初めて小説のコンクールで入賞した話

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2017年3月、まだ冬の寒さが残る早朝。

ついにガスが止められたのだと気付く。


引越しのバイトに向かう前にシャワーを浴びようと蛇口を捻ったのだが、

勢い良く出る水は、いつまで経ってもお湯になる気配がない。


このままでは水道が止まるのも時間の問題だろう。


誰かに相談しようと思ったが、親に頼るわけにもいかない。

友達はみんないなくなった。


そんな状況になっても僕は、

小説家になりたいという自分の夢を諦めることができなかった。



【中学生時代、孤独から救ってくれた1冊の小説】



当時、僕は積極的に友達の輪に入れる子供ではなく、

授業の休み時間はいつも机に突っ伏して寝るふりをしていた。


それを見かねた担任教師が僕に1冊の小説を貸してくれた。

僕は休み時間、特にやることもなかったので借りた本を読むことにした。


それが非常に面白かった。


続きが気になり、授業の休み時間だけでなく自宅でも読むようになった。


その小説の中では僕と同じ中学生の主人公が、

不器用ながらも「友達とは何か」を探し続けるといったものだ。


そして僕がこの本から学んだことは、

「友達を作ることは難しいことではない」ということだった。


それから僕は、休み時間になるとすぐに机に突っ伏して寝るのを辞め、

積極的にクラスの子に話しかけるようになった。


次第に友達は増えていき、卒業アルバムの最後の空白のページは、

その友達からのメッセージでいっぱいになった。


僕はたった1冊の小説がきっかけで、

勇気を持って友達を作り、楽しい中学生活を送ることができた。


誰かの人生の支えになるような小説を、僕も書いてみたいと思った。



【社会人が夢を追いかけたら異端児?】



冒頭のガスが止められる半年前の僕は、大阪の大手企業に勤め、

それなりに友達も多く、何不自由のない生活をしていた。


しかし就職して3年間、同じ仕事を繰り返す毎日を送っていく中で、

小説を書いてみたいという子供の頃の夢を思い出していた。


僕は会社に勤めながら小説を書く決意をした。

7時出社22時帰宅の生活の中、物語やキャラ設定などを考えるようになった。


会社や出先での移動時間などにもメモを使って考えていたから、

同期や先輩に「何をしているのか」と聞かれることが多々あった。


それに対して「小説を書いてみたい」と正直に伝えると、みんなの返事は決まっていた。


「そんなの無理に決まっている!」

「社会人にもなって、何を馬鹿なことを言ってるんだ!」


予想はしていたが、誰1人として僕の夢を応援してくれる人はいなかった。


その後、どうしても自分の夢を諦めきれなかった僕は、

会社を辞めて小説を書くことに集中することに決めた。


親はもちろん、会社の人間や学生時代の友人からも大反対された。


それでも僕は、自分の意思を突き通して、会社を辞めた。

その行動に誰もが呆れ、仲の良かった同期や学生時代の友達とも疎遠になった。



【泥沼バイト生活】



しかしいざ会社を辞めて1人暮らしとなると生活は苦しく、

大型スーパーのレジと引越しのバイトを掛け持ちで始め、

毎日休みなく働くようになった。


朝6時に起きては重労働の引越しの仕事をこなして17時に一旦家に帰る。

シャワーを浴びてすぐに大型スーパーに向って19時からレジ打ちを開始。

ベッドに入るのはいつも深夜の2時を回ってからで、次の日も6時は起きる。


そんなバイトばかりの生活によって体力的にも時間的にも苦しくなり、

結局すぐに体調を崩すことになった。


バイトの量を減らすことになり、仕事終わりや休みの日は

とにかく体を休めることしかやりたくなかった。


金銭面でもギリギリの生活になり、食事はいつもコンビニ弁当だった。


いつの間にか小説を書く気力も消え失せ、次第に書かなくなっていた。


そして2017年の3月、ガスを止められるまでに至った。


「自分は一体何がしたかったのだろう」


