天使の囁きは悪魔の声


なんの気無しにラジオに耳を傾けていた時にその言葉が聞こえてきた。


「クラウドワーキング」


鬱で悶々と日々過ごしながらも、一人で外へ出ることはままならない。一般企業でロクに働けもしなくなった自分にとっては、「天使の囁き」にも聞こえた。


在宅ワークというものは昔からあるにせよ、それは内職というイメージでしかなかった。しかし、クラウドワーキングという響きはそのイメージを大きく変えてくれたのだ。


早速A社に登録。プロフを完成させるとあっという間に依頼が来た。


「健康」やら「美容」、「学習法」に関する書き物、あるいはスポーツ選手にまつわるブログなど。


マニュアルもさほど難しくはない。指定された体裁に整えれば後は誤字脱字、文体の正確さだけ気をつければよい。


とにかく書いた。コツを覚えてしまえばそんなに時間もかからない。


ちゃんとこなせば小遣い程度の金額にはなるクラウドワーキング。それは間違いない。


その匿名仕事を積み重ねたおかげでライターとして、キュレーターとして幾つかのサイトに名前を出して書くこともできるようになった。


やがてスカウトメールまで届くようにもなった。


ここまで来ると完全に有頂天になる。自分の文章が認められていると勘違いするようになるのは至極当然だ。


勿論書いたものに対して批判を受けることもある。だが批判があるということは読んでいただけた証拠と考えればよい。ましてや反応していただいたのだと考えれば悪い気もしない。


そんなふわっとしたライター気分に浸っていた時に起こったのがWELQ事件だ。


WELQにもわずかばかりだが投稿したことがある。ただ、ここのサイトは報道されている通り本当に誰でも書けるぐらいの徹底した「マニュアル」があった。


ただ、自分の場合はマニュアルに完全に従うことをしなかった。他の方が書いたものを参考にはしても「コピペ」や「パクリ」はどうも受けつけなかったのだ。


何も考えなければコピペは非常に楽だろう。しかし、その文章の中に「自分らしさ」を取り入れようとすると文体が必然的におかしくなるのだ。確実に話の前後が繋がらなくなる。でもコピペ大好きライターが可愛がられるタイミングだったのだ。


ライター気取りでいることが嫌になってきたのはおそらくこの頃だろう。


クライアントの要望に応えるのは「仕事」だから止むを得ないが、こんなまがい物を読んで誰が得するのだろうかと考えるようになったのだ。


割り切って書こうと思えば今でもクラウドワーキングで書くことはできる。虚しさが残ることを我慢すれば。


でも、我慢はできない。そんな書き物はもう残す必要もない。とても小さな、吹けば飛ぶような誇り。


だがそんな誇りも時には大事なのかもしれない。


あふれるほどの情報が垂れ流されている世界。読み手も積極的に情報を仕入れるというより、受け身で取捨選択するのが主流。


そこに禍々しくなる可能性のある、必要悪へとつながるかもしれない情報を垂れ流す必要はないだろう。


天使の囁きは悪魔の声。


自戒。




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