日本における「健康」とは

このエントリーをはてなブックマークに追加
3

日本人の健康観について

僕は東京都内でパーソナルトレーニングジムを営んでいる人間です。


今日は、日本人の健康観について、考察してみようと思います。

まずは健康という言葉について考えてみよう。

歴史を振り返ってみます。


図解いちばんわかる!東洋医学のきほん帳(著者: 伊藤剛)によると、

江戸時代後期までは「健康」という言葉はなく、それまでは「養生」や「健やか」「元気」「壮健」「丈夫」などが使われていたそう。

医師であり、蘭学者の高野長英が1836年に「漢洋内景説」という著書で用いたのが最初と言われている。その後、適塾(今の大阪大学医学部の源流とされる)を開いた緒方洪庵(医学者、蘭学者)や、その塾生であった福沢諭吉によって浸透していったとされている。ちなみに高野長英は教科書でも出てくる有名な人物。父は杉田玄白のもとで医学を学んだ事もあり、高野長英も医学に興味を持ったとされる。非常に知的でオランダ語の翻訳もし、鎖国に反対していた人物の一人。

蘭学者という言葉が出てくるが、蘭学は鎖国時代にオランダとは交流があった為、オランダから入ってくる西洋についての学問を指している。

1862年には、堀達之助が英語のhealthを「健康」と訳した。しかし、明治以降、富国強兵政策のもとに、国民の体力を評価する目的で使われ広まっていった。

また、「健康」については西洋医学、東洋医学で考えが異なり、西洋医学では、健康か健康でないかを判断する為の指標であり、人の体力を評価する用語です。一方、東洋医学では、身体の状態を示す言葉として用いられます。

ちなみに、福沢諭吉は一万円札の方なので有名であるが、伝染病の研究や翻訳家としても実績がある。鎖国が終わり、西洋の文化を取り入れていこうという時代に活躍したお方である。

医学、教育、金融などにも影響を与えたとされ、今でも一万円札の方として語り継がれているんですね。

「健康」という言葉の歴史はこんな感じ。


さらに広い意味で歴史を辿ると「養生訓」という書籍があります。

1712年に医学に長けた儒学者、貝原益軒(かいばらえきけん)によって書かれたもので、儒教の思想に基づき、身体の健康と精神の健康について触れています。健康指南書という感じ。

内容は驚くほど現代に通ずるポイントばかりです。

貝原益軒の優秀さを伺うと共に、身体そのものは歴史は変われど根本は変わらないのだなと感じます。つまり、ベースの考えは江戸時代も今も変わらない。◯◯ダイエットや◯◯を飲んだら痩せる、みたいなものがホンモノではない事が示されていますね。


さて、次回はこの「養生訓」について深く見ていきましょう。


読んでよかった
このエントリーをはてなブックマークに追加
このストーリーをブログ等で紹介する

岡崎 秀哉

2012年独立後、フィットネスを軸にモデル、イベント事業を展開、その後「RIZAP」にて教育、プログラム開発を担当、「FiNC」アドバイザーを経て、現在は都内でパーソナルトレーニングジム(直営2店舗、FC2店舗)を営んでます。幅広い人脈と視野が持ち味。

岡崎 秀哉さんが次に書こうと思っていること

|

岡崎 秀哉

2012年独立後、フィットネスを軸にモデル、イベント事業を展開、その後「RIZAP」にて教育、プログラム開発を担当、「FiNC」アドバイザーを経て、現在は都内でパーソナルトレーニングジム(直営2店舗、FC2店舗)を営んでます。幅広い人脈と視野が持ち味。

岡崎 秀哉

2012年独立後、フィットネスを軸にモデル、イベント事業を展開、その後「RIZAP」にて教育、プログラム開発を担当、「FiNC」アドバイザーを経て、現在は都内でパーソナルトレーニングジム(直営2店舗、FC2店舗)を営んでます。幅広い人脈と視野が持ち味。

岡崎 秀哉さんの他のストーリー

  • 若手トレーナーと、とある女性コンサルの話。②