超ビビりの3流大学生、就活をあきらめ休学。フィリピン留学に人生を救われた話。

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気づいたら僕はフィリピン・ダバオの地で思いっきり泣いていた。


これは僕がまだ大学生だったころの話。

3流大学生。超ビビり。貧乏。


過激に表現しているわけではない。これは当時の僕にピッタリの表現だ。


就活や転職で悩んでいる人は多い。


僕も大学3年生の当時、就活でとても悩んでいた。

何より日本の就活はとっても難しい。

大学生でぬるま湯につかりまくってても、本当に大切な社会の厳しさは誰も教えてくれなかった。(話を聞く気もなかったのも事実だが。)


社会は僕たちに容赦しない。就活が始まれば、いきなりこう問われる。


「あなたがこれからやりたいことは何ですか」

「あなたの強みは何ですか」


この問いに答えられるあなたはとても優秀です。安心して就活していい。

僕は当時これを聞かれたら、開き直って「正直大学生活では友達と遊んでしまいました。これから頑張りますね、テヘ」と答えるしかやりようがなかった。


英語は、一番自信のあった分野だったが、

こと英会話においては、

Yes, I think so.

と人の話にうなずくのがせいぜいだった。


恐ろしき就活の幕開け


大学生3年生の秋と言えば、就活の時期。


いよいよ大学生最大のイベント、就職活動が近づいてきた。


ハアー。。。。


大嫌いなリクルートスーツに身を包み、鏡を見て僕はため息をついていた。


今までの僕と言えば、大学で何かを頑張ったわけでもなく、めちゃくちゃリア充していたかというとそんなこともない超平凡な学生。バイトと飲みの繰り返し。


大学3年生から始めた読書も意識ばかり高くなってしまい、「意識高い系(笑)」に所属するはめになり、逆に足かせになってしまっていた。


とにもかくにも、就活で活かせる武器などどこにもなかったのだ。


不純な動機で交換留学に興味を持つように


就活が始まる少し前(2013年6月頃)、サッカーをやっていた時から海外に憧れがあった僕は、大学の制度を利用したハワイへの交換留学を企てていた。


というより、遊びたくてしょうがなかった。

海がある場所で、パツキンの女子を招いて、死ぬほど遊んでやる!


そんな不純な動機がきっかけだったと思う。


留学の良いところは、遊んでいても英語さえできるようになれば、世の中が認めてくれることだ。

ずる賢い僕はそんな世の中の盲点を突こうとしていた。(そんなことは企業の人事には筒抜けであるとも当時は知る由もなかったのだ)


なにより交換留学は大学の奨学生として、日本での学費を半分払うだけで行けるという画期的な留学システムだった。

交換留学について少し掘り下げると、この制度に申し込むには、来年の3月までにTOEFL ITP530以上のスコアを取ることが事前に必要。(※学校により条件が全く異なる)


TOEICに換算すると650点程度。他の海外の大学もいろいろあったがそれより厳しいTOEFL ITB(スピーキングやライティングもある)でハイスコアが必要とされる。


就活か留学か

僕に残された選択肢はこの時点で2つ。


就活をやりながらTOEFLの勉強。

就活を捨てきっぱりと留学にフォーカスするか。


そんなことを考えていたが、ハワイへの留学は生活費だけで年間で150万円以上かかりそうだということもわかり、これに大学の施設費を除いた半分の学費である30万近くが発生することを考えると、いくら学費のかからない交換留学といえど、資金的にかなり厳しかった。


