おっちゃんが教えてくれたんだ^^!WEBマーケティングの大切さってやつをさ。

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~おっちゃんが亡くなってから3年…~


僕の実家ではお米を直接、

生産者の方から注文しています。


その、生産者の方の名前は

「おっちゃん」。




いつも、おっちゃん、おっちゃんと

呼んでいたので、ここでも

「おっちゃん」と呼ばせて下さい。


僕とおっちゃんの出逢いは7年前でした。


当時、20歳の僕は片親で

母とアパートに二人で暮らしていた。


そんなある日、、、


母から


田植えのバイトがあるから

「バイトしに行こう!」と言われて

茨城の水田に無理矢理連れて行かれました。


(ダルっ、、、)


正直、当時は乗り気でもなく

めんどくさかったのが本音。



ただただ、母の言いなりで

嫌々田植えに行くことになり


仕事が休日の日に茨城へと向かった。


横浜から車を走らせること3時間、、、



周囲は山しかない、超が付く位の

ど田舎(笑)



(イメージは本当にこんな感じ)



都会の空気と違って田舎の空気は最高だった。

空気が最高に美味い。





到着してから、100メートル先に

ゆっくりゆっくり歩いてくる人間がいた。


そう


おっちゃんだ。




作業着でタバコを吸いながら登場した


おっちゃん。



これが初めての出会いだった。(笑)


実の親父の職業は土方なので

最初の印象なんて、

うちの親父にしか見えなかった(笑)



確か、こんな会話から始まった気がする。



自分
どうも、初めまして!
おっちゃん
お前、名前何て言うんだ?(タバコ吸いながら。)
自分
(´-`).。oO(本当に親父みたいだな。

「健太です。今日はお世話になります!」
おっちゃん
そうか。健太か。よろしくな。」

着替えたら、早速田植えの仕方教えてやるから

着替えたら作業に入るぞ。
自分
わかりました!!



田植えが始まると

おっちゃんは丁寧に田植えを教えてくれた。



田植えしながら、おっちゃんと

仕事や家族の話をしていた。




実は、うちの母が2週間前に友人に誘われて

茨城の田植えに来ていた。



なので、母は今回で2回目。



前回

母はおっちゃんにオレのことを

ベラベラ喋っていた。



その流れから



おっちゃん
お前、中学校の時、大変だったんだってな?母ちゃんから聞いたぞ。
自分
´-`).。oO(また人にオレの話しやがって。

そうですね、、、、中学の時は…





その話から中学の時に両親が離婚した話や

そのタイミングでイジメられていたときの話まで。




本当に親父みたいな人だったから


初対面か!ってくらい


気づいたら自分のことを

2時間近く話していた。


その話を聞いた、おっちゃんは


おっちゃん
お前の母ちゃんや
お前もそんな辛い過去があったんだな。

辛いことだったり、
母ちゃんに言えないことがあったら
いつでもオレに電話してこいよ!

24時間、いつでもオレが
相談に乗ってやるから!
自分
ありがとうございます!



当時は実の親父とも音信不通だったので


内心、、、


自分の親父が側にいるみたいで本当に嬉しかった。



母と喧嘩したときや仕事で辛いことがあったら

いつも、おっちゃんに電話をしていた。




自分
もしもし。おっちゃん?
おっちゃん
おー健太、どうしたんだ?
自分
母と喧嘩しちゃいました。
おっちゃん
そうか、そうか
自分
…の理由で…。



おっちゃんが電話越しで笑いながら


おっちゃん
そうかそうか!

でもな、健太。

母ちゃんはお前の為に言ってくれてるんだぞ?

