大手住宅メーカーを辞めパン講師として独立その後パン屋さんを開業した話①

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突然の父の死から、




「自立したい。」




との思いが芽生えた私は、

大手住宅メーカーに入社し、

インテリアコーディネーターとして働いていました。





家具や照明、カーテンなど、

新築の住宅を建てる際に同時に提案し販売する、




"提案営業職"




です。




父の死の悲しさを紛らわせようと、

入社から2年ほどはそれこそ寝る間も惜しんで働きました。




入社してすぐ営業成績で全国表彰に呼ばれ

その後も毎期ごとに表彰に名を連ね、常に売れていたので、

周りから見れば順風満帆に見えていたかもしれません。




でも実は、実際は父との別れを紛らわすために

必死だっただけに過ぎませんでした。




そしてそんな生活を続けて2年が過ぎたころ、

とうとう私の体が悲鳴をあげ始めます。




当時の生活はこんな感じでした。




仕事を終え、いつも会社を出るのは、

夜遅くなってから…を通り越してなんと朝の4、5時。




ビルの時間外通用口から出る時には

決まって、警備員さんから




「今日もお疲れ様でした…。」




と同情にも似た表情で深々とお辞儀をされる日々。




その時間に、ビルに配達に来る新聞屋さんには、




「おはようございます。」




と言われるのが日課になっていました。




明るくなりかけている明朝、自宅に帰ると

シャワーだけを浴び、2~3時間寝たらまたすぐ会社に向かうという、

まさに "企業戦士" のお手本のような働き方を続けていました。




今考えても、




「良く体がもったな…。」




と自分でも痛感じますし、




"確実にあの2年でふけたな"




と感じる私の人生で一番働いた時期だったと思います。




確かに金銭的には自立を果たしましたが

この辺りから、




「このような働き方が本当の意味で

自立と言えるのだろうか?」




疑問を持つようになっていきました。




そんな時、ある事件が起きます。







男性社会で女性が結果を出すと起こる弊害


入社以来、体を酷使しながらも

営業成績は出していた私ですが、

結果を出し続けていた時に、



とある男性の上司の青木さん(仮称)に

目をつけられることになります。




青木さんは、ことあるごとに

私の成績を取り上げるようなことを

してくる上司でしたが、



なぜ彼がそのようなことをするのか

正直、まったく理解が出来ませんでした。




わたしとしては、その人に何か恨みを抱かせるようなことをした覚えはなく

その人と一緒に仕事をする機会もまだそれほど多くない中、

青木さんからそのような仕打ちが続いたことで

精神的にかなり追い詰められていきました。




ある日、青木さんとふたりきりになる機会があり、

事務所で一方的に言われたことがありました。



青木さん
女のくせに契約を取っているからといって調子に乗ってるんじゃない。
青木さん
契約を減らしておいたからな。
!?
青木さん
悔しいんだろ。泣けよ。泣いてみろよ。



「この人の前では絶対泣かない。」




と心に誓いその場を去ったのですが、

事務所を出た私は泣くのをこらえるのが精一杯で、

車に乗った時には号泣している自分がいました。





この経験は悔しくもありましたが

同時に勉強になったことがあります。

それは、




"女性が仕事で結果を出すことによく思わない男性の方がいる"




ということ。




男女平等とは言われながらも、

男性社会の会社ではまだまだそういった考えも持っている人もいる。




父の死後、自立を掲げ邁進してきましたが、

この頃から、




"女性らしい自立とはなんだろう?"




ということを考え始めていったように思います。






自問自答を繰り返した入社3、4年目


入社して2年間は寝る間も惜しんで働きましたが、

3年目ぐらいになると仕事も覚え、

それほど体を酷使しなくても成績を出せるようになっていました。




この時期ぐらいから私は

自分自身のことを考える時間ができ、

旅行に行く時間を増やしたり、

自分を見つめるための時間をたくさん取り始めるようにしました。




全国様々なところに出かけましたが、

その時々で必ず訪れていたのが

パン屋さんでした。




最初はその土地を訪れることが旅行の目的だったのが、

いずれ、"その土地のパン屋さんを巡ること"

