ホッケー O'Canada事件

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子供の頃に遊んだ環境と言うのは、その人の将来を通じて大きな影響を与える事がある。

三つ子の魂百までも、ではないが、子供の頃に社交的だった子は大人になっても人の輪に入るのが得意だったり、スポーツ好きだった子は生涯を通じて運動への順応が高い面が多いのであろう。

正にその人が過ごした子供時代というのはその人のその後の人生を形成する側面があり、どういう子供時代を過ごしたかを理解するのは、相手の事を良く知る方法の一つではあると思う。




日本人の子供は何をして遊ぶのだろうか?

1億2千万人も居る日本で、都会と田舎では全く行動範囲も異なるので一概には言えない。 まして、ここ数十年の日本は社会的にも経済的にも大きな変化をし、多様な価値観も認められ、貧富の差も広まった。 最早、




「全員竹とんぼと竹馬をしてました!」




という時代では無くなっている。

私が子供の頃は、まだガキ大将が居て秘密基地を作ったり、合戦ごっこをしたり、個人では虫取りをしたり外で遊ぶ事が出来た。

だが、小学校の中盤を過ぎた頃に、任天堂社のファミリーコンピューターが登場し、ゲームが家庭に入り込んできた世代でもあった。






カナダの子供は何をして遊ぶのだろう?

これまた、私が留学をしていた90年代で既に色々なスタイルがあった。

まず、カナダと言う国自体が多様な国々からの文化を受け入れ多くの人たちが出身国の文化を守りながら移民をしている面がある。 完全にローカル化する者も居れば、出身国の文化に固執する者、ケースバイケースで使い分ける者と、分かれるが、いずれのパターンも社会的に迫害を受ける事は無い。

色々なケースが認められており、カナダの子供たちの遊びはこれだ! と一概には言えない面があった。


また、両親の共働きや女性の社会進出は日本よりも進んでおり、且つ子供が家に1人では留守番出来ないという条例もあり、放課後の過ごし方も各家庭によって千差万別であった。






その中で、私が留学していたバンクーバーの外れの地域で頭に焼き付いている放課後の光景が2つある。

一つは冬のアイススケートと、もう一つはアスファルトの上の道端で行われるホッケーの姿である。


まず、私が8か月間ホームステイをした家から歩いて数分で大きな公園があった。 大きな公園と言っても、大都会東京の新宿御苑、井之頭公園、日比谷公園とは全く雰囲気が違う。 かなり背が高い針葉樹が真直ぐに天高く伸びているのだ。 いかにも、




「あぁ、数百年前はここでFirst Nations Peopleが狩りをしていたのかも!」




と想像が容易い自然が残っている。

まして、人口は日本の4分の1で圧倒的に人は少ない。 カナダの冬の大きな公園というのは、私には非常に寂しく、侘しく、深々とした空気が静かにゆっくりと流れる空間であった。 そこには天然の池があり、冬には近所の子供達がまばらとスケートをしていた。




天然の池でスケートというのは、私にとっては非常にワイルドなカナダ体験であった。

まず、スケートというのは、スケートリンクで行うものだと思い込んでいたし、何かあったら監視員さんという大人が助けてくれると無意識に思っていた。

万が一、氷で滑ってケガをしたら医務室にも連れて行ってくれるという前提理解があった。

しかしそこは、自然の公園の池である。 マンガでは無いが、氷が薄く割れて池の中に間違って落っこちてしまったら、救助されて口からきびなごを吐き出すシーンになるのだろうか? という恐怖もあった。




これだけの考えが頭を巡って尚、当時の私は若く、私が下した判断は、大型スーパーで一番安いスケート靴を買い、いざこの池へと向かったのである。

元々、スケートが全く出来ない訳では無かったのだが、まず、手摺が無い大自然のスケートに衝撃を受けた。

スケートにおいて手摺があるというのは私の中で常識であったが、無いものは仕方ない、地面と氷の狭間から直ぐにスケートの開始である。




実際、天然の池でスケートをやってみたが、氷の表面がザラザラしており、強めに蹴り込んでも中々前へスムースには進まない。


ガガガガガ!


とあまりにも進まないので、滑るというよりも、微妙に粗い表面を一歩一歩スライドして行くという様相である。




「これのどこが面白いんじゃ!?」




と突っ込みたくなったが、郷に入れば郷に従えで、黙々とスケートで冬の天然の池をガガガガとスライドしていた事を覚えている。

池の氷の上に柔らかい雪も降り積もっている場所は、スケートで雪をかき分けて滑る。

大自然の池でのスケートは、良い経験になったが、未だにあれのどこが楽しくてどこが良いのかが言えず、他人には推奨出来ない気がする。






もう一つ、放課後の暗くなる前に家の近くで見た光景は道端で行うホッケーである。

カナダではホッケーが盛んであり、大人気のスポーツである。

非常に面白かったのは、当時、カナダではかなり多くの人が国技をホッケーだと思い込んでいて、クラスで先生が、




「カナダの国技はなんでしょう?」




と問うと、必ず




「ホッケー!」




という回答になる。 そこで、先生が、




「実は違うのです、ラクロスです!」




と言うと、




「えぇ??? 嘘だ!」




というのが予定調和のやり取りであった。

トリビアクイズの様でもあり、吉本新喜劇チックな会話であった。

これは移民や永住権を持つ家庭の子供がカナダ文化に弱いから起こった事ではない。

カナダで普通に生まれ育った子供にも大人にも見られる勘違いだった。

ある時、カナダで有名なブランドであるルーツカナダがCanada is Hockeyとシンプルにクールにプリントされたトレーナーを販売して話題となり、




「カナダの国技は何か?」




という話が巷で目に見えて広まった事がある。




後にホッケーも国技の1つとして追加され、今ではホッケーはカナダの国技の1つだ。


しかし私が留学を開始した当時の20年以上前のカナダの国技は紛れもなくラクロスで、でも巷で一番人気のスポーツは紛れもなくホッケーという状況であった。




近所の子供達は、放課後の自宅の前で、このホッケーを氷の上でなく、アスファルトの上にゴールポストを2つおいて遊ぶ。

面白い光景は、その開始前には、プロスポーツである本番さながら、国歌斉唱から開始する事がある。 道の真ん中で小さな子供達が会い向かい、胸に手を当て、




O’Canada




の国歌から開始してゲームで遊ぶのだ。


私には非常に斬新で不思議に映った。


なぜ、日本でこんな光景を見た事がないのだろうか?


日本で近所の子供達が独自に相撲をして、最後に優勝者を称える際に、君が代を歌い出したら、今の大人たちは何と思うだろうか? 


なぜあの時カナダの子供達はホッケーの遊びを国歌斉唱から開始して行ったのだろうか?


文化というものが、子供達の遊びにも繁栄されているのを肌で体感した出来事であった。




"kanata" と呼ばれた大地で

010号: ホッケー O'Canada事件

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BN Murakami

バイリンガル・ネゴシエーション http://giabn.com/blog/

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