みんなの忠告を聞かなかった自分を後悔しそうになることもあった。


僕は「会社を辞めれば良い小説が書ける」と過信していたが、

それは完全に間違いだと思い知った。


誰にも相談できない僕は、どうしようもない心のはけ口を求めて、

毎日SNSに不満や愚痴を投稿するようになっていた。


【本当にやりたいことのなら、全力を注ぎなさい】


そんな時、知り合いの社長さんから「大丈夫か」と連絡があった。

どうやら僕のSNSの投稿を見て心配になったらしい。


僕はこの社長さんにこれまでの全てを話すことにした。


子供の頃からの夢に始まり、周囲の反対を無視して会社をやめたこと。

辞めた後は生きるためにとにかくバイトに励んだこと。

現在は小説を全く書けていないこと。


その社長さんは僕の話をただ黙って、最後まで聞いてくれた。


全部聞いてくれた上で、社長さんは次の問いを僕にぶつけてきた。


「本当に小説家になるために、これでもかってくらい全力を尽くしたの?」


僕はこの問いを受けて、自分のこれまでを振り返った。

小説家になるという夢を達成するために、全力を尽くしたのだろうか?

やるべきこと、そしてやれることを全部やってきただろうか?


答えはNoだと思った。


確かに小説を集中して書くために会社を辞めた。


だけど、それだけだった。


近年の読者層や流行しているジャンル、文章を書くためのトレーニングなど。

やるべきことはまだまだいくらでもあったはずだ。


「小説を書きたい。書きたいものをとにかく書いていく。」


これだけで上手くいくのはよっぽど才能がある人でなければ不可能だ。


何より僕は今まで書いてきた小説を誰にも読んでもらっていない。

そんなのは「小説を書いている」とは言えなかった。


だから全てを失った僕にできることは、

もう一度きちんと全力で夢に向き合うことだけだった。


仕事をしながらアドバイスをもらった社長さんに企画や構成など基本的なことを教わり、

読者層や流行のジャンルなど自分で調べられることは徹底的に調べた。

専門学校にも通うことにした。


バイト代だけでは生活費が間に合わなかったので、

引越しのバイト終わりや休みの日には社長さんから仕事をもらった。


そして、バイトと勉強を両立しながら小説も毎日書き進めた。


ただ書いて自分の中で満足するのではなく、

出版社が主宰しているコンクールに応募することも始めた。


睡眠時間は時に2時間を切ることもあった。


そして2017年7月ー。

僕はある出版社が募集していたコンクールで入賞することができた。



【世の中には結果を出した人の意見しか響かない】



入賞が決まった後は担当の編集さんが付き、

打ち合わせをしながら連載の準備に取り掛かった。


僕は舞い上がり、たくさんの人に賞を獲ったことを知らせた。


「まだそんなことやってるのかよ。いい加減、親を安心させてやれよ。」


このようなことを言われる覚悟はしていたが、

それでも誰かに聞いて欲しかった。


しかし、予想外の反応が返ってきた。



「やったじゃん!頑張ってきた甲斐があったな!おめでとう!」



みんな、僕を肯定してくれた。


始めは不思議でならなかった。


あんなにも「無理だ馬鹿だ」と否定しておきながら、

どうしてこんなにも一緒に喜んでくれるのだろうと。


どうして僕が何をしてきたかも知らないのに「頑張ったね!」と言えるのか。


でも答えはすぐにわかった。


それは僕が「結果を出した」からだ。


どんなに素晴らしい意見を叫んだところで、

結果を出していなければ誰もその人の話を聞かないだろう。


結果が伴って初めて世の中はその人の意見に耳を傾けてくれる。

認めてくれる。


それがようやくわかった。



これからも僕の「小説家になる」という夢は変わらない。


夢を叶えるために、そしてたくさんの人に僕の作品を認めてもらうために、


常に全力で挑戦し続けようと思った。

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