そんな他人が言えないことを
息子に言ってくれる、
母ちゃんに感謝しなさい。

タイミングを見て、謝ったらいいから。
自分
うん。わかったよ。


こんな家族の喧嘩でさえも

自分のことのように考えてくれる

本当に人情味に溢れるおっちゃんだった。



関西に転勤する前もに

このお金取っとけ!って言われて

交通費を渡してくれた。



本当に実の親父みたいだった。



それからと言うもの、夏前になると必ず

茨城のおっちゃんのところに田植えをやりに行った。



おっちゃんと出逢ってから2年が経った4月。



おっちゃんが東京に来ていた。



半年ぶり位の再会だった。


しかし、

いつものおっちゃんの姿とは違っていた。


顔がこけて、やせ細っていた…



自分
おっちゃん、かなり痩せたね。大丈夫?
おっちゃん
うん。ちょっと最近寝れなくてな。

ご飯も食べれねぇんだよ。
自分
おっちゃん、あんまり無理するなよ。



その会話から2週間後…


おっちゃんは病院に入院していた、、、



母から電話があり

自分は直ぐに病院へと向った。




おっちゃんがいる病室に着くと



更にやせ細ったおっちゃんがそこにいた。



おっちゃん
おう。健太!元気か?




ニコッと笑顔を見せてくれた、おっちゃんに少し安心をした。




健太
元気だよ。おっちゃん容態はどうなの?
おっちゃん
末期の大腸ガンだ。もう、そんなに長くない。




ちょっと涙をこらえた。



もう、あんまり話せないのかな?って。



そのことが頭の片隅にはありながらも

病室でまた色んな話をした。



最近あった出来事や仕事の話まで

そんな他愛もない話におっちゃんは

笑ってくれた。



喋った時間はあっという間だった。



話の中で、おっちゃんは


おっちゃん
母ちゃんや家族を大切にするんだぞ。

人の為に頑張りなさい。一生懸命やりなさい


って言っていた。ことを覚えている。



どこまでも人思いな、おっちゃんだった。



別れ際


自分
こんなところで絶対死ぬんじゃねぇぞ!

また田植え絶対行くからな!
おっちゃん
当たり前だ!



最後にそう言って握手を交わした。



でも

もう力が全然入ってなかった…。



笑顔で病室を去った後に


自分は堪えられずに


泣いてしまった。



その握手の感触で死が近いことを

確信してしまったから。




その1週間後におっちゃんは



天国へと旅立った…



自分が人に冷たくしてしまったとき


人に対して思いやりが足りなかったとき


おっちゃんのことを思い出しながら


いつも空を見上げながら、

自分に問いかけている。





自分はおっちゃんみたいに人に優しくできてるかな?



おっちゃんみたいに思いやりをもててる自分でいれているかな?って。



その度に少し泣きそうになるんだ。



第2の親父、おっちゃんは自分に

人としての大切なことを教えてくれた。



そんなことを先日思い出して

この話を残したくて、ここに書いた。



おっちゃんが亡くなった今

おっちゃんのお弟子さんが後を継いでいる。



亡くなった今でも毎年届くお米。



おっちゃんやお弟子さんが作った米は最高に美味い。



噛めば噛むほど味わいが出てきて、とっても甘い。



みんなに食べてほしいくらい。


でも、おっちゃんの美味しいお米は


全然、口コミや周りに広がらなかった。



それを感じた僕は


2年前からWEBマーケティングの世界に飛び込んだ。


おっちゃんのお米のように

まだまだ、広がりを見せない商品って

世の中に沢山溢れていると思ったから、、、


おっちゃんがいたから農業が好きになれた


おっちゃんがいたからWEBの世界で仕事ができているんだよ。


そう、天国のおっちゃんに感謝を伝えたい。


そして、WEBマーケティングを通して


おっちゃんが作ってくれた美味しいお米


そういった素晴らしい商品が世の中に広がっていくこと


それが僕の今世での役目だと思い


今、こうしてWEBの世界で仕事をしている。



その世の中の役に立つことこそが


少しでもおっちゃんの恩返しだと思っています。


自分が今あるのはおっちゃんのお陰で


本当に感謝している。


そんな米みたいに味がある人間に

なりたいと思ったよ。


本当にありがとう、おっちゃん。





そして、最後まで見てくれた方、
本当にありがとうございましたm(_ _)m


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