人目ばっか気にしてた 僕のしくじり人生 とこれから。

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このお話は僕の弱点をたださらけ出したお話です。


僕がこれから書く話は、誰の得にもならないお話だと思います。

なぜなら僕のしくじりと、そこから見えた僕の弱点をただ赤裸々にさらけ出すという、誰得??なお話しだからです。

ちょっと今までの人生を振り返って、総括し、今後のことを考えたいと思っただけなので、

それでも良いという奇特な方がいれば、見てください。





第1章 誕生~小学時代(0~12歳)


僕は、1995年、千葉県に生まれました。

小さい頃は「幼稚園に行きたくない」「スイミングに行きたくない」とぐずって、

よく泣いているような子でした。


小学校ではさまざまな経験を通じて小さな成功や達成を積み重ねることができました。


しかしその一方で、

我慢ならないからかいを受けたり、自分が嫌なことをされたとき、

はっきりとイヤと言えない子でもありました。


すごくイヤな気持ちになって学校に行きたくない時もありました。


ですが、彼らに悪意はなかったように思います。


実際、そのころ僕をからかってきた子と最近飲みに行ったのですが、

彼らから悪意はまるで感じませんでした。

きっと彼らからしてみれば遊びだったのでしょう。


僕にとっては小さな心の傷になっていた出来事だったのですが、

彼らにとっては大した出来事ではなかったのです。






第2章 マジメ系クズだった 中学時代(13~15歳)

中学時代はとにかくクソマジメでした。


当時の僕は、

「なるべく高い偏差値の学校に行っておこう。高校くらいは行っておかなければ」

という、単純明快な考えの下、勉強を頑張っていました。


また所属していた卓球部では副部長でした。

1年生のころは責任者を任されていたのですが、

練習をサボる子がいたり、先輩に生意気な口を利く子がいたりして、

問題になることがしばしばありました。

しかし僕はきちんと練習に行き、先輩に生意気な口を利くこともありませんでした。


こんな感じだったので、マジメに思われていたのでしょう。


しかし、僕は今こう思うのです。

僕は「マジメ」だったのではなく「マジメ系クズ」だったのではないか、と。


僕は確かにマジメに勉強に励んでいたかもしれませんが、

「テストで高得点を取る俺はすごいのだ」と優越感に浸り、周りをバカにしているところがありました。


僕は責任者だったり副部長だったりしたのに、特段、周りと深くコミュニケーションを図ろうともせず、ただ規則的に練習に参加していただけ。

それなのに「俺はエライ」と思い込んでいました。


僕は確かにマジメだったかもしれませんし、マジメなのかもしれません。


でもマジメだからといって他人をバカにしていいはずがない。

マジメ=OK で、 マジメじゃない=全てNO なわけがあるはずない。


僕はそんなことがわかっていなかったのです。




第3章 どん底の地獄におちた 高校時代(16~18歳)

<エピソード1…ひねくれていた高校時代>

中学時代「マジメ系クズ」だったことが祟ったのでしょうか。

僕は「マジメ系クズ」からグレードアップして、ただの「クズ」になりました。

中学卒業後、僕は薬園台高校という進学校に入学しました。


進学校ですから、周りもみんな勉強ができる人たちばかり。

今まで褒められてきたこと や 優越感に浸れていたことは、

すべて「当たり前の事」になりました


今までの頑張りでは望むような結果は出ない世界の中で、僕はひねくれました。


「勉強を頑張ったってどうせ評価されない」

「文化祭?どうして夏休みを潰してまでやらなきゃいけないの?」

「なにもかもがめんどくさい。学校に行きたくない。しんどい」


目の前にある現実の世界の中で頑張ろうとするでもなく、

目の前にある現実の世界を変えようとするでもなく、

目の前にある現実の世界の中で僕はただひねくれていたのです。




<エピソード2…赤面恐怖になった高校時代>

また高校時代、僕は赤面恐怖・対人恐怖のようになりました。


赤面恐怖症とは以下のような症状のことです↓↓


赤面症(赤面恐怖症)とは ~4つの対処法と5つの克服法~ より引用)


僕の症状はまさに↑↑の通りでした。


ただ授業を聞いているだけでも、赤面することを恐れ、赤面していることを自覚すればするほど、パニックになりそうになる。

この状況をなんとかしなければと思い、一時期、精神科に通ったこともあります。

(まあ結局、赤面恐怖などいう診断は下らず「ちょっと心が疲れているのね」という曖昧な診断結果に終わったのですが。)


