第4話 南米で救われた私の命【小児科ナースが天国に行った子ども達と地球2周半、涙の奥に見えたとんでもなく輝く世界*(人生観が変わるお話)】

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第1カ国目ペルー:

人生には、種類がある?



バックパックと片道航空券を手に不安とワクワクで泣きながら旅立ち、乗り継ぎのメキシコでは慣れないトレッキングシューズが絡まって転び、陽気なメキシカンおじちゃんに手を差し伸べられて438日間の初めての一人旅が始まった!!!



目的は、思いっきり生きること!!!


南米に着いて初めて知った事実


『南米はスペイン語しか通じない!』


BUT

『私は"Hola!"しか知らない!笑』


※”Hola”とはスペイン語の”こんにちは”の意味です。


出国ギリギリまで、海外で死ぬ恐怖とワクワクと準備と身辺整理に追われ、感染症やレイプなどあらゆるリスクを想定してそろえた薬や日本食や謎の手品グッツを大量に持って


結局準備も身辺整理も終わらずに徹夜で日本を飛び出してきた私は、言語がわからないなんてそんなことはお構いなしに、ついに、南米の大地に降り立った!!!


早速、タクシーではドライバーのおっちゃんと全くもって意思疎通が図れない。


宿の名前だけをメモした紙を見せ、持ち合わせの電卓で値段を把握し、初めて一人で海外のタクシーに乗り込む。


「このまま誘拐されても何もわからない(誘拐されているかどうかもわからない。笑)」というちょっとした不安は天に委ねて、何とか無事に目的地周辺へ*



【人生を変えた出逢い】

ペルーには、クスコという標高3600m付近に位置する街がある。石畳の地面に白や薄い黄色の壁と赤い屋根でできた建物がたくさん建っている。可愛いお土産屋さんや雰囲気の良いカフェが立ち並んでおり、カラフルな雑貨や天然石は、クスコの街を明るく色付けている。


この街では、人と人を結びつける不思議な力に導かれるかのように、旅や人生において大切な人たちと巡り合えることが多い。


ここに住む人たちの多くは、目が合うと微笑んでくれる。市場でおばちゃんが作ってくれる家庭料理はとっても美味しくて温かい。


たまに火の通りが浅くてお腹を壊すのはご愛嬌。街中で売っているお土産は、どれも可愛くてユニークなものばかり!



標高の高いところで煮込みハンバーグを作ろうものなら、いつもの倍以上時間がかかるし(高地では沸点が低い)、水シャワーの冷たさにも飛び上がった!


市場で売られている牛の口と鼻やカエルの干物に驚いたり



マクラメを習ったり、ケーナ(縦笛)を習ったり、サンポーニャ(笛)を吹いたり、綺麗な夕日を追いかけてみたり。



毎日まるで子どもに戻ったかのようにはしゃいだ。



街を囲む山々は綺麗な緑で生いしげり、空の青ととともに美しく輝いていた。


地球は美しい。人は優しい。



標高4215mの山々を越え

マチュピチュまで3泊4日かけて

インカトレイルという山道を歩いて行った。



日本で怖かったものが

ここでは美しくて優しかった。



息を吸うだけで気持ちのいい澄んだ空気

時々出くわす野生のアルパカ





どこまでも広がる木々の緑色

標高4000mの地から見上げる

こぼれ落ちそうなほどの星屑




毎日一歩一歩、丁寧に積み重ねていく。

そんな積み重ねは、

今までやってきたことと同じだった。




全部自分の中で生きていて

全部が力になっていた。




勇気を出して一歩踏み出して

見えた世界が美しくて


今ここで生きていられることが嬉しくて

ずっと感じたかった世界がそこにあって



どんなに泣いても

心の中から溢れ出てくる温かい涙は

止まらなかった。




日本では、生きることが苦しかった。

残酷な現実もいっぱい見た。

力尽くしてもどうにもならない現実に

この世界は悲しみばかりだと思った。




でも、ここで私が見た景色は

自然の美しさや人の優しさや

生きる喜びで、あふれていた。




今まで押し殺してきたいろんな感情が

もう耐えきれないよって

どんどんどんどん溢れ出した。




思いっきり生きるっていうことは

自分の心の中にある感情を

感じ尽くす

っていうことでもあったみたい。




マチュピチュの綺麗で優しいエネルギーは

太陽の温かい陽射しとともに

いつまでも涙が止まらない私を包み込んだ。


———「やっと、本当の人生が始まったんだね!

