「声が出ない」もう限界、自分の心に素直になろうと海外へ行くことを決めた

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私は痙攣性発声障害という声の病気になり、

しばらく休もうと会社を辞め、

ずっと実現したかった海外留学のため

カナダにワーキングホリデーに来ています。

 


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1.痙攣性発声障害とわかるまで

 

大学生の後半くらいから声が出にくいなあと思い始め、

その頃はバンドのボーカルなどもやっていたので声の出し方が悪いのかなあと思っていました。

(症状第1段階のちょっと違和感がある状態)

 

そのあと社会人になっても最初の頃は特に問題はなく、

人前でスピーチなどもやっていました。

ボイストレーニングにプライベートで通っていて、

なんか前よりどんどん出なくなっているなあと思い、

病院に行ってみることにしました。


病院での診断は、「とくに問題はない」とのこと。

ひと安心。

 

けれども3年後、5年後、時が経つにつれて悪くなるばかり。

仕事で電話に出た際や初めて会う人には

「風邪ひいてるの?」とほぼ聞かれました。

前のように思うように人前でスピーチができない

普段の会話でさえ詰まることが多くなってきました。

(第2段階の喋ることに苦を感じ始める状態)

 

いよいよ辛い域に達してきたのでネットで調べると自分と近しい状態の病気があり、

自分もなんかの病気かもと思いました。

そして前とは違う喉や声の専門の病院に行ってみることにしました。

(第3段階のやばいと感じる状態)

 

すると新たな医師からは

 「痙攣性発声障害、音声振戦」の疑いがあると言われました。

私自身も知らなかったので、ほとんどの人が知らないと思います。

さらにこれらの病気は断定が難しいようです、

なので私も疑いがあるとしか言われませんでした。

 

言葉が詰まったり出しにくかったり、

さらに震えも私の場合は同時にあるようです。

日によっても声が出る日もあれば究極に出ない日もあるので、

気のせいかなと思いがちで、

周りの人にも理解されにくいです。

 

 

 

診断結果を聞いたとき

 

 

 泣きました。

 




きっと症状の正体がやっとわかった安心感のようなものと、

これから向き合っていかなければならないという覚悟の想いからだと思います。


私は歌を高校生の頃から7年間ほど続けてきており、

人の声というものがすごく好きでした。

だけどそれらの道を閉ざされたようなそんな気分にもなりました。

 

医師から言われたのは、精神的なものだけが原因ではないということ、

だからあまり自分次第と思わないこと。

 

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2.痙攣性発声障害の治療

 

日々職場でも家でも不平や不満はありました。

けれどもネガディブな性格でもないし、

何かあっても寝たら忘れていました。

なので自分ではストレスが溜まっている自覚はありませんでした。

 

でも自分が気づかないうちにストレスが溜まっていて、

 体が悲鳴をあげてしまったようです。

学生時代はそれを部活や友達と遊ぶことでうまく発散できていたのだと思います。

社会人になってからは働いて、寝て、たまに遊ぶくらいでした。

自分で思うようにコントロールできていなかったんだと思います・


 診断後は、仕事がないときに治療へ通いました。

治療方法としては、言語聴覚士の方とのトレーニングと診断を繰り返し、

その後手術になるだろうと言われました。

手術は怖いというのと、やったとしても治るかわからないものだと聞きました。

なるべく手術は避けたかったので並行して他にも治療法を探し、

マッサージ治療にも取り組みました。

体や筋肉が固まって力が入っているので、それをほぐす役割です。


こちらは一時的に改善されることもあったのですが、

治療費も高く完全には良くならず、

留学という道へ進みたかったのもあり途中で止めました。

 


そのあとは結局、

手術という選択の前にまだ私はできることがある、治せる

という根拠のない自信や感覚があり、

治らないまま海外留学へと出発しました。

 

理由としては声を改善するためにも

英語を話すということで改善されるかもしれないと思ったから、

もう一つはストレスをためやすい日本ではなく

もっと海外の自由なところで過ごしてみるのはどうかと思ったからです。

 

といっても私は私のままで、

どこヘ行ってもどこか堅苦しい考えになってしまいます。

 

目標は、

人目を気にしない、我慢しない、気楽に生きることです!!

