⑭ 無一文で離婚した女が、女流官能小説家になり、絵画モデルとなって500枚の絵を描いてもらうお話 「突然彼の家に行って見たら」
引っ越してから三ヶ月目のことです。
ある夜、宛名を書くマジックがなくなっていることに気が付いた私は、コンビニに行きマジックを買ったついでに、そこから近かった彼の家に寄って見よう、と考えたのです。
「こんばんは~」
勝手に扉を開けて室内に入ります。
と、そこにいたのは、彼の妻。
テレビの画面。
ちゃぶ台の上には、手づくりのお寿司とデザートの彼が大好きなかんてんゼリー。
二人で仲良く膳を囲んで夕食を食べていました。
そう言えば数週間前から、家の中が妙にかたずいてきれいだったんです。
「先生、これはどういうこと?!」
なじる私に、
「これは後で説明するから、明日きっと」
彼はあわてふためいて必死で説得します。
そして翌日、彼から打ち明けられたのは、驚くべき事実でした。
彼の妻は、彼の挿絵画家としての仕事が少なくなってきてから、ずっと近所の食堂にパート勤めに出ており、彼と別居した後も、その食堂で働いていて、彼に経済的援助をし続けていたこと。
毎晩彼は、彼女の勤め先の食堂に行き、
「お前のために、俺は妻から毎晩食堂の残り物の食事をわけてもらってたんだ。残飯をもらってたんだ。そんな屈辱に耐えていいたんだ」
と言います。
彼の妻は、毎日実家から通勤していたのです。
彼女はたいへんな資産家の娘であり、彼が住んでいる家も土地も、すべて妻名義であること。
新しい家も、彼女の実家からの資金で建ったこと。
彼女が実家に帰っていたのは、実家が男所帯で女手がいない状態だったので、彼女が必要だったため。
若いお嫁さんも来て女手ができたので、彼女は実家を出て、彼のアトリエの近くにアパートを借りた。
それが三ヶ月前のこと。
彼がそれをOKしたのは、私と喧嘩していて何週間か別れていた間のことだと言う。
彼とつきあって5年目くらいから立場が逆転し、彼は私のアパートには来なくなり(電話をかけるのも私から)彼からのDVもぴたっとやんでいたのに、私のほうがささいなことで彼を罵り、それを苦にした彼が、一人部屋にこもって大酒を飲んでしまうことがあったんです。
その時も、彼がグラビア雑誌にのっている女優のポートレートを褒めた。
それが気に入らなくて喧嘩になり、彼がどう謝ってもきかず私はアトリエからアパートに帰ってきてしまいました。
その後も電話で、喧嘩を続けて、
「私を好きじゃないから、女優を褒めるんでしょう」
「そうじゃない、そうじゃないよ」
「もう絶対に先生のところへは行かない!先生のアトリエなんか二度と行かないから!!」
「お前が来ないと絵が描けない。俺に、俺に死ねと言うんだな」
彼の呼吸が電話口の向こうで荒くなります。
すすり泣いているようです。
「死にたかったら死ねばいいのよっ! 絶対に行かないからっ」
私は電話をがちゃん、と切りました。
夜には彼の方からは私に電話をかけてこない。
それは約束しています。
彼は酒を浴びるように飲んで部屋に倒れていたそうです。
それを見つけた彼の妻が、
「こんなことじゃあなたの体が心配。この家には戻らないから、近くに引っ越してきます」
彼の(本当は奥様名義の家なんですが)アトリエからほんの数分のアパートに越してきたんです。
「家内がこの家に直接帰らなかったのは、お前に遠慮してのことなんだ」
「家内は仏のような心の持ち主で、僕とお前が絵を制作する事を応援していてくれる。あなたいい絵を描いてくださいと言ってくれている」
彼はそう言いますが、私は彼女の女心がわかります。
奥さんは彼を愛しているから、本当は一緒に住みたいのでしょう。
「先生なぜ私に、もっと早く本当のことを教えてくれなかったの?」
「お前とは、夢の中にいたかったんだよ。美しい夢の中に…」
その夢は、なんとはかない夢だったのでしょう。
※ ※
「この家にはメス猫一匹あがらせないって言ってたじゃないの! 先生の嘘つき!」
「先生は私を裏切ったのね」
私と喧嘩が絶えず、また彼は酒を浴びるように飲むようになってしまいました。
「別れましょう。先生は奥様と暮らして」
別れ話を切り出すと、彼は暴力をふるい、脅すのです。
「お前は俺に絵を描かせてくれると言った。その約束はどうなる!」
[どうしても別れると言うなら、お前がどんな女か、文壇中に言いふらしてやるぞ!!」
別れようと言う私と、絶対に別れないと言う彼。
平行線のままです。
そんな状態が続いて半年後。
私と奥様、彼、3人でファミレスにいき、話し合いました。
ここだ、と思った私は、
「先生、私と奥様、どちらを取るかはっきりしてください」
とせまりました。
彼に、妻をとる、と言わせようと思ったのです。
いくら我が儘な私でも、こうなった以上は彼は奥様と暮らしたほうが幸せなことがわかります。
こんな状態を続けていてはいけないのだ…。
しかし彼は奥様に向かってこう言ったのです。
「モデルがいないと絵が描けない。モデルは、お前より、いや俺自身よりももっと大切な存在なんだ」
その言葉を聞いて、わかったわ、好きなようにしたらいいでしょう、と奥様は席を立ちましたーー。
そのあと、私たちは話し合いました。
彼は言います。
「いい絵を描く。それを後世に残す。それをひたすら妻も望んでいる。それしか、俺たちに残された道はないんだよ…」
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