  これからはワクワクする気持ちを理由に

  全てを選んでいくといいよ!

  周りが何を言っても、自分の心を大切にね。」



今からちょうど3年前



旅の初めのクスコの街で

あーすじぷしー”

と言う生き方を始めたばかりの

なほちゃんとまほちゃんに出逢った。



2人から言われた言葉は、病棟で子ども達から教えてもらったことと一緒だった。




『今を思いっきり生きること』

『ワクワクする道を選ぶこと』



人生がわからなくなった私が次の一歩として、手探りで辿ってきたこの道が、大正解だよ!!って言ってもらえたようで、とっても嬉しかった。



彼女たちは双子で、“自分の人生が大好きな人を増やす”というミッションで、世界に希望を広げる活動中であった。


なほちゃんは人の前世や過去や未来がわかり、まほちゃんは魂や人や音やエネルギーに色がついて見えるという共感覚を持っている。


2人の笑顔や持っている雰囲気はすごく柔らかくて軽やかで、明るくキラキラしていて、とっても素敵だった。


Naho*Maho
———「でも、まだ悲しみが心に溜まっているね。子ども達の死は、決して悲しいだけじゃないよ。みんな何度も生まれ変わっていて、幼いうちに亡くなる事を選んでくることもあるの。それはとっても勇気のあることで、そこからも大きな学びを得ているんだよ。

一瞬一瞬を幸せに生きているから、子ども達もその家族も、悲しいだけのことじゃない。むしろ、とっても幸せなことでもあるんだよ。みんな、そうやって生きている。

これからは、自分の気持ちを大切にしながら、その心の中に溜まっている悲しみも、そのまま感じるままに、どんどん出していってね。そうやって自分の気持ちに素直になって生きてみると、この旅が終わる頃には、きっともっと広い視点から物事を見れるようになっているよ。」


泣いて、いいんだ・・・

心に素直に、生きていいんだ・・



私の中の心の扉が

また一つ、開いた気がした。



2人に出逢えたことを、まるで私の魂が喜んでいるかのように、嬉しい涙が溢れて止まらなかった。



———“本当の人生ってなんだろう?

  今までの人生は本当じゃなかったの?

  本当の人生ってどんな人生なのか知りたい!”




———”心に素直に全てをワクワクで選んだ先に

  どんな景色があるのか見てみたい!“




2人からもらったそんな好奇心は

この先の私をどんどんどんどん

どこまでも自由色鮮やかな世界へ

導いていくこととなった。



日本で多くの悲しい現実に触れたことで私の心の中にできていた、”楽しむことへの罪悪感”はいつの間にか、優しい原動力になっていた。




第2カ国目ボリビア:

流れ星が教えてくれたこと


標高3700mのラパスに街ではマジシャンのようなスリに合い、一瞬にして財布の中が空っぽになった


そんなマジックですら笑い飛ばせてしまうほど、ボリビアの街は面白い。


アルパカのミイラやカエルの干物が売っている魔女市場にお土産通り、おばちゃん達が作ってくれるお料理に、路上で売っているたくさんの生活用品。


何気なく入ったカフェでは、隣のおばちゃんが食べていたケーキに見惚れ、おばちゃんたちとの会話が弾む。


そんな私の目の前には、頼んでもいないのに同じケーキが運ばれてきた。


なんと、隣のおばちゃん達からのプレゼント。そんなおばちゃん達には心からのありがとうのハグをプレゼント。


思いがけないマジックも

優しいケーキも

ありがとうの気持ちも

どんどん循環!ぐるぐる回る!



首都のLa Pazから夜行バスで12時間、更にウユニ村から車で約1時間、ついに、塩の大地が現れた!


どこまでも真っ白に広がる大地。そこに雨が降り、水がたまり、鏡のように空を映し出す。


先日まで謎の血便と高熱で寝込んでいた私も、テンションMAXに!!!!!!


『水が溜まっていること』・『風がないこと』・『雲や星があること』を条件に、360°の絶景が目の前に広がる!



“お空に近いなぁあー!

 ついに来たよ、ここまで!”標高3760m。


南米(標高の高い所)を最初に旅してきたけれど

その理由の一つに


『天国に近そうだから』っていうのがあった。



“お空から、私は見えているのかな〜。”





180℃見える空、どこまでも広がる塩!

天の川、月、流れ星、太陽、青空。



夕焼けも朝焼けも、幻想的で

そんな中に自分が居る。



地球ってやっぱり
きれいだなぁー!!!



