これから肺がんを生き抜いていく人たちのために(1)

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(幸いにして肺がんを早期発見することができた僕は、右肺上葉部の摘出手術をし、今は毎月定期健診を受けています。術後1年半、今のところ転移所見はなく、闘病体験としてはささやかなものです。それでも自分にとってはいろいろと考えることもありましたので、伝えられることもあるのではないかと思い、「父さんにもしものことがあったら読んでほしい手紙」の続編として書きました。)


             *   *   *


月に1度の定期健診を1年半受けていても、診察室に入る前には脈拍が上がる。待合所の血圧計で測ると、血圧は正常値でも、脈拍は安静にしているのに100拍近くになっていることもある。定期健診に通っていれば、「転移が見つかった」という告知を呼吸器内科の主治医から受ける日がいつかくるだろうと思っているからだ。

病名は、肺腺がん。

胸腔鏡下手術により、右肺上葉部を切除した。僕は右肺の3分の1がない。

毎月、定期健診では、採血し、胸部レントゲンを撮影する。3ヶ月に1度、造影剤を使ってCT検査もする。診察室に入る前に脈拍が上がるのは、最悪の結果を聞くことに構える防衛本能​だと思う。特にCT検査の結果を聞くときには、内心、緊張感はかなり高い。不安と緊張が入り混じる僕のそんな気持ちを察してか、

「転移所見は認められませんね。」

診察室に入ると、呼吸器内科の主治医は、いつも最初にそう言ってくれる。

それでも肺がんからは逃げられない。

肺がんには全快とか完治いうものはなく、5年間、転移がなく再発しなければ「寛解」というそうだ。寛解とは完治とは言えないけれども問題がない程度にまで状態がよくなっているということ。肺がんになって初めてそういう言葉があることを知った。その日までに僕はあと3年半ある。

しかし、どれだけ心配しても、得られるものは何もない。

この頃、地元の肺がんの患者会に行くようになった。初めて行ったとき、幹事役の初老の紳士から聞いたことは、

「三重県の肺がん患者の会は、全国で6つめです。全国にまだ6つしかないんですね。乳がん患者の会は、あちこちにたくさんあるんですけれども。」

僕にはその意味がすぐには理解できなかったが、

「肺がんになると、今まではすぐに死んでしまっていたので、患者会ができなかったんですね。」

ぞくっとした。

その日の会には車座になっていた肺がん患者が10名ほどいたが、自己紹介を始めると、どの人も僕よりもずっと重篤な状態だった。肺から転移した小さな腫瘍が脳に27個も見つかった青年や、化学療法の副作用のためにむくみがひどい女性、肺がんの手術後、腰痛がひどくなったと思ったら骨に転移していた中年の男性。見るからにギリギリの命を生きている高齢の痩せた女性もいた。

それでも、誰もがこれから肺がんを生き抜いていこうとしている。

すごい人たちだと思った。

読んでよかった
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