旅の目的に変わっていきます。




日常の生活でもパン屋さんを見つけると、

必ず立ち寄り、常にパン屋さんを

物色している自分がいることに気づきます。




これくらいの時から、





「パン講師ってどうやったらなれるのかな?」





そんなことを無意識に考えるようになっていました。




そんな矢先のこと、

たまたま本屋さんで手に取った

"ケイコとマナブ" に、





"大手Aクッキングスクールのパン作り体験レッスンが

500円で受けれますよ"





という広告が目に飛び込んできました。






「行ってみようかな…。」






私はパン教室に通うことに興味を持ちます。





ただ、この時の私はパンが好きとはいえ、

パンを作ったこともなければ、

簡単なお菓子でさえ作った経験もなく

体験レッスンに申し込むことにハードルの高さを感じました。




そんな時思い出したのが友人ゆう子のことでした。




彼女は女性でありながら、

麻雀荘で働くというユニークな友人で

彼女に電話で相談してみることにしました。



Aクッキングスクールの体験レッスンに行きたいんだけどどこの教室がいいかわからなくて何か知ってる?
ゆう子
私、Aクッキングのパン教室に通ってたことがあるから一緒に行ってあげるよ。



あっけらかんに答える彼女の一押しで、

初めてパン今日教室の門を叩いてみることになりました。




Aクッキングでの体験レッスンは、

私にとってはビビッとくるものがありました。




体験レッスンが終わると私はすぐ、




「まずはAクッキングのパン講師になろう」




と決意していました。





そしてその場でAクッキングのパン教室の

カリキュラム、基礎、マスターすべてのコースの申し込みを担当の人に

告げたところ、



Aクッキング担当の人
ま、まずは基礎コースだけにしてください。



ゆう子
・・・



と担当の人とゆう子が思わず引いてしまうような行動をとります。




ゆう子には、少し突拍子もないような行動に思われたのでしょうが、

私にとってはビビッくる感覚というか

降りてきたような思いがする行動でした。




実は中学時代、私は数学の講師を目指していたのですが、

母の反対で、数学の先生になるために目指していた高校へは

行けなかったということがありました。




"人に教える立場になること"




中学生に抱え込んだ思いが

実現できるという "道筋が開けたような感覚" が芽生えました。




その次の日からAクッキングに通い始めることになり、

こうして私の始めてのパンを習うことと、

パン講師への道がスタートすることになりました。






インテリアの仕事を辞める


Aクッキングにはインテリアの仕事のあい間をぬって通い詰めました。




Aクッキングは一日で二つの授業まで受講できるのですが、

私は目いっぱいのスピードで通い、

基礎コースを約一か月というスピードで取り終えます。




基礎コースを取り合えた私はすぐに、

マスターコース、リッシュコースと呼ばれるレッスンを申し込み

講師になることを急ぎました。





ただ、この頃からインテリアコーディネーターと

パンを習うことの両立が難しくなっていきます。





基礎コースに通っていた頃は、

仕事の空き時間を利用し何とか通えてはいたものの、



マスターコースが始まると

インテリアの仕事とレッスンがかぶることが多くなっていきました。





そうなると一日も早くパン講師になりたい私にとって

インテリアの仕事の時間が

邪魔になり・・・、



そこでインテリアの仕事を辞める決意をします。




決意すると早い私は、

次の日には会社に辞表を提出していました。




やりきったという気持ちがどこかであったのかもしれません。

会社を辞めることに不思議と迷いはありませんでした。





辞表を出した日の帰り、

思い出されたのは、

毎日2~3時間の睡眠を繰り返したあの二年間でした。




今でも覚えています。




上司に退社を告げ、いつもの時間外通用口を出た時に

警備員さんに掛けられたことば。





「今日も遅いね~。けどなんか今日は晴れ晴れとした顔をしているね。」





"もうこの時間外通用口を通らなくていいんだ"




という開放感が顔に出ていたのでしょう。

新聞屋さんに挨拶されることも、もうありません。





まだパン教室の先生になってもいない




なれるかどうかもわからない




収入もゼロになるはずなのに




そんな不安よりも

自分の好きなことを目指せることの希望のほうが、

上回っていたのだと思います。







Aクッキングの講師になる


会社を退社してからというもの、

Aクッキングで取れる授業はすべて受講し、

家にいる時はパンの研究に没頭しました。




パンに関する本という本を読みあさり

空いた時間にはパン屋さんを巡る毎日。




Aクッキングに通い始めてから7か月後には

Aクッキングの講師になり、実際に生徒さんにパン作りを教え始めました。




7か月でパン講師になったわけですが、

この短い時間で講師になりたかったのには理由があります。




インテリアの仕事をしていて感じたことなのですが、

それは




"人に教えることが自分自身を一番成長させることができるということ"




