「私に文才あるならなんだって売れるはずだから。3日もあれば十分」


売り言葉に買い言葉のようなやりとりも、自分をたきつけるには十分で。もしかしたら今までで一番文章に真剣に向き合った時間だったかもしれない。


それから数時間。

どんな人なら欲しいだろう?とか、写真以上に状態をどう説明するか?とか、この楽器を持つことのメリットをどう伝えるかを考え、夜には出品完了をした。

楽器はトロンボーンのほかにも北海道の有名な工房で作られているパーカッションなどを出品した。

でも、トロンボーンが売れなければゲームオーバー。


値段は書かないけれど、査定の3倍以上。とても良い楽器だったので購入時より高い値段で出品をした。


やることはやった。あとは、寝て待つしかない。



【価値と心が伝わる重要さ】

出品をしたのは週末の夜。次の休みの日は何事もなかったかのように1日を過ごしていた。

これで落ちなければ、それはそれでいいと思えたし、文才があるかないかの結果の1つを見ることになるので言い訳も何もしないだろう気もしていたし、やり切った感があったせいだろうと思う。


夕方に差し掛かったころ、スマホのメールが鳴った。

恐る恐るメールを開いてみると


「落札されました」


の文字。


「え?まじ?」

と驚いてパソコンを開いて、すぐに商品サイトを確認をした。

間違いなく、即落で入札され落札されていた。商品登録して20時間ほどだったことを覚えている。

この結果に家族はしばらく絶句していたけど「…好きにすれば」とだけ呟いて、パソコンの前からいなくなった。


パーカッションも2日ほどで即落され、残っていたトロンボーンのローン分も、頭金も同時に捻出することができた。


この時ばかりはもう「早くこいこい、月曜日!」という気分で、これほど待ち遠しかった月曜日はなかったように思う。振込の日が楽しみだなんて思うこと、あまりないよね。


だって、賭けに勝ったんだから。自分の文章でセールスライターの道、切り拓けたんだから。

必至で買い手の脳みそに忍び込んで、その通りに動いてもらえたんだから。そして何より嬉しかったのは…


買い手からお礼のメッセージまで来ていたこと。


これは以前にトロンボーンを売った時にも同じことが起こっていた。

「病院勤務で、院内のブラスバンドがあるんです。それで楽器を探していたところあなたのトロンボーンを見つけました。患者さんたちに披露するプチ演奏会で使う楽器です。大切にされていた楽器と知りましたので、僕も大事に使わせていただきます。学費分になってるかわからないですが、勉強頑張ってください」

とネイリストの道まで応援してもらえるメッセージが書き込まれていたのだ。


そして、今回も。買ってくれたのは若い女性だった。

「こんなにカッコいいトロンボーンが手に入って感謝です!私もスカパラのファンでずっと探していました!同じファンの人がいて嬉しいです!よいお取引ありがとうございました!勉強頑張ってください!」


これはもう、セールスライターになるべくしてなるんだな…と運命すら少し感じてしまった。


【本気トレード】

自分がネットオークションを使う時は「小遣い稼ぎ」という目的ではなかった。

要らないものを売ってランチ代にしよう!なんて活用の仕方はしたことがない。教材を買うためだったり、仕事に必要なものをそろえるための「トレード」だった。


黒いトロンボーンを梱包しているときに、ネイリストになった時のことも思い出していた。


本当に身を切られる想いで出品したトロンボーン。受験する予定で親から買ってもらったものでもあり申し訳なかったし、何より形見のようなものだったから。

梱包している間、ずっと泣いていて、発送のために自宅まで来てくれた宅急便のおじさんの前でも泣きっ面だった。

これが機会となって、その後、物欲と言う物欲が薄くなってしまった。


そのあとは絶対に投げ出さないで技術を習得するぞ!って必死で学んだ。

この時のためにあった楽器なのかもしれないとすら思えたので、世の中は全て「トレード」で成り立ってるんじゃないかって悟りかけたくらいだ。


今回もそう。ただ、違っていたのは「気分」。

涙も出なかったし、お金がどこにあるのか今回のオークションでハッキリわかったからだ。

お金は「お札」や「コイン」じゃないってこと。


お金は、頭の中にある。


その感覚がライターになる前のしょぼい私でもつかめたことは一番の収穫だったかもしれない。


即落された結果でもなく、楽器の落札価格でもなく。

自分はいける!って思える気持ちが手に入ったことがね。


でも、そんな思いは数週間後、滅多打ちにされるのだけど(笑)



続く

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