なおかつ交換留学したとても、経済学部の勉強にこれ以上興味のない僕がついていけないことは目に見えていた。


唯一の希望であった現実逃避プランも消し去られそうになっていた。


結局就活するしかねぇのかよ。。ハアー、嫌だな…


就活と言えば、自己PRが重要だ。


ということで、何もない自分から必死に何かを絞り出すために、とりあえず今までの人生を振り返ってみた。


長くなるので、省略しながら簡潔に自己紹介。


山梨で生を受ける


小学4年生〜高校1年生 プロを夢見るサッカー小僧


高校1年9月 日本のプロサッカーの厳しい現状を知り、高校中退


高校の普通科に再入学し勉強も大してせず平凡に3年間を過ごす→地元の短大に入学し、こちらも平凡に2年間を過ごす


都内の四年制私立大学に3年生から編入学し、バイト漬けの毎日


僕の強みは何だろう? 何度も自分に問いかけてみたが、やっぱり何も見当たらない。


中途半端に生きてきたんだ。


では大学生活で頑張ったことは何だろう? 


「大学生活は、友達と遊んではアルバイトの繰り返しの日々でした。本を150冊以上読んだので意識だけはスティーブジョブズ並みにとても高くなりましたね。」


としか言えなかった。


アルバイトも楽そうなものを探して適当にこなすだけだったし、サークルも入ってなかった。


これって人生まじオワタ。じゃん


ほんとにその時はそう思っていた。


そんな感じで将来に対して多大なる不安を抱いていた僕は、すがる思いで本だけは読んでいた。


自己啓発やビジネス書の類。


この日も救いを求めるように、わらにもすがる思いで、

僕は渋谷のブックファーストに向かっていた。


なんてことない、就活本を買おうと思っていたんだ。


本屋に入った瞬間、ビジネス書新刊コーナーの棚から、刺激的なタイトルが僕の脳裏に突き刺さる。


「日本がヤバイではなく、世界がオモシロイから僕らは動く」 


日本がヤバイではなく、世界がオモシロイから僕らは動く。


気づいた時にはこの刺激的な本を手に取り、ページをめくっていた。


この本には、海外で働き、奮闘するいろんな人達の人生が描かれていた。


「野球選手がイチローのメジャーリーグに、サッカー選手が中田英寿のセリエAに憧れるように、

海外で活躍するビジネスマンのロールモデルがいてもいいのではないか」


という著者の問いかけにとても共感した。


その中に当時の僕にとっては、とんでもなく希望に溢れた情報が載っていたのだ。


フィリピンで格安英語留学、1日8時間マンツーマンレッスン、アジアで海外インターンシップ


ギラギラ系のビジネス書には慣れている僕も、その未知なワードの数々、ドでかい世界観にワクワクを止められない。


当時、一度も海外経験のなかった僕には、全く想像できない世界…


今まで何の武器もなく生きてきた僕だけど、これなら人生逆転ホームランを打てるかもしれない!


この時決断した。


よしハワイ留学の代わりに、フィリピン留学しよう。

そしてアジアでインターンシップをしようと。


3年生が終了したら1年休学じゃ!!!


アジアでのインターンシップについての記事「就活がヤバイからベトナムで7カ月間インターンシップしたら無双状態になった話」をお読みください(※現在準備中)


フィリピン留学格安エージェントとの出会い


まずはフィリピン留学のエージェントを探さなくちゃ!

ほんとーにお金がなかった貧乏大学生の僕は、「フィリピン留学 格安」で調べまくった(笑)


そしたらね、すんごい留学エージェントを見つけてしまったのよ。


そのエージェントの名はフィルイングリッシュ!!


学費は破格だった。


月10万円以下で1日8時間以上の英語の授業と寮費・食費込み!!


見積りをするとさらに割引されるという。


4ヵ月で探していたが、なんと公式価格よりも合計10万円近く割引されるのではないか!


うさんくせぇーーーーと正直思っていたが、1万円を捻出するのに、バイト生活で必死だった僕は、ここに決めた。(結果的には、何も問題は起きなかったし、むしろこの価格で、こんなに相談乗ってくれんの?と思ったほど紳士的な企業だった。)


後日、フィルイングリッシュ主催のフィリピン留学フェアというイベントが開催されていたので、そこに行ってみた。


そしてそこでフィリピンのダバオにある、E&Gという語学学校に行くことに。


※E&Gに留学を決めたキッカケについてインタビューされました。

フィリピン留学フェアで決めた。安い費用で英語留学したい!

