引きこもりが何故かバイクに跨り、人生というツーリングを始めて、未だに続けている話

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親父
バイクは買ってあげるから、バイク通学しなさい!
バイクなんて絶対嫌だ!怖いし死ぬし!


バスと電車を乗り継ぎ1時間ちょい、家からちょっと遠い工業高専に入学した僕は、バイクで通学した方が、定期代より圧倒的に安いという理由で、親にバイク通学を勧められました。


普通はバイク通学なんて反対されるだろうけど、うちの親はバイクを買ってあげるから、バイクで行ってくれと提案したわけです。ここで男子たるもの「ヤッタァ!」と思うのでしょうが、僕は全力で拒否しました。


だって、バイクって体が外にむき出しで、転んだりしたら危なそうだし、、、ってか僕はインドア派だし、、、絶対バイクなんて嫌だ、それと、バイク乗ってる人って、なんか怖そうだし、、、(汗)



これは、一人の引きこもりが、バイクを通じて、人生というツーリングを駆け抜ける話です





趣味は勉強、友達なし、暇があればゲーム三昧!反抗期はなく、内気な引きこもり、それが学生時代の僕でした。悪いことなんて絶対ダメ、道から外れるのもダメ、ましてはバイクなんてダメ!沢山勉強して、将来は一流企業に入ってバラ色の人生を送るんだ(えっへん)


親がそれなりの会社に勤めていた僕は、良い学校に入って、良い会社に就職するのがこの世の全てであり、それこそが人生の正義であると子供の頃から悟っていました。



そんな僕が進学したのは5年生の工業高専。


ゲームが命だった僕は、将来はゲームクリエイターになりたかったので、プログラミングを勉強していました。授業1回90分×6回、間の休み時間は10分、毎日ひたすら勉強勉強!勉強が好きだった僕は、初めの頃は成績もよかったのですが、その後徐々に悪化。


それまで友達というものを作っていなかった僕は、相談できる相手もなく、一人であれこれ思い悩むようになり、学校を休みがちになりました。


自ら決めて入った学校なので、親にも相談出来ず、学校に行くフリをして、そのままブラブラと過ごして休んでました。まるでリストラされたサラリーマンが、奥さんに言えず、見かけだけの出勤をするように、、、


そして、3年後、僕は結局高専を中退しました。



引きこもりがバイクに目覚める

中退後はアルバイトに明け暮れる毎日。

それまで、勉強しか知らなかった僕は、働いてお金がもらえるという事に喜びを感じ、案外楽しく毎日を過ごしていました。しかし休日は相変わらず家でゲーム三昧、外に出る事はほとんどありませんでした。


それから1年後、僕はIT系の専門学校に入学しました。ガッチガチの高専に比べると、緩い感じの学校だったので、アルバイトはそのまま続けて、稼いだお金と親の援助で車の免許を取得!そして、ここであるものに目覚めます、それはまるで運命のごとく。


バイクって、、、なんだかカッコいいなぁ、、、


僕は車はもともと好きでした、親が車好きだったのもあって、将来はカッコいいいスポーツカーを買いたい!と密かに夢を抱いてました。しかし、免許を取って車に乗ったら、なぜかバイクにも興味が出てきたのです。



そうです、親がバイクを買ってくれると言っても、全力で拒否した、あの大嫌いだったバイクに。


それから僕は、毎日ネットでバイク情報を漁っては、バイクの知識をどんどん吸収していきました。そして、バイトで稼いだお金を全て教習所にぶち込んで、人生で初めて、バイクという乗り物に跨りました。


実はここからが、僕の人生の本当の始まりだったのです。


今考えると、超保守的だった僕が、なぜ自らバイクに興味を持って、勢いで自主的に免許を取るまでに至ったのか?これこそが人生の不思議ってやつでしょうか?



初めてのツーリング IN 北海道

原付すら乗ったことがなかった僕は、教習中に数え切れない程転んで、規定の教習時間を大幅に超えてしまいました。今までの僕なら「あぁ、もうやめーた」と言ってしまうところですが、何故かバイクの教習は頑張れたのです。


そして、晴れて念願のバイクの免許を取得しました!当然のように自分のバイクが欲しくなり、親に借金をして、初の愛車「SUZUKI BANDIT250」を購入、バイクライフをスタートさせました。


初めて買ったバイクは、実はオークションで購入したもので、かなり当たりが悪かったです。エンジンがかかるか、かからないか?毎回運次第。すぐに調子が悪くなり、バイク屋に入院の日々。人と話すのが苦手な僕にとって「バイク屋に行く」というのは、かなり勇気のいる行為でした。


バイク屋って、なんだか怖そうで、素人お断りな感じで、、、そんなイメージを勝手に抱いていたからです(とても親切なお店でした)



そんなこんなで、トラブル続きのバイクライフも落ち着いて来たある日、たまたま立ち読みしたバイク雑誌の記事に、僕は釘付けになりました!


