ちょっと遅れたエイプリルフール?!

前話: きっかけ

自分で書いた本というのは、本当に愛着が深い。久しぶりに手に取った『まるわかりサロン経営』。表紙を何色にするか迷ったが、黒板を使って講師をしているイメージを出すために最終的に緑色に決めたこと。温かさを出すために随所に私の手書きの「板書」ページを入れたこと。文章で書くと難しくなってしまう法律や会計の仕組みを分かりやすい図で表そうと一生懸命考えたこと。出版に向けて力を入れた時期のことが思い出された。この本がこれからも誰かに読まれ、その方にとって何らかの参考になってくれればいいなと願いながら、ところどころ読み返しては一人でニヤついていた。300部が無事納品され、そろそろ顧客に配ろうと段取りをしていた平成27年4月中旬。ある封書がぼくの事務所に届いた。 差出人はH弁護士法人。そして、中身を見て、思わず「え、エイプリルフールじゃないよね?」と突っ込みを入れたくなった。

 

「平成27年4月17日 サロンニューズマガジン株式会社は大阪地方裁判所から破産手続開始の決定を受けました。」

破産管財人はH弁護士法人のH弁護士。

 

…つまり、倒産した!?


冗談としか思えない内容だ。つい先日、本の追加購入についてやり取りしたばかりじゃないか。

とっさに携帯電話を取り出し、サ社に電話をかけた。

…出ない。

やはり、これはまぎれもない事実ということか。

とにかく大変なことが起きた、と衝撃を受けたことを今でも覚えている。


ただ、破産管財人弁護士からの通知を再度ゆっくり読み返し、お茶を飲んで一息ついて考えてみると、ぼく自身にはそれほど破産に伴う影響はないことに気が付いた。

注文した300部は、無事に手元に届いている。ぼくの連載はずいぶん前に終了しているから、書いた原稿が無駄になったということはないし原稿料の未払いもない。その他、サ社に請求できるような債権は持ち合わせていない。

受けた被害と言えば、全国理美容新聞に記事を書かせていただけるという前提で300部を購入した、その約束を反故にされたということくらいである。25万円の余分な出費をさせられたことが実害と言えるかもしれない。たしかに本は手元に届いたわけだし、これを詐欺だと騒ぐほどのことでもないだろう。ただ、あのときo社長はどういう思いで私に300部購入を持ち掛けたのか。はじめからだますつもりで冊数を多く購入する提案をされたのか。そんなことを考えて、悲しいような、腹が立つような、もやもやした気持ちが湧いてきた。

そんな思いでいる時、破産管財人であるH弁護士から電話がかかってきた。私が購入した300部の本の代金について支払ってほしい、という内容だった。もちろん、きちんと納品されているからお支払いはするのだけれども、心穏やかならざる折、意地悪を言ってみたくなった。

「たしかに納品されているので代金はお支払いしたいと思います。でも、実はこの本を購入する際、o社長と『全国理美容新聞に記事を書かせていただける』ということを前提に、私の当初の希望冊数よりもかなり多くの注文をしました。それが1ヵ月もたたないうちに会社そのものが倒産してしまうなんて、納得がいきません。このまますぐに満額のお支払いは致しかねる。そのように考えています」

弁護士が相手だから、そのようなやり取りがあったことにつき書類や音声など証拠はあるのかということを尋ねてこられるのかと思っていたが、意外にもすぐに理解を示していただけた。こちらとしても「1円も払ってやるもんか!」などとは考えていないわけで、5万円超30万円未満という幅の中での落としどころを双方で見つけようという結論になった。そして、後日ぼくが先方の事務所を訪問するという約束を交わした。

 

一週間後、H弁護士と会うため、大阪市にある弁護士法人Hに足を運んだ。地下鉄南森町駅から徒歩数分の場所にある立派なビルの10階に、事務所を構えておられる。H弁護士はこの弁護士法人のメンバーで、平成20年にパートナーに就任されている。待ち合わせ時間まで少々時間があったので、ビルのすぐ近くのカフェで先方のホームページを拝見してみると、弁護士6名と事務員さんで運営とのこと。羨ましく感じた。さらにホームページを見ていくと、H弁護士とぼくがほぼ同い年で、しかも、資格の種類は違えども、ほぼ同じ時期に資格登録をして実務の道を歩み始めていることも分かった。ちなみに、H弁護士が弁護士登録をされたのが平成13年10月、ぼくが行政書士登録をしたの は平成13年9月である。ぼくは社員1名と小さなレンタルオフィスで仕事する個人経営の行政書士(大阪市立大学卒)、かたやH弁護士は立派なオフィスで、弁護士6名を率いる弁護士法人のパートナー弁護士(京都大学卒)、別に勝ち負けを意識するものではないけれど、大学卒業年次や資格登録時期がほぼ同じ時期であるがゆえに、羨望の思いがことさらに出てきていたのかもしれない。

 

さて、実際にH弁護士と対面してみると、とても気さくで丁寧な方だった。立派な弁護士法人のパートナー弁護士ともなればかなり鋭く、厳しい対応をされるのかと想像していたのだが、まったくそんなことはなかった。ぼくからは、理容師免許と行政書士資格を持っていて全国理美容新聞に連載をしていたこと、ぼくの事務所は理美容業専門で経営のアドバイスをしていることなどを話した。H弁護士からは、ご自身の弁護士事務所の概要とサ社が倒産に至った簡単な経緯について説明していただけた。今回の打ち合わせのポイントは「ぼくが著者購入をした本の代金をどうするか」ということであったが、これについてはすぐに合意できた。本来支払うべき金額の約半額で折り合いがついた。そして、話はサ社の現状 についてに移っていった。ここからは、本題というより、雑談に近い内容だ。


「それにしても、倒産の通知をいただいたときは、驚きましたよ」

ぼくが水を向けるとH弁護士は、そうでしたかと柔らかな表情でおっしゃった。

「先生もご存知だとは思いますが、サロンニューズマガジンは以前に何度か倒産の危機が噂されていたことがありました。そのときは、資金を出してくださる出資者がいて、何とか盛り返したそうです。今回、本当に倒産されてしまったということが、最初は信じ難かったです」

ぼくの実感を率直にお話しした。

「あ、ところでo社長はお元気、というかご健在でしょうか?」

守秘義務の関係で具体的なことは聞くことはできないが、とにかくご無事でいることは分かってぼくはホッとした。同時に、社長のご家族のこと、サ社従業員さんのこと、印刷会社などサ社の取引先のこと、出資者のこと、そして読者のこと等を考えると、一つの会社の倒産という事態がいかに大きなマイナスの波及効果を生み出すのかを痛感した。そして、理美容業界の唯一の新聞がなくなってしまったら、これからの情報発信はどうなってしまうのか。新聞という公的な存在を失うことで、直接目には見えない業界の損失がいかほどのものとなるのか。そんなことも頭をよぎった。ぼくは独り言のように、唯一の新聞がなくなってしまうのは寂しいものですね、とつぶやいた。

すると、H弁護士から耳を疑うような言葉をいただいた。


全国理美容新聞を、福井さんが発行なさったらどうですか?


エイプリルフール、、じゃないよね?! 

 


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