ひとつの色じゃ、絶対に作れない世界。



夕日の眩しさも、夕焼け空の変化も、

満天の星々も、

朝焼けの優しい色も、朝日の温かさも、

地球の本当の色を初めて知った。





———地球はこんなに
  だったんだ———



こんなに美しい星に生まれてこれたことが

奇跡のようにすら感じた。



今まで悩んだり笑ったり

たくさんの選択を重ねて歩んできた道は

こんなに素敵な景色に繋がっていたんだ

と思った。



だからこそ、今目の前の景色に

こんなにも感動して

こんなにも喜びを感じている。



過去未来の全てが今の希望になって

今この瞬間の全てが過去や未来の希望になる



全部、繋がっていた



“今の幸せ”をどれだけ感じて生きたか。



真っ暗闇の中にある

そうやって積み重ねてきた

“幸せ”でもある気がした。





大きく流れた流れ星。



何年もずっと同じ願い事をしていたけれど、

やっと、今までとは違う願い事ができた。



恐れからではなく

希望からの願い。



“過去にどんなことがあったとしても

この先にどんな未来が待っているとしても

    この世界にいるみんなが

    『今この瞬間の幸せ』を

自分らしく重ねて生きていけますように!”



最高に美しい未来を描いて
今この瞬間から
そんな未来を生きていこう!



この世界の全てを抱きしめて。






第3カ国目エクアドル:

生かされた私の命


ガラパゴス諸島

 主にバルトラ島・サンタクルス島・サンクリストバル島の3つの観光島がある。バルトラ島には陸ガメがたくさん住んでいる。サンタクルス島は空港がありガラパゴス諸島で一番大きな都会で、市場や観光スポットがある。サンクリストバル島にも小さな空港があり、アシカの聖地。イグアナはどこにでもいて、小さな恐竜のような顔をして海を眺めている。私はサンクリストバル島が好き!


九死に一生を得る

 ガラパゴス諸島に到着し、まず目指したのは海!!!アシカがゴロゴロ転がっていて、イグアナが優雅に泳いでいる。この旅初めてのシュノーケリング。魚にヤドカリにアシカにイグアナに、海の中の世界に感動の連続!



一緒にいた友人が「ウミガメだぁ〜〜〜!!!」と叫んだ。夢中になってウミガメを追いかける友人と、夢中になって友人を追いかける私。



しかし、気づけば友人と3人で、海岸から遥か遠くの沖の方へ流されていた次々と来る高波にのまれ、お互いがどこにいるのかもわからなくなった。



空は快晴、海の中も美しい青、波にのまれて水中でぐるぐる回り続けるうちに、どっちが空で、どっちが海なのかもわからなくなった



体の力を抜いて、浮いた一瞬の合間に息継ぎをし、また波に襲われる。何分間経っただろうか。体力は限界に達していた。今までのすべての選択に後悔はない。



このまま苦しさに耐えることを、諦めそうになる。

生きることを、諦めそうになる。




その時




———「苦しい時は、息を吸うんじゃなくて、吐くんだよ」病棟で子ども達に言っていた言葉を思い出した。





息を吐く、息を吐く・・。






それでも限界を彷徨っている私の心の奥に

———「諦めないで!大丈夫!」

そんな声が聞こえたような気がした。




意識が遠のきそうになった瞬間、日本にいる家族や友達や、今まで出逢ってきたたくさんの人達の笑顔が次々と頭に浮かんだ。




心の奥が「もっとみんなと一緒に生きていたい!!!」そう叫んだ。





最後の力を振り絞って、息継ぎをする。






次の瞬間、波はより高く大きくなり、私の体を大きな岩へと打ち付けた。




不思議な力に、助けられたような気がした。




友人も次々と同じ岩にぶつかり、全員助かった。全身傷だらけでも痛くはなかった。


”人間は、やっぱり陸の生き物だ”と思った。



浅瀬で気をつけながら泳ぐイグアナは「だーから言ったろ!」と言わんばかりにこっちを見た。自然の力には敵わない。生きててよかった。



今も生きているこの瞬間が、しばらくの間は信じられなくて、ただただ放心状態だった。



私にはもっと会いたい人が、一緒に年を重ねていきたい人が、大切にしたい人が、まだまだたくさんいたんだ。



今この時代で、今この人生で。


次に生まれ変わった先の他の誰かではなく

今の茉莉子(私)として。




しばらくの間、

浜辺に寝そべったまま動けなかった。



空の青さ、波の音、太陽の暑さ、傷の痛み・・・

生きて感じられることがありがたくて

呼吸ができることが嬉しくて

生かされている奇跡を全身で感じた。



そして、ふと思った。




この世界に生まれてきた時は
いのち以外は
何も持っていなかったんだ




お金や経歴や貴重品も、何も持っていなかった。何の肩書きもない、茉莉子(私)そのものだったんだ。



死ぬ時だって、目に見えるものは天国には持っていけない。



じゃあ、私がここで生きたことによって、何が生まれるんだろう?