バイクで行く北海道!?


バイクで北海道?しかもバイクにテントを積んでキャンプ?なんだかこれって、、、男のロマンってやつじゃない?、、、引きこもりだった僕が、何故か男のロマンに引かれ、その後バイクで北海道まで行くのに、長くはかかりませんでした。



夏休みにバイクで北海道一周してくる!
親父
((((;゚Д゚)))))))


親はきっと、僕の頭がおかしくなったと思ったのでしょう(笑)そりゃそうです、家から一歩も出ない引きこもりな息子が、バイクに乗って北海道を一周するとか、それはそれは心配だったことでしょう。


バイクに乗り始めたら、いつのまにか外に出るのが好きになっていた僕は、学校の夏休みを利用して、2週間で北海道を一周してきました。見るもの全てが新鮮で、毎日がとても充実していました。


強烈に雨に打たれて大変な思いをしたり、泊まるところがなくて、道の駅で泣きそうになりながら野宿したり、夜の人気のない道で転んでしまって、途方に暮れていたら、工事現場のおじさんが、プレハブ小屋に泊まらせてくれたり(内心、身ぐるみ全部とられるんじゃないかと)


それはもう、僕にとっては人生の初めての大冒険だったのです。



ちなみにこのとき僕は22歳、

だいぶ遅咲きの青春がバイクを通じてやってきたのです。






就職と退職

北海道から帰ってくると、僕の頭の中はバイク旅でいっぱいになりました。バイトで稼いだお金は全てバイクに投入、その後、学校の休みを利用しては、東北、四国、九州をバイクで廻りました。


この時点で「良い会社に就職する」と言う選択肢は、僕の中で完全に消え失せていました。もっともっとバイクで色々な場所を旅したい!ようやく訪れた遅咲きの青春!


しかし、専門学校を卒業した僕には、就職の選択肢しか残されていませんでした。



地元のデザイン会社に正社員として就職した僕は、愕然としました。

朝の6時に家を出て、帰るのがその日の深夜、または翌日、、、寝るためだけに家に帰って、再び翌朝6時に家を出る。週休2日ではなかったので、土曜日も出社、日曜日も結構な頻度で休日出勤、、、それでいて手取りの給料は13万、、、今でいう、明らかなブラック企業でした(当時その言葉はまだありませんでした)


ちなみにボーナスは、、、1万円ぽっきりでした(バーゲンセールですか?)


しかし、他に選択肢がなかった僕は「これが会社か、世の中の人は皆これに耐えるのか、すごいな、、、僕も耐えないと」と考え、例により誰も相談できる相手がいなかったので、一人でどんどん精神的に追い込まれていきました。



たまにある連休に、バイクで旅することだけが生きがいでした、、、そしていつしか頭の中に「バイクで日本一周したい」という想いが芽生え始めていました。


繰り返される仕事しかない毎日に、僕はついに耐えられなくなり、上司に辞めます!とメールを送って、そのままバックれるという斬新なスタイルで逃げるように退職。


見事に職を失った僕は、バイクでの日本一周に向けて動き出しました。



運命の一台との出会いと失恋

その後、日払いのバイトでお金を貯めながら旅の情報収集、親はもちろん呆れていました。そして、会社を辞めて半年後の2006年。日本一周の相棒のバイクを探していた僕は、運命の出会いを果たすことになります!


「HONDA XELVIS(ゼルビス)」


世界のHONDAが誇る250ccの不人気絶版車ですが、人と被るのが嫌いな僕には、どのバイクよりも輝いて見えました!日本一周の相棒を毎日調べまくっていた僕は、ついにたどり着いたのです、このXELVISという選択肢に。

そして、このバイクとの出会いが、

今後の僕の人生の道しるべになるとは、この時は全く思ってもいませんでした。



このバイクで日本一周をしよう!

