耳が聞こえない田舎出身の女の子が大手企業の技術職を捨て、裏バイトを経て起業し、子連れ旅ブロガーになるまで~3:社会人時代~

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耳が聞こえない田舎出身の女の子が大手企業の技術職を捨て、裏バイトを経て起業し、子連れ旅ブロガーになるまで~3:社会人時代~
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そうして大手企業に入社


誰もが知っている大手の電機メーカーに入社し


技術職として働く日々


ガイドブックの英語版の校正



という英語関係の職


毎日英語活字をたくさん読みました


ここでわたしの英語力は勝手にスキルアップされました




わたしが配属された部署は耳が聞こえない人を受け入れるのは初めて


ということでした




まずは耳が聞こえない、ということはどういうことか

理解してもらうことから始めたのです


上司たっての希望でもありました



が、

普通に話せたわたしは


ホントは聞こえてるんじゃない?


とひそひそされることもありました


口の形を読めるので

何を話しているかわかってしまうこともありました



そのたびに傷つきながらも



話せるから聞こえる
のは違う



ということを教え続けました


初日から挨拶を無視されたり


当時私生活でもなかなかいいことがなかったわたしは


どんどん気持ちが落ちていき



入社して1年後



どんどん眠れなくなり


どんどん気力がなくなっていきました




それでも負けてたまるもんか!!


と気力を振り絞って会社に行き



帰って寝たくても眠れない



そんな悪循環のループに陥ったのです




道を歩いていると道路に飛び込んだら死ねるかなー


天井を見れば


あそこにヒモ引っ掛けられるかなー




ということを考えるようになっていきました




ハッと我に返り


このままじゃわたし危ない!!


とわかってはいたけれど



どうしたらいいかわからず・・・・・




そんなとき

ボーっとテレビを見ていたら



うつ病




について取り上げられていた



チェック項目をやっていたので

やってみたら

全項目当てはまっていたのです



ここからは早かった!!


すぐに近くの心療内科を検索して

受診したのです



藁にも縋る思いでした


だって



死にたくない!!


でもこのままじゃわたし死ぬ!!



って思ってました



なんとか治さなきゃ!!と必死でした



そして下された診断は




抑うつ病




でした



結果がわかったとともにホッとして

睡眠薬飲んで寝たら大丈夫だ


と思っていたわたしは



次の言葉にビックリするのである



医者
実家に帰って休養しなさい
えっ・・・
それはできない!!
上司にそんなこと言えない!!言いたくない!!
医者
でもあなた休まないと悪化しますよ
とりあえず睡眠薬と安定剤を出しますが3日後来てください



そうして睡眠薬を貰い

強制的に寝れた


のはいいが・・・


今度は睡眠薬が効きすぎて起きれない


会社でも猛烈に眠くトイレで寝てしまう


さらなる罪悪感に襲われる



という悪循環を生んだのである


3日後の診察で


さらに強く



医者
もう実家に帰りなさい!!
嫌です!!
それはどうしてもいや!!
会社に言いたくない!!
わたしからは言えない!!
医者
それは大丈夫です
わたしから連絡しますから
明日にでもすぐに連絡しますから
安心してください
(有無言わさず)
・・・・・・・・・
わかりました。。。


安心してください(掃いてあげます)


ばりの呪文にシュシュシューとさっきまでの強気はどこに行ったのやら・・・


静かに観念したのです




このやり取りの次の日


会社の産業医さんに呼ばれ



産業医
事情は聞きました
お辛かったですね
大丈夫ですか?



と優しく声をかけられたことで

張りつめていた糸がピーンと切れ



なりふり構わず号泣


そんなわたしの様子に



産業医
今日はもう帰りなさい
明日から来なくていいよ
もう実家に帰って休養しなさい
上司にはわたしからお話するから
とにかく休みなさい



と言われ

いつの間にか来ていた人事の方がわたしのバッグも持ってきてくれていました



親にはそのときになって初めて連絡したのです



明日帰る



この一言を打つので精一杯でした


すごくビックリしていましたが


空港には迎えに行くから

気をつけて帰っておいで



と一言



そうして帰ったわたしを揃って空港に迎えに来てくれた親



お帰り



たった一言だけでした


親の顔を見て安堵したのを覚えています




当時を振り返って



薫ママ
いきなり帰るって言うからビックリしたわよ
でもすぐに精神やられたか、ってピンと来たんだよねー
妹も1年前にうつ病になってたからね(初耳)
しかも空港で会ったときの薫、顔色が土色だったからかける言葉がなかったわ