(表面的な話が中心ですが、参考程度に)


ダバオは底抜けに明るかった


(E&G校舎の目の前の風景写真)


いよいよ4カ月間のフィリピン留学生活が迫ってきた。


初海外とだけあって、ワクワクよりも緊張と不安のほうが大きかった。

緊張のあまり、飛行機のチケットの名前を間違えてしまったほどだ(笑)


留学先であるダバオのE&Gに到着。

目の前に海が広がるリゾートのような学校。


フィリピン留学では、イングリッシュネームといって、英語であだ名をつけて呼び合うらしい。


学校に着く前にイングリッシュネームを決めておくことになっていたので、

僕ははじめ、「めんどくさいからグレープでいいでしょ。」と適当に名前をつけた。


韓国人もいたので、イングリッシュネームを使って、英語で軽く自己紹介。

My name is grape. It's fruit's name.
E&Gマネージャー
お前バカか! 名前変更! Justinね!

という感じで、速攻でマネージャーに改名され、Justinになった。

はじめは「うわー、Justin Bieberかぁ。恥ずかしい。」と思っていたが、1週間も経つと自然と慣れていた。

詳しい話は長くなるので書けないが、この時の学校マネージャーには日本に帰ってきた今でもお世話になっている。

これぞフィリピンマジック


E&Gには、やはり愉快な仲間が集っていた。


日本では絶対に会うことのできないゆるーい日本人や韓国人。

いつもニコニコしているフィリピン人の先生たち。


高校生、大学生、旅人、サラリーマン、親子連れ、シニアまでほんとにいろんな人たちがいた。


緊張していた自分が馬鹿だと思うほど底抜けに明るいひとたちだ。

気の合う仲間ができ、毎日深夜までお互いのことを語り合った。


そんな彼らと話していると、なんだか就活で悩んでいたのがばかばかしくなってきていた。


フィリピン留学は海外初心者にめちゃくちゃやさしかった


1日8時間の授業は、はじめはものすごいきつかった。

英語ができないのに、英語で授業が行われるのだから当然だ。



Hi Justin, how do you think
Please wait... well , well I don't think so!!


はじめは何を聞かれても、「Please wait...」から始まるのが口癖。

まともな会話じゃなかった。


そんな僕にもフィリピン人の先生はめちゃくちゃ笑顔で教えてくれた。


フィリピン人は日本人と相性がいいと思う。


日本人はシャイで引っ込み思案。

欧米人のような、パーティーピーポーを相手にすると委縮してしまう。


フィリピン人は、おおらかで、明るい。

だから英語以前に、話しやすさが抜群。


人間不思議なもので、そんな環境で2週間、1カ月、2カ月と経つと、授業内で自然と英語が飛び出すようになる。


この時、物事はやり続ければ、たいていのことは実現できるのだと実感した。


フィリピン留学に来ていた人たちは、ゆるくておバカな人たちが多かったが、みんな目的意識を持ってたため、8時間の授業を終えたあとも、自習している人が多い。


僕はといえば、気合が入っていたのは最初だけで、気づけば気の合う友達と話してばっかで流されていた。


しかし、ある方法を使って、英語を話す力を磨く。


これは語学をやるのであれば、絶対の法則だと思う。


その方法とは…


英語を伸ばす最大の秘訣はEnglish Speakerの彼女・彼氏を作ること


これは僕の持論だが、英語を伸ばしたいのであれば、英語を話せる外国人と付き合ってしまうことだ。


これが英語を身につける最強のモチベーションになる。


僕は、ダバオの語学学校で、フィリピン人の先生に恋をし、アプローチした。(※フィリピン人先生と恋愛するのは、フィリピン留学業界ではタブーなので、覚悟をもって自己責任でお願いしたい。)