なので、高校時代の3年間は「赤面したくない」ということばかり考え、授業には丸っきり集中できませんでした。


これらの原因は「人目を気にしすぎていたこと」「自意識過剰だったこと」にあると言えるでしょう。




第4章 着飾らないことを学んだ 大学時代(19~21歳)


高校時代を終えた僕は、法政大学に進学しました。


高2の時からひそかに「アナウンサーになりたい」と思い続けていた僕は、

「自主マスコミ講座」という講座を、受講しました。


自主マスコミ講座は、マスコミ業界を志望する法政大学の学生を対象としたゼミ形式の授業

法政大学自主マスコミ講座 より引用)です。


しかし、せっかくテストを受験し合格して受講し始めた「自主マス」の授業ですが、


僕は途中でやめてしまいました。


どうしても自主マスコミ講座を受講するみんなに馴染むことができず、やめてしまったのです。

馴染むことができなかった原因。それはおそらく着飾っていたことにあると思います。


僕にはアナウンサーになりたい理由…志望動機がありませんでした。


なぜなら僕はアナウンサーになりたかったのではなく、人前に立つ華やかな仕事をして、多くの人にチヤホヤされたかっただけだったからです。


しかし、そんな恥ずかしい志望動機を話す勇気もなく、僕は嘘っぽいキレイな言葉で着飾った志望動機をみんなの前で言ったのです。

それを聞いた現役のアナウンサーの方には「そういうのやめたほうがいいよ」と言われました。


着飾った言葉や、嘘なんてすぐにバレること。

そういう言葉を使い続けることは誠実じゃないことを僕は学びました。




 第6章 それぞれの「しくじり」に共通する僕の弱点


ここまで、僕のいままでのしくじりをザッと振り返ってきました。

ここで一度、しくじりを並べてみましょう。


・イヤなことをはっきりとイヤと言うことができなかった

・人に気を遣いすぎていた

・自分だけが正しいと思い込み、周りのことをバカにしてしまっていたところがあった

・自分で現状を変えようとするのではなく、ただ愚痴を言い、嘆いているだけだった

・人目を気にしてしまっていた/自意識過剰だった

・人に良く評価されようとして、自分を着飾ってしまっていた


さて、これらのしくじりに共通する僕の弱点とは一体何なのか僕は考えてみました。


すると、2つの根本的な弱点が見えてきました。それは以下の2つです。


①他人と比較してしまうところ
②人目を気にしてしまうところ(人の気持ちを考えすぎるところ)


小学生の時、イヤなことをイヤと言えなかったのは、他人を傷つけたくなかったからであり、自分が嫌われたくなかったから。

中学生の時、周りをバカにするところがあったのは、自分の中にある単純なモノサシで他人と比較して、優越感に浸っていたから。

高校生の時、ひねくれていたのは、自分の中にある単純なモノサシで他人と比較して、劣等感に浸っていたから。

高校生の時、赤面恐怖になったのは、嫌われたり変に思われることを恐れ、人目を気にしていたから。自意識過剰だったから。

大学生の時、着飾ってしまっていたのは、人目を気にして他人に良く思われたかったから。



要するに、僕の根本的なしくじりの原因は、

①他人と比較してしまうところ

②人目を気にしてしまうところ(人の気持ちを考えすぎるところ)


…つまり、他人を気にしすぎてしまうところ にあったのです。



第7章 自分が納得できる大満足な人生にするために(現在~)


第6章で僕の弱点は「他人を気にしすぎてしまうところ」だと書きました。


他人を気にして生きるということは、自分が納得できる人生ではなくなるということです。


僕はそんな人生は嫌だと思いました。


だから僕は、自分が納得できる大満足な人生を目指すことにしました。


他人に納得される人生を目指すよりも、

自分自身が納得できる大満足な人生 を目指す生き方をしたいと思ったのです。

(そもそも万人に納得される人生なんてないですし)




僕に足りていないもの。


それはきっと、しくじりであり、失敗であり、恥をかくこと、です。


他人と比較したり、人の目を気にしたり、人の気持ちを考えすぎるあまり、

しくじりや失敗や恥を恐れていたのです。


だけどこれから、他人ではなく自分自身が納得できる大満足な人生 を目指すにあたっては、人と違うことを恐れないことが必要になってくると思います。


だから僕は今後、たくさんしくじって、失敗して、恥をかく必要があるのです。


これから少しずつでも自分の弱点を克服していこうと思います。


これで僕のお話しは終わりです。


読んでくれてありがとうございました。

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