手紙がつないでくれたもの 「今、生きてる?」

このエントリーをはてなブックマークに追加
6

私は、子供の頃から書くこと、描くことが好きだった、というより自然だったことに随分と後で気がついた。ドッジボールはすごく苦手だったので、休み時間や放課後はなるべく逃げていた。大きな岩の裏に友達と隠れて、土の上に文字を書いてヒソヒソ話よりずっと小さな声の会話をしていた。


幼稚園で、カレンダーを作っていて、イラストを入れ、毎月の日付が入った表を作り、最後の最後に表紙に太いマーカーでカレンダーと書こうとして、


カレンーダ


と書いてしまい、号泣(;_;した事を覚えている。


子供の時は、長期休みの間だけでなく、毎日会う友達とも手紙の交換をしていた。休み時間は、ノートを広げて、言葉を発することなく、


ひたすらみんなでイラストだけで会話をしていたこともある。


今は死語かもしれないけど、交換日記や、文通なるものもしていた。文通は英語である程度表現できるようになってからはその相手は世界中にできた。(または相手が日本語で書いてくれた)には無い、手紙ならではのあったかさや、面白さがあった。



有名人には住所を書かなくても届くと思っていて、

封筒には名前だけ書いたファンレターを送ったら(アメリカ宛)


住所不明で届けられませんのハンコが押されて戻ってきた。


ストーリーを作ったり、うたを作ったりした。帰り道、友達と挨拶や会話代わりに、いつものうたを歌った。


紙の上のおしゃべりは楽しかった。


学生の時、たまに話したりするくらいの同級生からの年賀状にこう書いてあった。

「たいこちゃんはいいな。パーフェクトな感じで羨ましい」

その子は明るくてサラッとしていて素敵な女の子で、影で嫌なことを言うような子じゃないから直接そう書いてくれたのだろう。


私はショックであった、少し遠くの他人からはそう見えることもあったのだろうか。その時の私には何もなくて、学校も家庭も辛くて、絶望している、という状態だったから。

(その時のことは少しここに書いてあります→ http://storys.jp/story/27349 または、私のストーリーの中の 苦しい時の乗り越え方? で。)


そこで私は未来の私に手紙を書いた。


20歳の私へ


今 生きてる?



今 幸せ?




未来の私、何年も先の私が生きてるかどうか分からなくて、それを読んでくれるかどうかも分からなかったけど書いた。


タイムカプセル

みたいにどこかに埋めたような気がするけど、忘れた。

(多分封筒そのままだったと思うし、ドロドロのぐちょぐちょだと思う、きっともう紙では無くなっているはず)


だけど、そんな内容を書いたことを何かの時に思い出した。



私はもう20歳をとっくに過ぎているけど、


あの頃の私に手紙を送りたい。



ほとんど学校と家庭という小さな世界で生きている私へ


今 生きてるよ 


今 幸せだよ 


だから


前を向いて




もっと広くて楽しい未来で


待ってるで〜!(><)


読んでよかった
このエントリーをはてなブックマークに追加
このストーリーをブログ等で紹介する

Unabara 海原  Taiko たい子

上のマーククリックで、ブログへ↑ (左 ブログ http://tai8flowerfulldays.hatenablog.com 右 プロフィールhttp://profile.hatena.ne.jp/taiflowerfulldays/ 自分色を生きる カラフルな世界を

Unabara 海原  Taiko たい子さんが次に書こうと思っていること

|

Unabara 海原  Taiko たい子

上のマーククリックで、ブログへ↑ (左 ブログ http://tai8flowerfulldays.hatenablog.com 右 プロフィールhttp://profile.hatena.ne.jp/taiflowerfulldays/ 自分色を生きる カラフルな世界を

Unabara 海原  Taiko たい子

上のマーククリックで、ブログへ↑ (左 ブログ http://tai8flowerfulldays.hatenablog.com 右 プロフィールhttp://profile.hatena.ne.jp/taiflowerfulldays/ 自分色を生きる カラフルな世界を

Unabara 海原 さんの他のストーリー

  • 私が先生になり、退職し、 そして復帰の道の途中にいる理由 2

  • Unabara 海原 さんの読んでよかったストーリー

  • 劇団四季で学んだプロフェッショナルとアマチュアのほんの僅かな違い~生き残る人・消える人~11のポイント