中学時代の愉快な奴

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 私は中学時代に愉快な奴と遭遇したので、経緯を書いてみよう。


 私は中一の半ばまでは可もなく不可もなく過ごしていたのだが、そんなある日、何の面識もない同級生の愉快な男Aに、突然目をつけられるようになった。理由は定かではないが、廊下などですれ違うたびに愉快なことをされるようになった。私は当初は疑問に思いつつも、気の弱い私はAに対して強く出ることができなかった。そんな事が突然続くようになり、その後は、Aとはできるだけ会わないように、こそこそと逃げ回るようになった。


 中一も終わり、二年生となる。私はこのAとは同じクラスになりたくないと強く願っていたが、始業式の日、私はクラス編成を見て愕然とした。Aと同じクラスになってしまったのである。こればかりは自分の力ではどうしようもない。私は覚悟を決めるしか無かった。そして、この日がそれから半年間に渡るAとの戦いの日々の始まりであった。


 Aは私と同じクラスになるやいなや、その愉快さを発揮しだした。Aとは同じ教室内にいるのだから、一日中逃げられない。


 今でも忘れられないことがある。あるとき、何かの啓蒙ポスターを書くこととなり、クラスの代表者1名が書くこととなったのだが、こんな面倒なことは誰もやりたがらない。


 ところが、あろうことか、Aは近くの席の気の弱い者を捕まえて、そいつに私の名前を言わせたのである。卑怯極まりない行為であった。そして、他に推薦された者もいないので、即座に私に決まってしまった。しかも、そのポスターは翌日に提出である。すなわち、家に帰ってその日中に仕上げなければならない。私が絵が得意であったならば良かったであろうが、私は美術の成績はいつも2で、ましてや絵を書くのは大嫌いであり、その作業は苦痛以外の何ものでもなかった。


 しかし、不本意ながらもクラスの代表と決まったからには、何とかしなかればならない。私はその日は授業後の部活動は休んで家にそそくさと帰り、画用紙を前にしてアイディアを練った。人間は切羽詰まれば何とかなるものである。適当なアイディアが浮かんできたので、これを下手な絵で何とか形にしてその晩に仕上げ、翌日、提出した。今思えば、このAは私に実に愉快な試練を与えてくれたものである。Aはこの種の「人の嫌がる愉快なことをする」点については天才的な才覚を持っていた。


 Aと同じ教室にいるとはいえ、4月、5月は室内での席が離れていたので、少なくとも授業中はまだ平穏であった。ところが、6月の席替えで、運が悪いことにAと隣同士になってしまったのである。そうなれば、Aは授業中でも教師の目を盗み、愉快なことをしてくる。宿題が出れば私のノートを丸写ししする。私の教科書に卑猥な落書きをする。こんなことが毎日のように続くようになり、私の学校生活は暗く、苦しいものとなってしまった。部活の友人に相談するも的を得た回答はない。私は悩みに悩んだ。私は単に勉強するために学校に通っているだけなのに、何故、このような苦しい目にあわなけれならないのかと。


 こういう場合、学校に行かないとか、あるいは不謹慎だが、自ら命を断つとか、そういう選択肢もあったかもしれない。しかし、私は、学校に行かないというのは自らの敗北を認めることとなり、それだけは嫌だった。それゆえ、苦しい思いをしつつも、毎日、歯を食いしばって学校には通っていた。


 しかし、そういう状態もいつまで続くわけではない。そんな暗く愉快な状態が毎日のように続いた6月の終わり頃、私はAに対する考え方を変えたのである。それまでは愉快なことをしてくるAが嫌で仕方がなく、Aも私に対していろいろと愉快なことをして、それを嫌がる私を見て面白がっていたのであろう。

 人間は追い詰められ、切羽詰まれば考え方が変わるものである。ある日突然、私はAに対する考え方を変えることができた。私は悟ったのである。Aはいろいろと愉快なことをしてくるが、こいつはこんなことしかできない、かわいそうな奴だ、と。


 人を笑わせたり、喜ばせたり、楽しませることで自分が楽しい、という人は好かれる。しかし、人を苦しめて自分が楽しむ、というのは人間として最低である。実際、このAは、私だけではなく、他にクラスの弱そうな男や、女子生徒にも、程度の大小はあれ、愉快なことをしていた。Aに反抗すると、このAは恐ろしいまでの狂気の心を出してくる。あのAの狂気の心は今でも忘れられぬ。それゆえ、クラスの者は皆、Aの狂気の心を出さないように、Aとは仲良さそうに振る舞っていた。が、内心ではクラス全員から嫌われていたと思われる。当然である。


 私はAに対して考え方を変えたときから、Aに対しては余裕のある対応ができるようになった。すると、変化が現れた。なぜかはわからぬが、Aが私に対して愉快なことをあまりしてこなくなった。私の反応が面白くなくなってきたのであろう。


 7月になり、本来ならば席替えをするところ、この月は席替えがなかった。なぜなら、席替えは週に一回ある「クラスの時間」に抽選で行われるのだが、7月は野外学習という大きな行事を控えており、「クラスの時間」はその準備にあてられたので、席替えの機会は流れてしまった。


 その後、夏休みをはさみ、9月になっても席替えされず、結果的には、私とAとは、約二ヶ月半、隣り合わせとなった。しかし、先程述べた通り、私の心境の変化により、最終的にはAは愉快なことは全くしてこなくなった。


 そして、10月に入って席替えがあり、以降、学年末の3月まで毎月席替えがあったが、不思議な事に、Aとは席が近くなることがなく、同じクラス、同じ空間にいたとはいえ、Aとの邂逅はほとんど無くなり、私は平和な日々を取り戻すことができたのである。


 3年のクラス編成ではAとは別のクラスとなり、Aのクラスと私のクラスとでは、校舎内のフロアが異なっていたため、3年時にはAとすれ違うこともほとんどなくなった。

 このAとは、中学卒業以来、一度も会ったことはない。仮に今、どこかですれ違ったとしても、私の風貌は中学の時から大きく変わっており、気づかれないであろう。


 数年前、中学の学年同窓会が30年ぶりに開かれ、私は出席した。このAも出席したらどうしようかと思ったが、Aは行方知れずとなったようで、出席していなかった。

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