試験に落ちて感じたこと (就活) 初めての挫折

自分の中でけじめをつけたくて書きました。 文章グダグダですみません。



試験で落ちたことにより、今までの自分を振り返って見ました。



中学時代、勉強はほどほどで、部活だけが楽しかった。部活の時間だけのために学校に行っていたのかもしれない。成績はあまりよくなく、勉強しなくてもいける高校に進んだ。


高校時代、部活に夢中になっていたというよりも練習が厳しくて、宿題もせず家に帰ったら寝てしまっていた。友達と過ごす時間が本当に楽しかった。1つ1つの行事を楽しんでいた。将来のことなんてあまり考えてなかったように思う。大学も高校を選んだ時のように誰でも受かる大学に進んだ。



大学時代、友達と過ごす時間全てが楽しかった。初めての一人暮らし。初めてのアルバイト。初めてのカラオケオール。全てが新鮮で、なにをしても楽しかった。勉強は授業で習うことだけをしていた。


大学三年の春、他大学とのボランティアの合同サークルで、ある人が、『○○大学って名前書けば受かるんやろ。誰でも行けるわ。』って言っていた。○○大学出身の私にとって、正直イラってしたけど、その通りなので反論なんてできなかった。周りの人は『そんなことないよ〜』って言ってくれてたけど、気まずさしか残らなかった。

そのおかげで、今まで勉強せずに、受験という受験を経験せずに生きてきた自分にもやっと目標ができた。

それは、今の大学より上の大学院に進むこと。

その目標のおかげで人生で初めて自ら勉強した。図書館で黙々と勉強した。苦しい時はあの時言われた言葉を思い出した。英語は、中学の英語からやり直した。単語も覚えた。必死だった。

結果、目標の大学院に合格した。努力は報われると感じた。見返した感と達成感でいっぱいだった。


しかし、それは自己満足だった。 見栄を張っただけだった。院に進んで〜〜を、勉強したい!などの気持ちなんて少しもなかった。

勉強嫌いな自分にとって、苦しい人生への一歩を踏み出したのかもしれない。


大学院に進んだ。また目標ができた。ある公務員試験に受かること。少し勉強して、練習で院1年の時受験した。もちろん結果は不合格だった。しかしそこまで勉強していなかったし、練習のつもりだったので、落ち込むことなく成績開示をした。すると、面接点だけがよかった。

この時、筆記だけ頑張れば受かる。そう思った。それと同時に、この大学だから面接点が良かったのかなとも感じた。


それから、院2年目の2回目の試験に向けて勉強した。模試も受けた。1日中勉強した日もあった。遊んでいる間もその試験のことが頭をよぎり、全力では遊べなかった。受験・勉強の苦しさを初めて知った。しかし、努力は報われる。それだけを思って勉強した。周りはもう就職して2年目。バリバリ働いてる。焦りもあった。勉強が苦しくて涙を流した日もあった。


院2年目、2回目の試験、結果は…

不合格だった。時が止まった。何度も何度も自分の番号を探した。何かの間違えなのかなとも思った。それと同時に周りより2年も勉強する時間があって、なにしていたんだ!と自分を責めた。

すぐ成績開示に行った。次は面接点が悪かった。

勉強した分、筆記はできていた。涙が流れた。

努力は報われると思っていた。

全く同じ試験でも面接官は違う。見る人によって感じ方が違う。面接官のせいだ。そう思っていた。だが、1つのことに気がついた。<自分自身の人間性が1年間で下がったのかもしれない。>確かにこの1年間、大学生の頃に比べると、勉強ばかりしていた。周りをみれていなかったのかもしれない。ボランティアも勉強の邪魔になると思って行かなかった。試験前に先生に頼みごとをされても断っていた。全て勉強の邪魔になることは省いてきた。どうしても受かりたくて勉強しかしなかった。いや、勉強しないと不安だった。不器用だった。時間の使い方が分からなかった。

その強すぎる気持ちが面接でも、良いことを言いたいという気持ちに出ていた。その結果、空回りをしたのかなと思った。

 

○就職試験とは

就活などの試験は、学生の頃のテストと違って、筆記テストができた人が受かるわけではない。(公務員の場合は)学歴でもない。人間性もいる。その人間性は自分では分からない。客観的に見てもらうことによって、分かるものである。

運もあるだろう。相性もあるだろう。

しかし、だからといって逃げてしまうとそれで終わりなのである。悔しいけどその結果を受けとめるしかない。


今自分が受かりたい公務員試験に、続々と自分の出身大学の後輩が合格している。その人たちをみると見栄だけで大学院に進んだ自分が情けなくなる時がある。


○今の気持ち

正直、これを書いている今も悔しい。あの日に戻ってもう一度面接をやり直したい。溢れるのは涙だけであって、今、希望が溢れない毎日を送っている。

はやく切り替えて次の目標見つけないといけない。喪失感でいっぱいでなにも手につかない。鬱なのかなとも思った。

でも、辛い思いをした分、人の気持ちが分かるようになった気がする。



試験は一年に一回しかない。この先どうするかはまだ未定である。


○最後に

人生は永遠に続くマラソン大会であると思う。

抜かれたり抜いたり…。

しかし、勝負だけではなく、ゴールするまでの過程も重要であると思う。時に誰かと一緒に走ることも大切である。早く走りすぎても途中で怪我をする人もいると思う。その時は誰かが手当てしてくれるだろう。

傷だらけでも、ヘトヘトでも、笑顔でゴールするために今を精一杯に頑張りたいと思った。

著者のぽにょ さんさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。