パンを教えるスキルを上げたければ

まずは教える立場になったほうが早いということを

直感的に理解していたのだと思います。




事実、講師になってからの私は、

パン作りのスキル、教えるスキルがどんどん上がっていく実感がありました。




"教える立場にまずは回ること"




この重要性はどんなことにも当てはまると思いますし、

成長への最短距離だと今でも思います。






Aクッキングでは学べないことを学ぶ決意をする


Aクッキングで教えることは

自分にとってプラスになることばかりでした。




何よりも教える立場に回ったことで

今自分に足りてないものを生徒さんに教えてもらうことができます。




7か月という短期間で講師にはなったものの、




「もっとパン作りの深さに触れてみたい。」




「さらなるパン作りの魅力を生徒さんに教えてみたい。」




そんな思いが強くなっていき、

Aクッキングの講師をしながらパン屋さんで働いてみようと思うようになりました。




私は働かせてくれるパン屋さんを探し始めました。






パン屋さんの求人を探す


当時、名古屋市の中心部に住んでいた私は、

取り敢えずは近くにあるパン屋さんの求人を探してみました。




探してみてびっくりしたことがあります。

それは、"ほとんどのパン屋さんで求人が出ていたこと" です。




パン屋さんで働こうと考える前の自分は、




「私を雇ってくれるパン屋さんなんてあるんだろうか?」




と不安な気持ちがありました。




「パン屋さんやお菓子屋さんで働くには、

専門の学校を出ていたり、

経験がないと入れてもらえないのではないか?」




そんなことを考えていたのかもしれません。




しかし、パン屋さんに貼られている求人募集のチラシをみると

どのパン屋さんにも、




・未経験歓迎


・経験問わず




のような文面が見られ、




「けっこうパン屋さんって人材不足なのかな?」




ということをなんとなく感じました。




中には、求人チラシが古くて

はがれそうになっているものがあったり、

紙の色が変わってしまったもの、

ペンがにじんているものがあったりと、

物凄く長い時間、求人をし続けていると思われるお店も多くありました。







面接を受けてみたパン屋さん


私がパン屋さんで働く目的は、

パン作りの技術を習得することです。




そのため、工場のような大きなパン屋さんだと、

分業制になってしまい、

一から最後までパン作りを学ぶことは難しいように思いました。




そこでパン作りの工程を

より多く学べそうな

小さなパン屋さん、

いろいろな仕事を任せてくれそうなパン屋さんを探しました。




そして最終的にお店の雰囲気の良さや

通える範囲で考えた結果、

3つのパン屋さんの面接を受けることになります。




緊張しながらも始めて面接を受けたパン屋さんは、

"女性のオーナー店長さんが切り盛りするお店" でした。




"女性として自立して自分の力で生きていくこと"




が目標の私にとって




"女性が運営しているパン屋さん"




ということだけでも魅力的で、

面接はその女性店長さんがしてくれることになったのですが、




その際、




「パン講師をやっているくらいじゃパン屋で働けないよ。」




「今までもパン講師をやっていたという人が来たけどすぐ辞めて、パン屋の仕事はあまくないよ。」





いきなり凄まれてしまいます。




"パン講師をやっていることがパン屋さんで働くことに

マイナスに働くということ" を知った瞬間でした。




私としてはパン講師で得たモノを

パン屋さんに生かすつもりもなく、



パン屋で一から学ぶつもりだったので

少し寂しい気持ちになりました。



男社会の中で女性として生きていくことの厳しさからか、

その女性店長さんからは




"力が入って凄く無理をして生きているような印象"




を受けました。




"女性として自分の力で生きていくということ"




に加え、




"自分の理想とする独立した女性とはなんだろう"




と考えるようになったのはこの頃からだったように思います。






二社目のパン屋さん


次に面接を受けたのは、

夫婦でパン屋さんをしているお店でした。




面接を受けてすぐ、

オーナーさんから、




「先ずは体験入社という形で働いて下さい。

働き方を見て入社の合否を判断します。」





という話しになり、

次の日からアルバイトとして一週間、

そのお店で働くことになりました。




そこでパン屋さんの現実を知ります。




待っていたのは、




"朝4時に出社して仕事が終わるのは夜の8時という過酷な労働条件"