そんなに酷かった?・・・


と聞き返すくらい自分の状態をよくわかっていませんでした


しかも妹がすでにうつ病になっていたってこのときに初めて聞かされたのである(笑)



実家に帰ったわたしは


それから2週間は食べる、風呂、トイレ以外ずっと寝てました


寝ても寝ても眠いのである


このとき睡眠薬は服用していませんでした



糸が切れたみたいに



ずっとずっと寝ていました



そんなわたしを親は何も言わず


ただただ見守ってくれていました



少しずつ起きていられる時間が長くなってきて



今度はフラッシュバックのように記憶が蘇って泣いて


の繰り返しでした



なかなか切り替えができなかったわたしを見兼ねたのか




薫パパ
薫、今何をしたい?
好きなことは何?
何をしたい?・・・
好きなこと?・・・

(考える)

( ゚д゚)ハッ!
旅行行きたい
薫パパ
わかったよ




このとき不意に浮かんだのが


日本を出たい

ここにいたくない


でした


なので旅行だったのです




すぐに



薫パパ
旅行、薫ママと行ってきなさい
楽しんでいっておいで
・・・?
どういうこと?・・・
どこ?
薫パパ
シルクロードをバスで周るんだよ
え?マジ?
マジなの?!

わーい!!
ありがとう❤


シルクロードがどこの国かは知らなかったのですが(笑)

日本脱出旅行てことに大喜びでした



そうして薫と薫ママの2人旅に行ったのです


正確には地元の薫パパの知り合い数人と組んだツアーだったのですが




シルクロードは中国の左側にあり


広大な砂漠の中にありました




そうです



バスでこの砂漠の中を観光しながら走っていったのです



永遠に続く砂山をボーっと眺め


砂山を駆けて





降りるところ降りるところでは


物乞いの子供たちがたくさん群がってくるのです



明日食べ物があるかわからない



お金頂戴



なんか頂戴



と生死と隣り合わせて生きている物乞いの子供たちを目の前にして



今のわたしの悩みはなんてちっぽけなんだろう・・・


と泣くわたしに母が




世界はこんなにも広いんだよ




手を差し伸べてあげたいが



それは絶対やっちゃダメと注意を言われていたので堪えたのである



情けは人の為ならず



冷たいようだが


それが彼らに対する優しさだ


と・・・・・



異なった価値観に触れ


思わず絶句しました



そんな世界を見ているうちに


わたしの中にある想いがムクムクと沸き上がってきた




こんなことで


わたしを腐らせてる場合じゃない!!


おまえはあの小さな世界で生きるような人じゃないだろ!!



もっと世界に顔を向けてみなよ!!





それからは何かに突き動かされたように



開き直り


快方に向かっていったのである



10ヶ月間の休養ののち


わたしは戻った



会社復帰までに


段階があり


それまでは復職ができなかったので



その間にしたいことをやろう!と



まずは



ヌードモデル



をしたのである


あれ?そこ?(笑)




そのときのわたしを残したい、と思っていたのです


傷だらけの身体に強いコンプレックスを抱いていたので


そのコンプレックスを少しでも埋めたかった


等身大のわたしを晒すことで自信をつけたかった






次に中型バイクを持っていたので


ドラッグスター250(愛しのドラコちゃん❤と呼んで可愛がってました)で


ツーリング


今はパパに引き継がれたのちタイヤのチェーンが外れて寿命と相成りました。。。


パパはわたしの運転にタンデムで乗っていたのですが

自分が運転したくなり免許を取りました・・・(笑)


10年くらい共にしました






週末になると


クラブ通い


飲んだくれて

ガンガンに踊って

ナンパの出会いを楽しんで

アヴァンチュールなんかもあったり


クラブで弾けていると音楽の振動が心地よかったのである







そして偏見が入る方もおられることを承知の上で書きますが



タトゥーを入れる


腰にガッツリ


足首にワンポイント



将来、温泉に入れないかもしれない



子供





いろんなこと考えました

それでも



これはわたしの人生


何があっても


後悔はしない



と決めて入れたのです








デリヘル嬢


ソープ嬢



もやりました




どんな世界だろう?


