姉として妹の夢を叶えたかっただけなのに、給食のおばちゃんからローチョコレート職人へ昇華した妹の話<4章>

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【成長したい欲】

初開催のローチョコレート教室後、妹に出張教室の声がかかるようになってきた。

「うちを使って!キッチン貸すから!」

4~5人規模のイベントをしたり、イベント会場で出品してみないか?と声がかかったり。

商品の取り扱いに問題がないところに関しては積極的に参加し、持ち前の愛想の良さで知り合いもどんどん増やしていった。


初めてローチョコレートを口にする人の感想は人それぞれで、小さな子、お年寄りまで様々だった。

その正直な反応を見ることも次の製品作りに活きるとすでに知っていた妹は、フィードバックに対しての怖さをどんどん克服していった。


仕事場の仲間とは違い、同じように自分の好きなことを仕事にしようと頑張っている仲間もでき、妹はそれが嬉しかったのだと思う。

報告を聞けば、姉として嬉しかったし、私の友達なども妹を歓迎してくれることは本当にありがたいことだなと日々感じていた。


私自身は妹の次男が小学校に上がる頃には、妹がもっと自由に動けるように…とあまり慌てたアドバイスはしなかった。

自分自身の経験上、小さい子供がいる時期に焦ってもいいことなど1つもないと知っていたからだ。

ましてや妹の場合は、週末に長男の訓練がある。他のママたちより時間的な余裕もなければ心の余裕もないはずだと感じてた。


心の余裕がないときには時間の隙間にできることをパズルのように入れていくしかないので、大きいステップをはめ込んだところで達成できない。

小さいできることを積み重ねて「できている自分」を感じてほしかったのだけれど、成長したい欲は人それぞれ…当然、妹と私は姉妹であれど別の人間、成長したいスピードは一緒ではないわけで。


妹自身の出会いが増えていく中で、色んなノウハウ、スキルを持つ人との出会いも多くなっていった。私はそれを止める気はなかったし、だからといって私自身の知り合いすべてに紹介するということをしていたわけでもない。

姉妹だから…とすべて公私混同するタイプではなかったので、時折妹に「冷たい…」と思われていたことも…あるかもしれないけれど、手を出すだけがいいことだとは思わなかったし。


だけど、他人のほうがそういったセンシティブな部分は無責任に手を出せたりする。「すべては自己責任」だからね。


ある日、

「ねーちゃん、強みって習ってたじゃん?強み、もいっかい聞かせてくれない?」

と改まった様子で聞いてきた。

私が知ってる限りの説明をしたあとに、妹がバツの悪そうな顔でこう言った。


【強み、他で習ってきていいかな?】

話を聞いてみると、仲間の中で強みの専門家がいるとのことでそれについて自分で習ってみたいということだった。

金額を聞いたら少しびっくりしたが、本人が払えるなら問題ないと思ったし、意欲自体を応援するつもりで

うん、いってみれば?わかんなくなったら聞きにおいで?

と快く帰した。

が、これが妹を迷わせてしまう誤算となった。


私のミスは「妹が2年後にどうなっているか?」という全貌をちゃんとイメージさせてあげられなかったことだなと後日めちゃくちゃ反省をした。

私が習ってきた「強み」は、先生が変われど同じなのだろうと思っていたからだ。

この業界にいながら…安易に背中を押してしまった。同じコンテンツといえど、教える人も「それぞれ」なのだ。


「強み」というものを習いだした妹がどうなっていったか?


「強み」について私に一切聞いてくることがなくなった。そして、顔色がどんどん曇っていった。さすがに姉妹なので様子がおかしいことくらいすぐに気が付く。

そんなある日、母親が遊びに来た。


「なんかあの子(妹)、あんたじゃなくて他の人のところで勉強してるとか言ってたわ。大丈夫なんだろっかね」

まぁ…私は本人が聞いてこない限りは口出さないから。いろいろ本人なりにあるんだろうし。

そこで初めて妹が抱えていたコンプレックスを知ることになる。


「あんたは子供が赤ちゃんの時にネイリストで自営業はじめたでしょ?あの子からしたらすごい風にみえるらしいんだわ。昔からそう思ってたみたいよ?」

はぁ!?(苦笑)なんじゃそれ。

私からすれば「なぜ同じ姉妹なのに、私にはあの可愛い顔がくっついてないのだろう!(あの顔があればもっとモテたかもしれないのに…)」と幼少期より数えきれないほど感じていたのだが、妹は妹なりにコンプレックスがあったようだ。


「あんたは勉強もそこそこできてたし、運動もできたろ?高校の時は同じ部活で部長もしてた。あの子にしたらあんたの存在はずっと先らったんだて。あんた、わからんかったろうけど」

 

…わ、か、り、ま、せ、ん、で、し、た!