もちろんこの時は、英語を伸ばすためにとかは考えてなく、純粋なものだったが、

女性を口説くだけでも大変なのに、英語でとなるとめちゃくちゃ難しい。


会話ははじめは、「Hello, You're pretty girl!!」くらいな会話しかできていなかったんじゃないか。

授業で学んだ英語を彼女にすぐにアウトプットしてコミュニケーションを図るようにしたらだんだん話ができるように。


結局この彼女とは付き合ったものの遠距離となり破局になってしまったが、青春を謳歌しながら英語の上達にもつながった。


ダバオでしか味わえない青春があった



とてもよくしていた友人が日本に帰国することに。

彼らとのフィリピン・ダバオでの青春の日々を走馬灯のように、脳裏に浮かんだ僕は、思いっきり泣いた。


別れで泣いたのは、小学校の卒業以来。

大人になって、こんなフィリピンごときの別れでそんなになるとは思わなかった。


それほどフィリピンという地は、人間を純粋にしてくれる。

日本のようなしがらみが全くない世界だからこそ起きたんだと思う。


そういえば、フィリピン留学に行った人たちのほとんどがフィリピンホームシックになっていたっけ。


留学で得た最大の教訓




人は良くも悪くも環境に影響されるものだ。


これが僕が海外での休学活動を通して学んだ一番の教訓。


どんなにダメな人でも、ちょっと環境を変えるだけで、大きく変わることができる。

僕の場合は、フィリピン留学とベトナムでのインターンシップ。


よくこの経験を話すと「すごい行動力あるねぇ」と言われるが、そんなことはない。


いきなりではなく、ちょっとずつ環境を変化させてきたのだ


就活で困ったので、書店に行き、解決できそうな本を見つけて読みあさる

閉塞感のある日本からゆったりとした価値観のフィリピンに飛び出す

英語を伸ばすために外国人と付き合う


ビビりながらも一つ一つできることを素直にやっていった結果、就活で悩んでいたことも忘れ、楽しい日常が転がっていた。そして気づいたら人間関係も性格までもが変わっていた。


ちょっとの勇気で今できることを一生懸命やること。

誰かに急かされても、ゆったりとマイペースにやればいいんだ。


そんなことを言い聞かせながら僕は今日も一つ一つできることを一生懸命頑張ってます。

続編としてアジアでのインターンシップについての記事「就活がヤバイからベトナムで7カ月間インターンシップしたら無双状態になった話」を作成しています。

お楽しみに♪


拙い文章ですが、ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。感謝します!


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※追伸


僕が当時参考になった本やWebサイトを載せておくので、役立てていければ幸いです。

ネットの情報でもたくさんヒットすると思いますが、僕は本からの情報も仕入れてほしいですね。


■フィリピン留学

フィリピン留学格安エージェント フィルイングリッシュ

フィリピン留学口コミサイト スクールウィズ

■参考書籍

日本がヤバイではなく、世界がオモシロイから僕らは動く。


英語もできないノースキルの文系学生はどうすればいいのか?~就職活動、仕事選び、強みを作る処方箋


フィリピン「超」格安英語留学

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千田 裕理

Webマーケティングのジェネラリストを目指して、修行中の25歳。 副業でアドセンスブログを展開中。 大学時代には1年休学して、フィリピン留学とベトナムにて広告営業のインターンシップをしていました。

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千田 裕理

Webマーケティングのジェネラリストを目指して、修行中の25歳。 副業でアドセンスブログを展開中。 大学時代には1年休学して、フィリピン留学とベトナムにて広告営業のインターンシップをしていました。

千田 裕理

Webマーケティングのジェネラリストを目指して、修行中の25歳。 副業でアドセンスブログを展開中。 大学時代には1年休学して、フィリピン留学とベトナムにて広告営業のインターンシップをしていました。

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