「オバケみたいな顔」と呼ばれた女の子の話 <発症~幼少期>
すれ違う大人たちが、私を見て目を逸らす。
露骨に嫌な顔をされることもあった。
ツバを吐かれ、「気持ち悪い」と言われることもあった。
まだ、5歳くらいだったと思うけど、それでも十分、この世界は嫌いだった。
「アイコちゃんの顔は、どうして青いの?」
幼稚園の友達に聞かれたから、お母さんに聞いてみた。
「アイコの顔は、どうして青いの?」
お母さんは、とても困ったような、悲しそうな顔をしていたのを、今でもはっきりと覚えている。
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「太田母斑」という病気を知っている方がどれくらいいるのだろうか?
顔や目に、青や黒・茶色などのアザが現れる病気で、黄色人種の女性に多く発症すると言われている。
中でも生後一年以内に発症する「早発型」―――私の病気はこれだった。
新生児全体の約0.1%の発症率であり、私が生まれた1980年代後半には、まだこれといった治療法はなかったらしい。
顔左半分は、ドス黒い青で覆われている。
右の眼球には茶色い腫瘍のようなアザもある。
「奇形」や「障がい」と呼ぶには軽いし、「健常者」と呼ぶにはあまりにも見た目が悪い。
差別は受けるけどなんの援助も保障も受けられない。それが私の病気だった。
見た目が悪いだけで、体はピンピン健康そのものだからか、病院へ行ってもあまり相手にされなかった―――と、母が言っていた。
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幼稚園に通っていた頃は、自分の顔のことなんて気にしたことはなかった。
友達から「それ何?」と聞かれることはよくあったが、嫌味な感じは一切なく、ただの純粋な好奇心という感じだったし、私も「分かんなーい」と答えていれば、それ以上聞かれることもなかった。(実際に何のことかよく分からなかった)
それでも不思議な出来事は多かった。
お母さんと手を繋いで幼稚園に向かっていた時、物凄く怒った顔をしたおばさんが、ドスドスとこちらへ向かってきたかと思うと、いきなりお母さんを怒鳴りつけた。
おばさんが何て怒鳴っていたかは覚えていないけど、私の顔を指さして怒っていた。
お母さんは、悲しそうな声で「違うんです。放っておいてください!」と叫ぶようにして、私の手を強く引きながら、逃げるように歩き出した。
おばさんはしばらくついてきて、ずっと怒鳴っていた。
恐くてたまらないのと、お母さんが悲しそうにしているのと、それがどうやら私の顔のせいであることとで、泣いてしまった。
今思えば、あれはきっと、おばさんの正義だったのだろう。
私が虐待されていると思ったのだ。
私がしっかり記憶しているのはこの一件だけだったけど、同じようなことがお母さんにはたくさんあったのだろう。
どれほど辛い思いをしてきたんだろう。
そう思うと、今でも胸が苦しくなる記憶だ。
こういった人たちの善意や悪意が、少しずつ、「私は普通の人ではない」「私はおかしな顔をしている」ということを、私に教えてくれたのだった。
小学生の頃には、また別の不思議な出来事があった。
習い事を終えて家に帰る道で、よく後をつけてくるおじさんがいた。
「その顔どうしたの?」
「もっとよく見せて」
と、やたらと話しかけてくるおじさんだった。
ニヤニヤと、ずっと顔のことを聞いてくる。
写真を撮られることもあった。
背は高いけど、猫背でキョロキョロしていて、なんだか恐いなと思っていた。
この頃にはもう、通りすがりの人に暴言を吐かれることにも慣れていたし、
異形の顔をしていることは自分でもよく分かっているつもりだった。
顔のことで普通の子と違う経験をしていると言うとお母さんを困らせることも知っていたので、変なおじさんがついてくることも、お母さんには内緒にしていた。
そんなある日、いつもの変なおじさんは突然、私の腕を掴んできた。
びっくりして振りほどこうと思ったけど、力では到底敵わなくて、どんどん引き摺られていく。
突然のことで声も出ずに、ただただ恐いと思っているうちに、車に入れられた。
乱暴されそうになったのだ。
無我夢中で抵抗すると、習い事用の重い文鎮の入ったバッグが、運良くおじさんの股間にヒットした。
走った。めちゃくちゃ走った。もの凄く恐かった。
奇形や障がい者、異形の者に性的興奮を覚える人がいるなんて、知らなかった。
この一件が起こった時は、まさか自分がそんなことの対象になるなんて考えたこともなかったし、
性的なことなんてのも知らない世界だったから、ただ恐いという思いしかなかった。
だけど子どもながらに防衛心が働いたのか、「このままではいけない」と思った。
「この顔は隠さなければいけないのだ」
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もうひとつ、私にとって大きな事件があった。
小学1年生からずっと仲のいい親友のトモちゃんという女の子がいた。
お互いの家もよく行き来する仲で、トモちゃんのお母さんとももちろん面識があったし、それなりに礼儀正しく振舞っていたつもりだった。
それが小学5年生くらいの頃、突然トモちゃんから「もう一緒に遊べない」と一方的に絶交されたのだった。
ケンカした訳でもないし、どうしてか分からず、悲しくてトモちゃんにしつこく聞いた。
そうするとトモちゃんも悲しそうに言った。
「だって、お母さんが、アイコちゃんみたいな変な顔の子と仲良くしちゃいけないって。」
2人で泣いた。トモちゃんはごめんねってずっと言っていた。
悲しい気持ちと悔しい気持ち、トモちゃんに申し訳ない気持ちと、どうしようもないことへの怒りとでぐちゃぐちゃだった。
そうしてやはり思った。
「この顔は隠さなければいけないのだ」
顔を隠したい。
誰にも見られたくない。顔を隠したい。隠したい隠したい隠したい。
もういやだ。
通りすがりの大人たちに、汚物を見るような目で見られたくない。
変なおじさんに乱暴されたくない。
友達に変な顔だって笑われたくない。
もう二度と友達を失いたくない。
この頃を境に、私は自分の顔をひどく醜いと自覚するようになった。
そして、顔を隠すようになった。
小学生なのに下手くそなファンデーションを顔に塗りたくり、
前髪を胸まで伸ばして、顔の左半分を隠すようになった。
それでも青黒いアザは隠し切れなくて、むしろ、異様さを引き立たせていたような気がする。
そんな私を見て、クラスメイトは「オバケみたいな顔」と呼んだ。
いろんな人が、少しずつ、少しずつ何かを奪っていった。
奪われて無くなって抜け殻になって、この世界が嫌いになって、何より自分を嫌いになって、
私は本当にオバケなんじゃないかと、そう思うようになっていった。
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