はじめての就職でスピンターンとドリフトとオンナの扱い方を教えてくれた上司のタグチさんが教えてくれたもっと大事な○○

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はじめての職場


僕が右も左もわからない、そんな18歳の頃に出会ったタグチさんの話です。

住む場所は会社が用意してくれていたワンルームで、同僚や管理役の上司が数名一緒に住んでいます。それまでパソコン以外興味のなかった私ですから、集団生活すべてが不安でした。


タグチさんとの出会い


そこで出会ったのが上司にあたる主任のタグチさんです。自分より8つ上の大先輩でした。


「おう、いずみか!よろしく頼むで!」

大きな声で覇気もあり、苦手なタイプでした。ところがこの上司に気に入られたようです。

事あるごとに、仕事が終わると声がかかりました。

部屋がピンポーンピンポーンピンポーンと3回鳴るのが合図です。


「おう、いずみ!コンビニ行くぞ」

「おう、いずみ!ちょっと付き合えや」

と、仕事が終わるごとに誘われ悪い気もしなかったですし、車の中で話す事も楽しかったのか、最初は苦手だったこの人にも慣れてきました。


あっという間に半年が過ぎます。


ドライブ行こうか


夏の終わりかけたある日、タグチさんの駐車場の車が入れ替わっていました。

とてもスポーティーで(補足:当時AE86やFCが全盛の時代です)かっこいい車が止まってるではないですか。いつもどおり、タグチさんが部屋にやってきました。


「おう、いずみ!ちょっとドライブ行くぞ!」

どこに行くのかな?と助手席にいつも通り座るとシートベルトが変です。


「それはな、3点シートベルトっていうんだよ」

そういえばシートも固くて変な感じです。

部屋を出発し、30分~40分ぐらい走ったでしょうか。和歌山県の御坊市という場所に入って山間部を走っていると、長い下りカーブの続く道にでました。


「ついたぞ!」


タグチさんは少しアクセルを踏み込むと、下り坂の終点でなにやら急なハンドル操作をします。


「死ぬ!!!!」

心の中で無意識に思った私は身構えると車が(くるん)と一回転し、元来た道の方向を向いていました。


「あれはな、スピンターンっていうんだ」

「それじゃ本気出すか」


タグチさんは指先に穴があいたグローブを取り出すと手にハメ込み


「気持ち悪くなったら言えよ」

「よ」ぐらいでアクセルを踏み込み、車はロケットのように山を登って行きます。



ギャギャギャギャギャ



カーブでは気絶しそうなぐらいのスピードで曲がり、タイヤは滑ります。


「調子いいな、これは」

と、その日は3往復ぐらいしてから部屋に帰りました。


「いずみ、どうだ、これが男の世界だぞ」


生まれて初めての「山を攻める」というアレの体験でした。


オンナの扱い方


しばらくドライブが続き、その中で女性談義(というか、聞かされてたのですが)が多かった気がします。

「おい、いずみ!オンナってのはな。気になったらヤればいいんだよ」

「やれるかどうかが大事なんだ」


と、微妙な名言を残しつつ

「やりたかったらな、生駒山頂に載せていけばいいんだよ。そこでな、このままホテル行く気ないんやったらお前こっから歩いて帰れ」


って言ったらええんやからな!


そうか、そういうものなのか。童貞の僕は、男女の世界のフィールドワークの厳しさを教えられ、それからもオンナは待っているから徹底的に攻めろとか、ナンパのコツや笑わせ方、不細工と美人の攻め方の違いとか、テレクラの口説き方とか、本当にたくさんレクチャーしてくれたのです。


当時の僕には刺激が強かったのですが、あまりにも未経験な為にそれはすべて「真実・神から授かったマニュアル」のごとし、私には刷り込まれました。


それからというもの、私も女性とみるや声をかけてナンパにせいをだし、テレクラに行き、いつの間にやら童貞も卒業し、夏は肌を焼き、タグチさんに有意義な事を教わったなと感謝していたのです。


免許を取って


それから免許を取りました。

連日、タグチさんの講習が深夜まで行われます。


「お前な、車乗ったら走り屋だろ、教えてやんよ」

「男はな、死ぬまで走り屋なんだよ」


ドリフトの仕方やスピンターン、限界速度でのカーブの入り方や、ハンドル技術を教わりました。それも感謝しています。おかげで今も無事故のままですから(違反は多いのです)


お前が買うんだよ?