という好奇心もありましたが



身体にたくさんの傷があって


耳が聞こえなくて


美人でもない



欠陥だらけのわたしを誰が受け入れてくれるのだろうか?



本当にコンプレックスの塊でした


そんなわたしを



受け入れてくれる世界




を探していたのです



その世界に入ったことでわたしは見た目を磨きました



垢ぬけなかった子が蝶々になった



そうすると


高級クラブのホステスにスカウトされたり

歩けば誰かに声をかけられる


といった感じにわたしを取り巻く環境が一変したのです



耳が聞こえないことを伝えると


ビジュアルは合格だから


というお墨付きを頂いていました


それでもわたしへの自信のなさ


からお受けすることはありませんでした





ソープ嬢のお話ですが


正直言って


ソープ嬢はきつかったです


それゆえに3回くらいしかお店に出ませんでした

ありがたく指名を頂いていましたし

1人で4~6万円は給料を頂きました


お客様は紳士ばかりで

優しい人が多かったです


それでも無理でした


泣きながら

吐きそうになりながら


でしたからすぐ辞めました



だからソープ嬢さんには本当に尊敬しかないです



汚らわしい


という目で見る人が多いこの日本ですが


その反面


ソープ嬢の需要ってあるんですよ


結構お客さんいましたから



そこに身体を張っている女の子



バカにできないです



よっぽどお金のため、と割り切っていないとできない世界です






デリヘルは


ソープに比べたら楽です



でも女の子を大事にしてるか?


って言ったらそうでもないです


本番禁止ですが

隠れてやってる子もいますし


何より

お客様の層が良くない



安いですから


そのレベルのお客様です



女の子の安全面も保障はできません



あれ、ホテルで殺された女の子



とかニュースになっているでしょ?


大体、デリヘルです


だからテレビも詳しくは情報を出さないのです








会社に復職後もこうした生活は並行で続きました



ちなみに


休職前の上司さんは


わたしが休職後の調査でなんと


セクハラ

パワハラ


が発覚し(笑)


降格されていました(笑)



何もない広くて真っ暗なフロアの一角にいました。。。(笑)




復職後は別の部署にいたのですが


そこではマネージャーさんに可愛がっていただきました


単に周りが飲めなくて

お酒大好きなわたしがいつも相手していたからですが・・・(笑)


今でも年賀状の交流があります



復職して1年後のGW、バリ島に波乗りトリップで訪れたわたし



のんびりした空気と人々に



わたしは


このままでいいの?

これはあなたが歩みたいと思っていた人生なの?


と自らに問いかけたのです


答えは


「NO!!」


でした



答えがわかったわたしは即行動に移しました



帰国後


帰国日は面談の日でした


そこでわたしは



会社辞めます
7月のボーナスをもらい次第
退職したいです
人事
えっ・・・
理由は?
この会社に未練がありませんし
もうここで働く気持ちがありません
マネージャー
そうか・・・
他の部署は?
君とはまだ一緒に飲みたいんだがなー
・・・・・・・・・・・・(言葉がない)



本当にこんな会話でした



そして


引越し先を決め


7月のボーナスをもらって退職しました




親には事後報告でした



会社辞めることにしたから
薫ママ
はぁ?!
なんであんないい会社なのに!
もったいない
いや、もったいなくも何もないよ
それにわたしは辞めたいから辞めるでいいじゃん



薫ママとはこんな感じでした


当時は将来安泰って言われるような会社でしたし


母は保守的な考えが強い人でした


今は・・・テレビでニュースになってたなー・・・(笑)




後輩に


後輩
先輩が辞めた後、色々あって下降していったんやで・・・
人員削減とかリストラとかかなり赤字になって
大変だったんやで
先輩、一体何したんですか?!
いや・・・
知らんがな(笑)
後輩
先輩、良い時に辞めましたよねー



そう言われました(笑)


これにはわたしもビックリでした


ちなみに後輩ちゃんも去年末に退職しております(笑)






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知花 薫

子連れで世界を楽しむ 耳が聞こえないママ★薫です わたしの人生を面白いと言ってくれたある人からの一言で書いてみました わたしにしか出来ないことを思う存分やっていきますので、 応援よろしくお願いいたします。

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