疲れてパン屋さんから帰って来てはすぐ寝るという生活。




「これがパン屋さんで働くということなのか~。」




どこかインテリア時代の過酷な生活がフラッシュバックしている自分に気づきます。




「女性として自分の力で生きることって何でしょうか?」




女性は男性と違って結婚をすると、

独身時代のようにバリバリ働くということは難しくなるように思います。




それは子育てだったり、家事だったり、

自分の時間に制限を受けることが多い局面に出くわします。




インテリア時代、私はその名の通り、

"バリバリ" 働いて来ました。




質より量に重きを置いて

まずはこなすことを第一として

生活してきたように思います。




そしてその中で感じたのは、




"男性と違い女性は時間に限りがある"




ということでした。




だからこそ、時間を有効に使うことの重要性、

限られた時間の中でも生計を立てられるためのスキルが欲しくて、

パン講師を目指していたということに

改めて気づかせてくれた体験入社になりました。




結局、このパン屋さんは

体験のアルバイトをした後、入社をお断りし

三社目の面接に望むことになります。






自分が好きだったパン屋さん


3社目に面接を受けたパン屋さんは、

私自身も好きでよく行っていたパン屋さんでした。




以前受けた2つのパン屋さんの経験から、

パン講師とパン屋で働くことを両立するには、

正社員になってしまっては難しいと感じていました。




そこでアルバイトで雇用してもらって

Aクッキングでパン講師もしながら、

一からパンを学べるパン屋さんを探しました。




そんな時によく行っていたパン屋のホームページを見ると、




"アルバイト募集"




の文字を発見します。




電話で面接の日時を決めると、

社長さん自ら面接をしてくださることになり、

翌日、お店に出向きました。




その社長さんは数店舗のパン屋さんを経営している方で、

私が面接を受けに行った名古屋市内の店舗もそのひとつでした。






今までの2つのお店とは違ったこと


対応してくれた社長さんの第一印象は、




「とにかくこの人はパンが好きなんだな。」




ということです。




自分の店舗やパンのことを子供のように語る様子は、

明らかに以前面接を受けたオーナーさん達とは雰囲気からして違っていました。




お話しされたのは、




"独学でパン講師をやっている人と

コラボしてパン教室を開催していること"




"自分のパンについてのこだわり"




社長さんが話されたことで胸を打ったことがあります。




「パン屋だろうがパン講師だろうが、
パンに情熱がある人とは一緒に仕事が出来る。
パン講師の方とのコラボも、
美味しいパンを焼きたいというところは同じだし
逆に勉強になるからやっている。」




という言葉。





少年のようにパンに対してまっすぐな姿勢は、

以前お断りしたお店のオーナーさん達からは

伝わって来ないものでした。




私もこのように




"パンが好き"




ということをずーっと思いながら

パン作りの仕事に携わっていきたい。




社長さんの考えに素直に共感している自分に気づきました。





人は時間に追われると

初心を忘れてしまうような気がします。




私自身、インテリア時代、

寝る間も惜しんで働きましたが、



いつの間にか働いている意味や希望が

どこかに飛んでいってしまって

その日その日を終えるのが

精一杯になっていた自分がいました。




そういう状態ではいくら収入が多くても、

満たされないことを常に感じていたようにも思います。




私が最初に受けた女性店長さんから感じた、

どこか余裕がない、時間に追われている雰囲気は、

インテリア時代の私そのもので、

だからこそ嫌悪感を覚えたことに気づかされました。






自分の条件を全て受け入れてくれた社長


私の場合、Aクッキングで講師をしながらパン屋さんでも働きたかった為、

パン屋さんでどっぷり働くということは出来ません。




そんな私の条件を快く受け入れてくれ、

就業条件を合わせてくれたのが社長でした。




以前に面接を受けた2つのパン屋さんでは、




・一日15時間労働



・低賃金



・休みは週一回



・バイトではなく社員




という条件だったので、

恐る恐る社長さんに私の希望を話したのですが、

全て受け入れてくださり、




「とにかく頑張って欲しい。」




という温かい言葉だけを頂き、

晴れてこのパン屋さんで働くことが決まりました。




このことから学んだのは、




パン屋さん=長時間労働・正社員雇用




といったようなことに

縛られて働かなくても働ける方法がある




ということでした。





"相手の条件に合わせるのでなく

自分の条件にあった会社を探せたこと"