そう決めた僕はバイク屋を物色、程度の良いXELVISを見つけた僕は、その日に契約しました。


バイクの楽しさを教えてくれた「BANDIT」に涙の別れを告げ、新たな相棒を手に入れた僕は、2006年4月、ついにバイクでの日本一周の旅へと出発しました!当時24歳、やっと自分のやりたいことを自ら切り開いたのです。


毎日が大冒険、見たこともない景色に、様々な出会いにトラブル、そして人生初の女性とのロマンス!大変なことも沢山ありましたが、それでも毎日XELVISと一緒に泣いて笑って、時に転んで、僕とXELVISは、北は北海道から南は沖縄まで、文字通り日本を一周しました。



そして1年後、、、日本一周でロマンスを経験した女性と付き合うことになりました!因みに彼女は愛媛県民、僕は宮城県民、、、そうです、僕の初恋は遠距離だったのです。


その結果、女性と付き合った経験がなかった僕は、感情のコントロールが出来ずに、自ら愛媛に移住するという暴挙に出ました。


愛媛に移り住んだ僕は、彼女との楽しい毎日を想像していましたが、、、その夢は1ヶ月で消え失せました、、、僕があまりに勢いが良すぎて、きっと重く感じたのでしょう。彼女の方からフェードアウトされてしまいました。



人生初の失恋を経験した僕は、生きる気力を失い、自暴自棄になり、、、お先真っ暗状態。1日の半分以上を押入れの中で生活していました。


人生の色々な経験を、するべき時にしていなかった僕は、色々な面で未熟でした。まさに遅咲きの青春時代。しかし、これもバイクがもたらしてくれた人生というツーリングの1ページでした。



オーストラリア一周

失恋で、すっかり意気消沈した僕は、半年後に宮城の実家に戻ることになりました、、、しかし、この時、僕の頭の中には、ぼんやりと浮かんでいることがあったのです!


バイクで、、、オーストラリアを走りたい!


日本一周をしたライダーが、次に目指すのは海外!それもオーストラリア!360度の地平線の中をバイクで駆け抜ける!またしても引きこもりが、男のロマンに憧れたのか、それとも、失恋したエネルギーの向かい先がバイクだったのか、、、


それから1年間、派遣社員をとしてお金を貯めながら、毎日必死に情報をかき集めました。なんせ、海外に行くこと自体が初なのです。海外に行ったこともないのに、しかもバイクで一周?


あの時の僕の行動力や否や、自分でも驚くべきものでした。



そして2008年12月!僕は初めての海外、オーストラリアのシドニーに上陸しました。日本とは全く違う空気感、文化、そして英語、、、最初はとにかく毎日帰りたかったです(汗)なんで僕はこんな場所に来たんだ?自問自答を繰り返す日々。


そんな生活が1ヶ月続き「もう嫌だ、帰りたい」と全てを投げ出そうかと思っていた矢先、吉報が入りました!



愛車XELVIS、オーストラリアに到着!


実はバイクは船便で、3ヶ月前に現地に送っていました。日本からの一時輸出「カルネ」という特殊な手続きのために、僕の手元に来るまで時間がかかっていたのです。


現地でXLEVISと再開した時、僕の中で何かが動き出しました!よっしゃ、オーストラリア一周開始!滞在していたシドニーのゲストハウスの契約期間はまだ残っていましたが、僕は速攻旅立ちました。先払いしていた、決して安くない宿泊費より、僕は一刻も早くバイクで旅に出たかったのです。



いざ、バイクで異国の地を走り出すと、まさに水を得た魚!昨日までの「帰りたい」という気持ちは一気に失せ、僕は毎日XELVISと共に、オーストラリアの広大な大地を駆け巡りました!隣町は300km先、走っても走っても永遠と同じ風景、遥かに見える地平線!



そこには、僕が思い描いていた、360度地平線の世界が確かに存在していました!


全然話せなかった英語も、引きこもりの得意分野デジタル脳で、当時世間に出たばかりの「iPhone3G」のアプリを使って切り抜け、バイクのトラブルも、現地の日本人メカニックの方に親切に解決してもらい、異なる文化も食生活も、毎日トライアンドエラーを繰り返し、僕はXELVISと旅を続けました。





運命の女性との出会い

旅の後半、いよいよ絶対にバイクで行きたかった「エアーズロック」が近づいて来ました。


そして、エアーズロックへ向かうスチュアートハイウェイ手前の小さな田舎町「テナントクリーク」にて、一人の女性と出会いました。その日は寂れたゲストハウスに、たまたま僕とその女性だけが泊まっていました。


こんにちわ、日本人の方ですか?
???
あ、はい(無表情の無感情)


や、やばい、、、そもそも、引きこもりの僕が、自ら女性に声をかけるとか、、、頭の中が海外生活でおかしくなってしまったのだろうか?とにかく、あまりに素っ気ない返事を返された、その女性の正体とは?


