耳が聞こえない田舎出身の女の子が大手企業の技術職を捨て、裏バイトを経て起業し、子連れ旅ブロガーになるまで~1:高校時代まで~

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今でこそ


子連れ旅にっき


で旅行を仕事にしたビジネスで

娘2人を連れて飛び回る生活のスタートを切っていますが


ここに至るまでの過程を綴ります


まずはわたしのことをわかりやすく紹介致します


**********************


耳が聞こえない障害を持ってこの世に誕生


幼稚時代、聾学校に通い言葉の訓練を受ける


小学~高校、普通学校に通う


大学、電子工学を専攻


入社前ギリギリまで入院手術を受ける


大手企業の技術職に就職


退職後

単身バリ島に1ヶ月滞在し波乗り三昧


裏バイト


ビジネス


を経て


大学の先輩である旦那に再会


とんとん拍子に結婚


またまた大手企業の契約社員として就職


娘の出産を機に退職


腫瘍が見つかり摘出手術を受ける


主婦をしながら起業への道のりを手探り状態


好きな旅行が仕事になる


弟を亡くす


他の収入源を探りながら


娘を連れて海外を飛び回る生活のスタートを切る


~今に至る


***********************


ざっとこんな感じです♪



北海道の右側に在する

湿原が有名な地にわたしは誕生した


当時

父は祖父の代から経営していた清掃会社(ゴミを集めるほうです)を継いで社長として忙しく動き回っていました

かと思ったら趣味の社交ダンスにも没頭していた


数年後には自ら社交ダンス教室を造ってしまったのである!!


現在、60歳を過ぎてもなお

ロータリークラブの理事と清掃会社の経営の

二足の草鞋を履いている


母は専業主婦

とは言え

忙しい父に代わってわたしたち3兄弟を育て上げ

父を手のひらで転がし会社を大きくさせ

祖父母の介護もし、最期まで看取った最強主婦である


父の両親と同居していました


そんな両親の出会いは趣味としてやっていた社交ダンスのパートナーとして組んでいたこと



ある日電話がかかってきた


薫パパ
お付き合いしている方がいなかったら
結婚を前提にお付き合いしてほしい
薫ママ
んー・・・
考えさせてください

ガチャリ(電話を切る)


電話の前で考える薫ママに

祖母が来て


薫祖母
どうしたの?
薫ママ
いや・・・
今薫パパから結婚を前提にお付き合いを申し込まれた・・・
どうしようかな・・・
薫祖母
今そういう人いないんだったらお付き合いしてみたら?
薫ママ
んーそうねぇ


祖母の一言で決まったというお付き合い

約3ヶ月で結婚と相成ったそうです


ほぼ交際0日である(笑)




わたしがこの世に誕生して1年半後、妹が産まれる

年子である


妹の2年後、弟が産まれる

今は亡き弟である


父は経営者

母の祖父母も経営者という

生粋の自営業家系に恵まれたわたしは


自らも自営業として起業の道を歩むことになるのは必然だったのだろうか


みんな普通の会社員という枠に縛られたくない

がために自分で会社を興した人たちである


好きなことしかしていないのである


根っからの自由人なのだ(笑)



わたしの中にある自由奔放さ、バイタリティーはもはや遺伝である



産まれて耳が聞こえてない?!とわかるまでに1年8ヶ月を要したのですが

わたしが勘が良すぎて

なかなか気づかなかったそうです(笑)


その勘の良さは今も発揮されている♪



小さいときから

好奇心旺盛で

じっとしていない子だった


耳が聞こえないのに

よく気が利く子だった


当時のわたしの様子を決まって


薫ママ
薫はねぇ
目を離したすきに一瞬でいなくなるんだもの
ある日は道路に飛び出して
トラックにひかれかけたりー
知らない人と話してたりー
いつも冷や冷やして
そのうち死んじゃってもおかしくないと思っていたわ・・・
ま、最後には追いかけるのも諦めたわ
でもあなたは強運を持っていたのよね

と話す薫ママです(笑)




聾学校という耳が聞こえない人専門の学校があり


小学校に入るまではそこで言葉の訓練を受けました


口の形を読んで話していることを理解する

発音の舌の使い方

息の使い方

日記を書く

言葉の勉強

など生活していく上では困らない会話力を習得しました


おかげでマンツーマンでの会話はこなせます


こうして文章も書けます

本が大好きでたくさん読みました

新聞も読みました


小学校からは普通学校に進学し


高校は進学校に通いました



小学校、中学校時代は

耳が聞こえないことで苛めを受けました


先生から差別されたこともありました


口が見えないと話していることがまったくわからないことをわかっていて

わざと口を隠す先生


言っていることが伝わらないと

身体でわからせようとする先生


小さいうちから



大人はそういう人たちばかりなんだ



という概念が植えつけられました


耳が聞こえない子がなぜ


”出来る”


といけないのか?


出来ないだろう

という先入観の下

見下されることがたくさんありました


それは大人になった今でもあります


それでもわたしは歯を食いしばるのです


聾学校にいたときも

小学校のときからも


大人になった今でも


わたしはわたしを諦めていません



わたしの人生、こんなもんじゃない!!



と歯を食いしばって

手を握り締めて


走ってきています


これが今までのわたしの原動力なのである


耳が聞こえなくても出来るんだ


というのがわたしの信念でもある



行動で見せてきた


言葉では何でも言える



当時から


人間のいろんな面を目の当たりにしてきたわたしは



上っ面の友達なんて信じない

こんな友情ならいらない



といつもひとりでいるような一匹狼のような子でした


なので

小学、中学時代の友人はひとりもいません



内面、人間が好きではあったので

寂しさもありました



それでも


わたしがわたしであることは諦めませんでした



高校時代はそんなわたしと友人になってくれ

わたしの人生の中でも

大きくウェイトを占めている友人と出会います


彼女とは

部活も一緒で

2,3年のときはクラスも一緒で


受験の時は

毎日自転車に2人乗りして図書館に通っていました


部活でも試験でも競って

お互い上位に並んだりしていました


良きライバルでもありました


その結果、お互い推薦をもぎ取り大学も一発合格したのです


彼女がいなかったらわたしはあそこまで頑張ることはなかったでしょう


彼女もまた


友人
薫に負けたくなかったから頑張れた
薫がいなかったらわたし、どうなってたのか想像できない
でもきっと普通でいいや、と妥協していたと思う

大人になった今でもそのまんまのわたしをさらけ出せるのは薫だからなんだろうな



また



友人
わたしの周りに薫みたいな人いないよ
薫見てるとわたしも頑張らなきゃ!って勇気をもらう



大人になった今

そう話してくれるのだ


高校時代のとんがっていたわたしを知る貴重な親友である(笑)








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知花 薫

子連れで世界を楽しむ 耳が聞こえないママ★薫です わたしの人生を面白いと言ってくれたある人からの一言で書いてみました わたしにしか出来ないことを思う存分やっていきますので、 応援よろしくお願いいたします。

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