ポーランド人の友人散髪即退学事件

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カナダという国の歴史をちゃんと勉強して語れる人は少ない。 G7の国でありながら人口は3千万人強と日本の約4分の1、世界屈指の領土面積を誇る資源豊かな国だが、自国の車ブランドを持っていないG7の一員であり、日本とは資源以外では日常的にも目に見える交流も少ないかも知れない。

結果、カナダの歴史を勉強する必要性に迫られる日本人が少ないのも要因であろう。

また、カナダよりも強大な隣国であるアメリカとの経済的、政治的な繋がりが重要過ぎて、カナダと日本の関係が目立たない事が要因かも知れない。


 


カナダはアメリカとは異なる歴史と背景を持つマルチカルチャラルな移民国家である。 元々は原住民インディアンであるFirst Nations Peopleが住むkanataという土地で、そこにイギリス人とフランス人がセントローレンス川を辿って入植を開始したのだ。 公立高校で学んだ話によると、イギリスやフランスで、




「大陸で土地あげます!」




と広告が出され、広大な土地の保有に憧れたイギリスやフランスの農民の男達が多く大陸への移民を決断したとの事だ。 イギリスとフランスの帝国主義による領土拡大の対立がカナダで起こり、時にはFirst Nations Peopleを巻き込んで互いに勢力拡大を競った中で発展していったのである。

そして、力とは人の数でもあるから、両者共に自身の陣地内での人口を増やしたかったのである。

人が常に足りない underpopulated なのだが、カナダの冬が寒すぎてバタバタと人が死んでゆき、特に痩せた女性はすぐに死んだとの事だ。



歴史の一例だが、パリから太った娼婦をカナダに集団で連れてきては、お嫁さんを探す男の農民に向けて競りに掛けたとの事である。 すると、お嫁さん探しの競りでは、死ににくそうな太った娼婦から先に売れていったという話も高校で学んだ。


時にはスコットランドで大飢饉があれば、スコットランド人がカナダに移民として押し寄せ、British Commonwealthに属するインドで紛争があればインド人の移民を大量に受け入れる。

British Commonwealthでは無いが、人道的観点からも、ベトナム戦争後には多くのベトナム人をカナダは受け入れている。 この人道的観点も進んでいるのがカナダの特徴でもある。


 




日本人も明治時期にカナダに移民を開始している。 NHKの「おしん」でブラジルや南米への移民が有名だが、カナダも同時期に日本人が移民を志した国でもある。 実際は殆どの移民を希望した日本人は第一希望がカナダというよりも、豊かなアメリカでの成功を目指していた。

しかし、当時の時代背景で日本人やアジア人が受ける差別も強く、アメリカが明治政府とGentlemen’s Agreementを結び、日本からアメリカへの移民数を制限したのだ。 




豊かで行きたい国であるアメリカへ行く道を制限された多くの日本人移民を代替的に受け入れたのがカナダである。 この日本人移民の一行はカナダの地で仮滞在し、より豊かなアメリカへの入国を待ち続けた。 もちろん、カナダをゴールとした人も居る。

だが、やはりその多くにとって魅力的な国はアメリカだったのだ。

しかし、待ち続ける中でカナダに住み着くという選択をした者も居たし、アメリカへの入国が許されないから仕方なくカナダに居ついた者も出だした。 後にカナダのバンクーバーには銭湯も作られたし、893と呼ばれる人達まで明治期に移民していたと記録があり、カナダが目的地として移民した日本人ももちろん居たのだが、元々の話はアメリカへ行きたかった日本人移民が多かったと言える。




カナダという国が歴史的に、常に移民者達のゴールとして第一選択肢ではなかったという話は別として、カナダは常にunder-population であり、経済を活性化させる為に移民を受け入れているという歴史がある。

この伝統は最近でも見られ、トランプ政権下でアメリカに移民をするのが困難ならばカナダで受け入れてあげましょうという動きが少なからずある。 これは今に始まった事ではなく、もう100年以上繰り返されている歴史である。 


 


では、カナダは移民で来るなら誰でも良いのか? というとそうではない。 移民になるにも厳しい審査を通らなければならない。 色々な移民の理由があるが、有名なのは、政治難民の受け入れと、カナダへ社会的貢献の高い者や経済効果のある移民を受け入れるというものだ。


まず、政治難民だが、祖国で特定の理由で迫害を受けた者をカナダが人道的救済観点から移民の受け入れを優遇するというものである。 最近では中東で迫害を受けるシリア人の受入をカナダが行ったことは記憶に新しい人も多いだろう。


もう一つが社会的貢献と経済効果の高い移民だが、カナダという国の発展に貢献出来る者や雇用の機会を創出出来るビジネスを実施出来る者、特殊な技術をカナダに齎す事が出来る者がこれである。

