双極性障害(躁うつ病)になって

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2005年 クラシックオーケストラコンサートの興業を引き受けた。最終的には1500人の会場を満席にしたけど、こんなことを引き受けるなんて、今から思えば躁状態だったんだと思う。

成功はしたものの 大切な友人を数名失った。
振り子が振り戻すように鬱状態に。。。。
でも まだこの時には医者に行かず 自力で治るものだと思っていた。


その後 年に一度ぐらい 躁状態になり 後になれば無駄なことにお金を使い。
でも気分はすこぶる良い。

人には「パワーのある人」と思われていたはずだ
よく喋るし、その言葉に説得力があった。
でも 振り戻しの鬱状態は必ずやってきた。
自己否定が始まる 

顔も洗わない、誰にも会いたくない、どこにも行きたくない。なにを食べても美味しくないが お腹はすくのでコンビニのおにぎりやサンドイッチ、カップラーメン。
ただ毎日横たわって、見るでもなくテレビをつけている。この2年で10キロ太った。。。(自己嫌悪)

この一年半は 軽い鬱状態が続いた
動けないこともないが、意欲はないし、脳が働いていないのか 集中力がないので本を読む気にならない。SNSやブログなどに投稿する文章が浮かばない。

でぇ 2月のはじめ 一歳半の孫が肺炎で入院した。
上に3才の男の子もいて、否応なく私も駆り出された。
それが良かったのか 鬱がポンと抜けちゃった。

以前も 次女がストーカーに狙われている風の事件があり、スッコーンと鬱が抜けたことがある。
ハプニングが起きて 私がしっかりしなきゃ! となると治るのか?!

今は 躁でもなく 鬱でもなく フラットな状態のようだ
この状態が長く続けばいいが、この病気に完治はないと言われる。
寛解(かんかい)といって 薬を飲み続けながら 症状が治まっている状態をいうらしい。

ともかくも いまのフラット期をたのしもう!

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藤井 晶子

1954年 兵庫県芦屋市生まれ 娘が二人、孫が二人 書くことが好きな陽気で楽天的な, かろうじてオンナ

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藤井 晶子

1954年 兵庫県芦屋市生まれ 娘が二人、孫が二人 書くことが好きな陽気で楽天的な, かろうじてオンナ

藤井 晶子

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