交渉次第で決まりだと思われていることでも、

新しい道を開くことが自分の力でできるということ。




私の中で、自力で生きていくことの可能性が

一気に広がっていくような感覚を得たように思います。







社長に紹介してもらった女性パン講師


パン屋さんで働く前の時間を利用して、

社長には、独学でパン講師をやられている方との

コラボパン教室に招待して頂きました。




そのパン講師の方は佳代さん(仮称)という方で、

パン屋さんで働いた経験がないにもかかわらず、

パン屋の社長とコラボするほどのパン作りのノウハウをお持ちの方でした。




しかも佳代さんは、

新規にパン屋さんをオープンする予定で

いま準備を進めている段階とのこと。




「パン屋で働いたことがないのにパン屋をオープンできるんだ~」




とびっくりしたのを思い出します。




社長やこの佳代さんを見ていると、




"パン屋だからこうあるべき"




といった固定概念がないことがわかります。




当時の私はパン屋さんを開業するには、




「パン屋さんで何年も修行しなければいけない。」




と勝手に思い込んでいたところがありました。




でも社長や佳代さんは違います。

自由に活き活きと輝いて生きている。




「私もあんなふうに生きてみたい。」




そんなことを考えていました。






圧倒的だったその方のパン教室


佳代さんのパン教室は、

私が想像してたものを遥かに超えるものでした。




なんと生徒さんは

"ほぼパン教室の先生" という教室で、

Aクッキングからも何人か習いに来ているという

圧倒的なパン教室でした。




「何から何まで私とはスケールが違う。」




圧倒的なものを感じたのを覚えています。




そして佳代さんの教室に触れることができたことは

のちの私の人生に大きな影響を及ぼしていくことになります。






出勤一日目


パン屋さんで働くことになった私は、

不安と期待を胸に人生で初めて

パン屋さんに出勤しました。




そこでまず驚いたのが、

厨房のスタッフが全て女性だといういこと。




どちらかと言うと




"パン屋さんのイメージは男性"




と考えていた私にとって、

小柄な女性の店長が切り盛りしている

パン屋さんということにまずびっくりしました。




パン屋さんの規模としてはそれ程大きなお店ではありません。




厨房は私を含めて三人 、ホールは二人の計五人。




こうしてこじんまりとしたパン屋さんでの仕事がスタートしました。






衝撃の出会い


厨房に入った私は、

まずはサンドイッチを作る担当になりました。




そのお店では、

映画館にもサンドイッチを卸しているため、

一度に数種類のサンドイッチを

あわせて100個程度作る必要がありました。



店長
サンドイッチの作り方を五十嵐さん(仮名)に教えてもらってね。



と店長から声をかけられ、

私はその五十嵐さんからサンドイッチの作り方を学ぶことになります。



五十嵐さん
はじめまして。五十嵐です。私が一通り作るんで見て一度で覚えて下さい。私もそうやってやってきたんで。



それが私と五十嵐さんの忘れもしない初めての会話でした。




五十嵐さんは気が強い感じの女性で

男っぽい性格の持ち主でした。




そして、10分後くらいには、

その五十嵐さんからこの世のものとも思えないような大声で

罵声を浴びせられている自分がいました・・・。




そして遠くから私を監視するようにじっと見つめる店長の目。




私のパン屋での生活は早くも暗雲が立ち込めます・・・。




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このストーリーをブログ等で紹介する

倉知さんが本当にやりたいことを見つけて良かったですね。これからはパン職人として、どんどんおいしいパンを焼いて、いつかご自分の店を開業されるのでしょうか。ちなみに、家のカミさんのパンも結構美味いです。日頃のストレスを生地にぶつけたら少し不満が解消できる様で、家族の朝食にもなり一石二鳥です。

Takeshiさん コメントありがとうございます。パン屋を開業していくまでのストーリーも次回のストーリーで書いていくつもりです。奥様もパンを焼かれるんですね。本当にパン作りは女性にとってストレス発散になりますね♪

倉地 加奈子

倉地加奈子と申します。習い事の教室の講師の方など女性相手のビジネスをされている方にコンサルをしたり、教材を作ったりして自立のためのお手伝いをするお仕事をしています。

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倉地 加奈子

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