またこの場合、前提として、税金を長くカナダへ収めれる可能性がある人が、私はこれからカナダで税金をバンバン食いますから! と背中に書いている人よりも、優遇されるというのは頭に入れておいた方が良いかも知れない。

ビジネスの例で言うと例えば投資家や資産家でカナダに投資をしてビジネスや雇用に貢献するのがこれに当たるし、特殊な技術で貢献というと、例えば、高層ビルでエレベーターを作る技術者の移民がこうした例に入る。




 


私が居た90年代にカナダが受入れた移民の代表例は、中国に返還される事を恐れた香港人や、経済力を持つ台湾人、そして、ソビエト連邦が崩壊して政情が不安定になった東ヨーロッパの国々の政治難民が多かった。


同じアジアである中国系の移民については何となく理解しやすい面もあるが、私にとって東ヨーロッパの人と話すなどという事はそれまでの人生に当然なかったし、非常に斬新な出会いであった。


中でも私はESLのクラスで難民としてカナダに移民してきたポーランド人と何故か波長が合った。 高校のスキークラブの様な所で、このポーランド人グループの太っちょリーダーの奴と仲良くなり、一緒にスキーをしたのだが、彼らはスキーが達者だった。

ポーランドは寒い国なのであろうか、難民だからスキーが出来無いなんて大間違いである、めちゃめちゃスキーが上手くて教えてもらいながらよく一緒に滑った。


 


また、別のポーランド人で、日本の芸能人で言うと市原隼人さんの様なカッコいいメンズで独特な雰囲気を持つ不良っぽい奴と私は仲良くなった。

この市原隼人さんの様なポーランド人の難民で来た奴とはESLクラスでもよく一緒に席に座って授業を受けた。

しかし、彼はやはり不良だからか、やがて2日に1回くらいのハイペースで学校をサボり出した。


ある時彼は私に言った。




「俺は難民としてカナダに来る条件として、ちゃんと学校に通わなきゃいけないんだ。 しかし、俺の今の出席数だと移民の権利が取り消されるかも知れず、先日校長先生から警告を受けたんだ!」




私は友として、




「頼むから学校にもっと来てよ、一緒に席に座って勉強しようよ!」




と声を掛け続けた。 だが、この市原隼人さんの様な奴に事件が起こった。




ある月曜日の午後、彼は重役登校をし、教師から再び注意を受けた。

そして、その翌日の火曜日に彼は再びお昼前に学校に来た。 月曜よりは少しだけ早く来たのだが、この火曜日の彼の頭はスッキリと刈上げの散髪をしていたのだ。 刈り上げ頭を見た教師陣が彼をすぐさま職員室に呼びつけ、その後彼は二度と教室には顔を出す事はなかった。


後でポーランド人の太っちょリーダーに聞いたら、この市原隼人さんの様な奴は、火曜日の朝の授業をサボり登校前に散髪に行ってから昼前に登校した事を認め、その日の内に退学の手続きを進めると学校から通告されたとの事だった。

つまり、警告を受けても改善せず、警告の翌朝に学校の代わりに散髪に行ってから学校に来るという事はunacceptableで改善の余地なしと判断されたのだろう。 このポーランド人の太っちょリーダー曰く、




「ポーランドは荒んでいる、真昼間からビールを飲む不良も多いし、盗みを平気でする奴も多い。 あいつも不良だから退学になってしまったんだ。 でもポーランド人はみんなあんな奴ばかりでは無い。」


 


私には最初、友の退学を判断したカナダの先生が冷たいのでは? とショックを覚えた。


カナダに金八先生は居ないのか?


生徒に寄り添う熱血教師の文化は無いのか?


手のかかる不良程かわいい!という人情は無いのか?




と色々な疑問が頭を巡った。 私の友には移民の権利を徹底的に守るという選択肢もあったがそれを自らの判断でリスクを冒してしまった。

そしてカナダの教師陣はカナダの文化の中で取るべき判断を下した。 結果として私はこのポーランド人の不良の移民の友とその後二度と会う事は無かった。

彼がその後、ポーランドに強制送還されたのか、転校でカナダには残れたのか、どうなったのかは不明である。


 


大阪の片田舎で育った私にはポーランドのポの字もわからなかったが、このカナダで出会えた運命の巡り合わせに言葉に表せない不思議さを感じていた。 私の留学は日を追うごとに偶然の多発が続いて私は麻痺して行き、物事に驚く事が一つずつ減っていった。



"kanata" と呼ばれた大地で

009号: ポーランド人の友人散髪即退学事件

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BN Murakami

バイリンガル・ネゴシエーション http://giabn.com/blog/

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