そういえばこんな事もありました。

日曜日の休日に、


「おい、いずみ!熱帯魚屋行くぞ!」


とタグチさんを助手席に乗せて、和歌山市内まで行き熱帯魚屋に入りました。

店に着くとタグチさんは、手早く「これと、これと、これください」と、熱帯魚のフルセット、水槽やポンプ、水草等を買いだします。前から水槽もってた気がするんだけどな~。と考えていると。


「おい、いずみ!これはお前が買うんだよ!」


と言われ、結局2万円近くの水槽セットを買わされました。

今でも熱帯魚が趣味です。


初恋


おかしなハナシですが、童貞を卒業しても恋愛はしたことがありませんでした。

そんな折、職場で好きになった人ができたのです。

6つ上の女性で、今となってはどこがどうってのは思い出せませんが、ナンパをしていてもテレクラにハマっていても、それでもなぜか声すらかけることができません。

タグチさんに相談しました


「そんなもん、やっちゃばいいんだよ」

「俺が1泊ぐらいでイベント作ってやっからやっちゃえよ」


と、相談した自分がバカだった的なオチになるのですが。

結局はゆっくりと声をかけるのが精一杯でした。


タグチさんから最後に教わったこと


そんなとんでもない人ですが、私は16歳の頃からプログラムを続けておりゲーム開発や販売を片手間にしながら勤務も続けていました。ある日、メーカーからPC向けのツール開発を正式に委託されたのです。仕事はやめたくないし、遊びも続けたい。夜中目をこすり、毎日睡眠時間を削って仕事をしました。


そんな事が続くはずもなく、どうしてもやりたいゲーム関係の仕事に傾倒しはじめ、本業を有給で休む事が増えてきました。


いよいよ転職を考えたほうがいいかもしれないと、タグチさんに相談すると


「男は働いているから遊べるんだ、人生を片足かける仕事に対してお前の態度はなんだ。二股か?そんな事で両方やりきれると思ってんのか。無理に決まってるだろう、だったらさっさと辞めちまえ。お前の好きにしたらいいんだ。そんな中途半端な事で毎日が充実すると思ってんのか?」

と言われました。(おおよそこんな内容だったと思います)
男である以上、中途半端な事をせず、泣き言も言わず全力で投球する事を学びました。


この言葉でハッキリと自分のやりたい事が明確になり、退職をしてエンジニアの道を進むことにしました。もしタグチさんが中途半端な優しさや、上司の評価を気にして(新卒が辞めるのは上席の責任でしょう)引き止めたりしていたら、私は今も和歌山にいたかもしれません。


そういえば、仕事中はタグチさんは遊びも全力でしたが、それ以上に仕事も真剣でした。だからこその遊びだったのかもしれません。


3年間お世話になった和歌山県を飛び出しました。


それから二度とタグチさんとは会っていません。

私の上司はめちゃくちゃでしたが、性根は部下を思いやる本当に優しい人でした。

コミュ障気味な私を変えようとしてくれていたんだろうな。そう思うようになったのはずっと先です。(いや、実はオモチャにして遊んでいただけかも笑)


でもタグチさん、

「男は死ぬまで走り屋だろ」

ここは否定しておきます(笑)





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Izumi Shinichi

色々経緯があり、今は探偵業をやっています。 元はエンジニアでWebサービス開発です。 ブログ https://blog.sapporo-tantei.net/

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