難聴の息子との話

お雛様の昨夜から、先ほどまで、3時間以上、
久しぶりに息子と話ができました。

息子は生まれて1歳で、高度難聴の障害と診断され、30歳。
補聴器の電池がきれてると、読話だけでは細かい話は難しいので、筆談で、そして、涙ぼろぼろに謝りました。
彼が「中学、高校生の時に、お母さんは怒っていて、悩みを相談する気にならなかった‼」と話してくれて、
「ほんとにごめんなさい。パパが倒れてから、必死だった」と涙がとまりませんでした。

夫は39歳で、娘が小学校4年、息子は2年のとき、脳梗塞で倒れ、20年が経ちました。
そして、あなたを難聴の障害児として、出産したことを謝りました。7ヶ月の早産1,023g。3ヶ月半保育器で育つ息子を抱っこしてあげれなかった。
「今、僕は手話があり、仕事もできて楽しいから、大丈夫だから。そんなことを責めないで」と言ってくれました。
「僕が高校生のときに、お母さんの鼻の骨を骨折させてしまってごめんね」と。。
「あのときは、もう少しずれてたら、死んでたみたい。だけど、今、生きてるから、よかったよ」
「パパが、あなたが2年生で倒れた時は、お姉さんが、あなたを守ってくれたよ。
私も、菜美がいて、ここまで生きてこれたんだ。だから、これからは、菜美を守ってほしい」
そんな、いろんな話をすることができました。
全てのことに感謝です(^^)おやすみなさい。
1時11分

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