「普段何も考えていないのかもしれない…」と思っていた母親が、意外にもわれら姉妹を観察していたことにも正直驚いた。やっぱり、母親なのだな、と。


【蘇るがんこちゃん】

妹の性格は、もともと頑固だったような気がする。小さな時、おもちゃの取り合いで天真爛漫な笑顔を武器に人のおもちゃを強奪していったものだ。

「姉ちゃんのモノは私のモノ!」と言わんばかりに悪びれもなく持っていくので、取り返しに行くわけだが、取り返すと泣いて母親のもとに行き気が付けばいつも私が「お姉ちゃんなんだから」と言われる始末。それを知ってやっているのであろう、天使のような顔をした悪魔だなと何度思ったことか!

(兄弟姉妹がいる人はこの気持ちがわかるだろうと思う。)


また、社会人になってからもひと悶着あった。
(これは本人に承諾していないので書かないが、親の言うことも聞かず、当時私と、妹の今の旦那となる彼氏がそれぞれ二人がかりで解決した一件だった。
私の一番怖い側面をみた妹は恐怖で記憶が飛び、覚えていないという家族内の伝説※宗教ではない)


そんな妹は素直で真っ白い性格なので、妄信すると大変なことになるのである。

本質的には妹の方が頑固で、柔軟なのは私だったように思う。母が言うには、

「もともと負けん気はあるはずの子らっけ、あんたに頼りたくないんだろ?成長したい時期なんだろうと思うよ」

これまた母親らしいことを言うな…と思いつつ、それなら余計あまりこちらからアプローチしない方がいいなと思った。

まぁ、どうなるかわからないけどいい勉強をして来ればいいよ。行きたくて行ってるの私でも止めらんないから。ほら、頑固だし、あの子は。

「おかーさんも『姉ちゃんに遠慮しなくていいよ』って伝えてるんだて。あんただってあの子なんとかしたいって気持ちだけで応援してるだけらろ?あの子、うちでたまに話してくから、なんかあればまたあんたの耳に入れてくて。もしあの子が相談してきたら今まで通りしてやって?」


と、そんなことはお願いされずとも承知の上。

母親の気がかりはもう一つあって、当時、うちの父親はメニエールで倒れて以来調子が悪くなる一方で、鬱に突入していた。そういった理由もあって父親の耳にこういった心配事が入らないように、と思っていた。

父親は父親で「俺の子どもらな」と言いながらも「女が自分で仕事をする時代」に生きていない人なので応援はしつつ、理解はしがたかったように見えた。

とくに私のような仕事はね。妹のチョコレートも「何が違うんだか、わかんねぇ」と言ってた時期もあった。

それも分かっていたのでなるべく大きく妹が軌道をずれていかないうちに何とかしようとは思っていたのだけどね。


【迷うこと、3ヵ月】

うちにあまり相談しにくることが少なくなり、ぎこちない期間が3ヵ月続いた。


Facebookなどを見ていると、いろいろな人とイベントをさせてもらうようになっており、心配するほどのことはないのかなと感じ始めていた。


「試食用のチョコ持ってっていい?」


とちょっと明るめの声で連絡が来たのは夏にさしかかった頃。

お互い子供がいない時間帯だったのでじっくり話ができる日だった。

勉強どうよ?そろそろ終わるころでしょ?

と切り出すと、妹が「エヘヘ…」と変な笑い方をした。


「それがさ…」


詳しく話を聞いたら、私や母親が感じていた「頼りたくない」という頑固由来の理由は半分で、残り半分の理由で爆笑することになった。


「<強み>さぁ、ねーちゃんでよかったわ。ねーちゃんの教えてくれた話の2割くらいしか学べなかった。だから、知ってることばっかりなのと、物足りないので途中からちょっとつまんなかったんだわ…(苦笑)」

あ…なる…(笑)

結局、先述したように私が妹に「2年後の全貌のイメージ」を伝えきれてなかったことが迷わせた1つの原因だったことも明確になり、自分自身の反省にもなった。

私だけが妹の2年後を見ていて、妹を突っ走らせていたのだな、と。


その後、妹は教材を買うこともなく、どこかの塾に入ることもなく、私とおしどり姉妹で次のステップに進んでいくことになった。



続く・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


次回は「足元見られてますがな」というお話です。

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渡邊 真紀

【プロフィール】 渡邊真紀 全国ではセールスコピーライター 新潟では自分サイズビジネスの戦略家 自分の好きなことを仕事にするビジネスステップと、アイデアを伝え、フリーランスから小規模の店舗ビジネスを「自分の居心地良いサイズ」で展開する手伝いをしています。

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