それは、だと思った。





この世界で生きた証は、この世界で出逢った全てのものとの絆。誰とも出逢わずに、何とも触れ合わずに生きている人なんていない。一瞬でもこの世界に存在した限り、誰もが絆を持っているんだ。



「生きたい!!!」と心から願った時、大切な人たちの笑顔が次々と頭に浮かんだ。その絆を、これからも大切に結び直して、たくさんの大切な人たちと出逢い直して一緒に生きていきたいって思った。



本当に失うものは、何もないんだね。

「もう、スリや強盗なんて怖くない!!」




『生きることを恐れないで!』




生きている、ただそれだけのことが、嬉しくてたまらなくなった。



ここで死んでいたら、これからの私の人生は消えていた。これからこの世界で私と出会う人はもういなかった。私は、新しい人生の続きを生きる命を、改めてされたような気がした。



数日後、そんな私は懲りずに、今度は泥道を裸足で歩くこと3時間、一歩歩いては転び、数歩歩いては半泣きになり、全身泥だらけになって、泥道の過酷さを全力で味わうのであった・・笑。



【ガラパゴス諸島の動物たちからの伝言】

柵のない島の中では、動物も人間も尊重し合いながら暮らす。ベンチにアシカが寝ていたり、地面にが寝ていたり


小さな恐竜みたいなイグアナは、頭にトカゲを乗せて海を眺め、顔だけ出して水中を優雅に泳ぎ、時折海水を飲み、鼻から塩を出す。


青い足の鳥や赤い胸が可愛く膨らむ鳥、小さい亀から大きい亀まで、様々な生物が自由に住んでいる。


ペリカンは市場へ魚をもらいに、人間は海へ魚をとりに・・・んん?!たまにどこかおかしい光景も伺えるが、ガラパゴス諸島の野生の動物たちは、人間を恐れてはいない。人間と動物たちの距離がとっても近い!


水平線に沈みゆく夕陽は、眩しいほどに輝きを増す。


何百頭ものアシカたちは浜辺に移動し、夜が来ることを教えてくれる。


海も山も動物たちも、それぞれがそれぞれの位置で、望む者の必要に合わせて“自然”というものを教えてくれる。




———「無意味と思えることの中にこそ、大切なことが潜んでいたりするんだよ」

のんびりと海を眺めながら暮らす動物たちは、そう言った。


———欲にかられず、恐れに負けず、本当に大切なものをまっすぐに見抜いてね。」と。



お金のいらない世界で生きている

たくさんのいのちは


地球の豊かさや、この世界の豊かさを

人間よりももっとたくさん

知っているようだった。



海では全身傷だらけになって、山では全身泥だらけになって、不器用に思いっきり生きて傷つき汚れた分だけ、見える世界はどんどん輝いていった





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平 茉莉子

1987年生まれ。大学病院の小児科病棟で看護師として勤務後、天国に行った子ども達と一緒に思いっきり生きる旅に出た。全てワクワクで選び続けた1年3か月の世界旅、”命ってなんだろう?生きるってどういうことだろう?”、各国で見つけた宝物はまるで、天国からのメッセージだった。

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1987年生まれ。大学病院の小児科病棟で看護師として勤務後、天国に行った子ども達と一緒に思いっきり生きる旅に出た。全てワクワクで選び続けた1年3か月の世界旅、”命ってなんだろう?生きるってどういうことだろう?”、各国で見つけた宝物はまるで、天国からのメッセージだった。

平 茉莉子

1987年生まれ。大学病院の小児科病棟で看護師として勤務後、天国に行った子ども達と一緒に思いっきり生きる旅に出た。全てワクワクで選び続けた1年3か月の世界旅、”命ってなんだろう?生きるってどういうことだろう?”、各国で見つけた宝物はまるで、天国からのメッセージだった。

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