 

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3.海外でもぶつかった壁


会社を辞める時もそうでしたが、

この病気について話すことは、毎回かなり勇気がいります。

恐らく周りの人は私の声の異常には気づいているけれども、

それが病気かどうかはわかっていないし、

会社の人には誰にも何にも話していませんでした。

打ち明けた時、みんな、そんな私でも会社に残って欲しいと引きとめてくれました。

 

とても光栄なことでしたが、今のままでは何も改善しないと思い、

私の意思を貫かせてもらいました。

 

その後、セブ島、カナダへ留学に行ったのですが、

そこでもやはり何度も声の壁にぶち当たりました。


先生もその一人。

先生
もっと大きな声で!聞こえないよ
できる限りは出すけど、これが限界なんです・・・

最初は自分の病気について話すことができませんでした。

この時も病気について話すこと自体、とても勇気がいることだったからです。

 

声の大きさはとても重要だと思っています。

大きい声が出せず声が震える私は、どこか自信がない人にどうしても映ってしまいます。


出したいのに出せない

けど、求められる

 

それがしんどくなり、ついには授業中に泣いてしまいました。

その時、もう打ちあけるしかないと思いました。

 

すると、周りの人たちはこんな反応をしてくれました。


同じような病気の人がすばらしい歌をうたっている動画を送るよ。見てごらん
私も昔はこういう経験があってね・・・
障害や病気がある知り合いがいるけど、彼らは強くていつも刺激を受けるてるよ。
ソフトでいい声だと思うよ。人それぞれなんだから。

 



打ち明けた後は、みんなそれぞれの方法で励ましてくれて、

無理して大きな声は出さなくていいと相手も理解してくれて、

自分の気持ちも楽になりました。


誰しも人それぞれ何かしらの問題を抱えています。
自分だけが特別ではなく、
気負わず周りに話していいものなんだなあと感じました。

 

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4.発声障害を持つ私が英語を使って仕事をする

 

次はこんな私がワーホリに行って、仕事ができるのだろうかと不安でした。

カナダで初めて仕事をした時、

私は始めに自分の病気のことを日本食レストランのオーナーに打ち明けました。

わかってくれて雇ってくれましたが、結局私はそこをクビになりました。

友達にもこういう経験をした子はいたので、必ずしも病気が原因ではありません。

 

そして海外に来たからにはやはり、

もっと英語を使ってお客さんと関わる仕事がしたいと思い、

日本食レストランのサーバーの仕事をすることになりました。

声に関して、「もう少し大きく」と言われることはありますが、

みんな耳を傾けてくれたり、大きな問題はなくできています。

 

もちろん不都合なことはあります。


今でもオーダーをキッチンの人に伝えるときや、

お店が騒がしく大きな声が必要な時は困ることもあります。

けれどこんな私でも目標としていた

英語を使って仕事をすることを実現できました。

病気があるからできないだろうと決めているのも、
理由をつくって挑戦しないのも自分です。


自分が思っているほど難しいことではないかもしれません。


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まとめ

 

カナダに来て感じたのは、私のような病気を抱えた人はいくらでもいるし、

みんな気にしていません。

 影で隠れているような人はいません。

例えば、耳が悪い人は「耳が聞こえにくいの」と言って、

聞こえない時は聞き返します。それだけです。

病気を理由に何かを諦める人も見かけません。

周りもそういう人を支援してくれる人の方が多いです。

 


先日ありがたい言葉をいってくれる人に出会いました。

ありのままの自分を受け入れることが大切だよ。
声が小さいのも自分、病気なのも自分、直そうと頑張るのも自分。
全部それでいいんだよ。
無駄なことなんて一つもないよ。


自分を認めてあげられた気がしました。

勝手に自分でこれはいけない、

こうした方がいいとルールを作っていることに気がつきました。

自分を縛らず、好きなように生きるのが一番いいです。


病気になったことも、全て無駄ではない


とやっと思えました。


おかげで自分の体について知るいいきっかけになったり、

セブ島やカナダでの1年という休養時間を作れました。

 

そして明らかに、日本にいた頃よりは声を出すのが今は楽です。

まだ完治していませんが、同じような病気の人や苦しんでいる人たちと一緒に

我慢せず前向きに頑張りたいなと思って書かせていただきました。



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Araki Ami

2016年9月よりセブ島留学、10月よりカナダへワーホリ中。ものづくりが好き。英語を学びたい一方、人と話すのが苦手で自分がシャイであることを認めた。こんな私でも一歩踏み出せたから何か悩んでる人のきっかけ作り、あと押しができればと思っています。

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Araki Ami

2016年9月よりセブ島留学、10月よりカナダへワーホリ中。ものづくりが好き。英語を学びたい一方、人と話すのが苦手で自分がシャイであることを認めた。こんな私でも一歩踏み出せたから何か悩んでる人のきっかけ作り、あと押しができればと思っています。

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2016年9月よりセブ島留学、10月よりカナダへワーホリ中。ものづくりが好き。英語を学びたい一方、人と話すのが苦手で自分がシャイであることを認めた。こんな私でも一歩踏み出せたから何か悩んでる人のきっかけ作り、あと押しができればと思っています。

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