、、、実は、その女性こそ、僕の運命の人だったのです、つまりは結婚する女性でした。



その日は、お互いの旅の話で盛り上がり、次の日彼女は再び旅立ちました。


しかし、その後、会う約束をしていないのに、旅のルートが似ていたからなのか?次々と偶然の再開のオンパレード。無事にオーストラリアを一周して、スタート地点のシドニーに戻って来た頃には、お互いに意識し合う仲になっていました。


どうやら僕は、バイクで旅をしないと女性と巡り合わないようです、、、



因みに念願の、バイクでエアーズロックを達成した瞬間は、今でも鮮明に覚えています。




二人でバイクで日本一周

オーストラリアから帰国後、彼女と自然にお付き合いが始まり、、、もともと冒険肌の彼女が、バイクに興味を持つまでに、そう時間はかかりませんでした。


そして、僕らは二人でバイクで日本一周することを決意!


出発は2011年6月!そう、あの2011年です。
僕の地元、仙台に住んでいた二人は、ついにあの日を迎えました。



東日本大震災



震災直後は、さすがに今年旅に出るのは難しいと思っていたのですが、結果僕らは、予定通りバイクで日本一周の旅に二人で旅立ちました。


こういう時だからこそ、何か行動すべきだと思ったのです。


ちなみに、彼女がバイクの免許をとったのは震災後、しかも旅に出たのはその1ヶ月後です。バイクの免許を取って1ヶ月後に、初めてのツーリングが日本一周!全くもって彼女の行動力には驚かされます。


震災直後に、被災地のナンバーをつけたバイクが全国を駆け巡ったので、道中沢山の方から暖かいメッセージを頂きました。そして、そのお陰で、2台のバイクは無事に47都道府県を巡り帰って来ました。


帰宅後、彼女とは結婚、僕らは晴れてライダー夫婦になりました。


二人を結んでくれたXELVISは、10万キロを達成!




徐々に転落、そして、、、

初めての就職で「正社員恐怖症」になった僕は、結婚後も派遣社員として生計を立てていました。


長期の休みは二人でバイク旅、それなりに楽しい結婚生活を送っていましたが、仕事のストレスで一度体調を崩した時から、徐々に生活が悪化。そもそも派遣社員の収入で、バイク旅をしながらの結婚生活、いつか陰りが見えてくるのは当然のことでした。


その後関東に引っ越し、再起を図りましたが、、、もともと会社で働くことが苦手な僕は、関東の仕事の忙しさについていけず、職場を転々、ついには無職になりました。


終わった、、、人生詰んだ、、、そんな時、僕がバイクで旅を始めた頃から、うっすらと頭の中に描いていた夢が、突如目の前に現れました。



バイクで旅をしながら仕事が出来る?



「好きを仕事に」人生を謳歌している!

そんな夢のような生活を実現出来ている方々と知り合えたのです。それに可能性を感じ、もうこれしかない!と思った僕は今、夢の実現に向けて、日々活動しています。


失敗ばかりの毎日で、凹む日々ですが、、、

それでもまだあの日、バイクに乗り始めた日から続いている



人生という名のツーリングを今でも続けています。



ふとした瞬間に頭をよぎる事があります。


「もしもバイクに乗っていなかったら?」


人生は決まったレールの上で流れていくもの

友達もいない、相談できる相手もいない

そもそも誰とも話したくない、思い通りにならない事は嫌だ。



しかし、僕はバイクに乗って


遅咲きの青春を手に入れ

人と出会い、大切な人と結ばれ



バイク旅を通じて


日本という国の素晴らしさを知り、

異国の文化に触れ、まだ見ぬ世界が沢山ある事が分かりました。



僕は未だに引きこもりの、あの頃の自分のままです

だからこそ、これからもバイクに乗って


外の世界を見て行こうと思います!



長文を読んでいただきまして、ありがとうございました!

読んでよかった
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凄い引き込まれます!

優介さん
ありがとうございます!優介さんのストーリーも一気に読んじゃいました!

初めて読ませていただきました。
なんとゆうか境遇がすごく似ていて、気づいたらスーッと引き込まれて一気に読んでしまいました。 自分も同じライダーとして勇気をもらいました!

祐太さん
同じライダーからの嬉しい感想ありがとうございます!

境遇が似ている!祐太さんのストーリーお待ちしてます(笑)

平塚 大地

日本をグルッと2周 オーストラリアをマルッと1周済! 明日も明後日もツーリング! バイクで旅する「さすライダー」 愛車: 走行距離10万km超のゼルビス 2013年式R1200GS

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平塚 大地

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