ぼくが起業した本当の理由

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小さい頃からのイイ子ちゃん症候群



ぼくは今でも、

人にいい顔をしてしまう悪い癖があります。


初対面の人に対して

自分がそれは違うんじゃないか と思ったとしても

場の空気を読んで「YESマン」になるってこと。


今思うと、この究極的に

人の目を気にしすぎる性格が


起業という選択の道へと

進むきっかけになったのかもしれません。



成績がよくないのにリーダーへの道を歩むことに


小学4年生になると、

児童会への立候補ができる学年になります。


といっても当然、

5~6年生(上級生)を差し置いて、

4年生が当選することはまずありません。


何年かに一度、

学年で超人気のイケメンくん

ひとりくらいが当選するくらい。


にもかかわらず、

その年から、


学年から数名ださなければいけないという


意味不明な先生方の話し合いで、


クラスから各1名

選挙に出なければいけないことに。


普通であれば、

成績の良い生徒が選ばれるはずが


成績優秀陣はなぜか全員拒否。



で、断らない(断れない)
自分が選ばれることに(^^;



そりゃーもー、

めちゃくちゃ嫌でしたよ。



人が苦手で、友達も少なく

人の目を気にしているぼくが、


落ちると分かっている選挙に出るわけですから、


でもね。


そこはイイ子ちゃん症候群(笑)


先生からのお前は断らないだと視線と

みんなのお前がやれよ視線を察知したわけです。



そして、見事落選。


そこからの1週間は暗黒ウィーク。

当選発表の掲示板の前を通るたび、


おまえ自身はだめな奴だと言われている感じで

つらい日々でしたね。



ただ、、、それから1年後。


選挙に出たという”実績?!”は

5年生で学級委員長を。

6年生では児童会執行委員になることに。


と言っても、

イイ子ちゃん症候群は相変わらずで

誰に楯突くわけでもなく過ごしていました。


こういう役を務めて進学すると、


中学校時代でも

1年目に学級委員長

2年3年では生徒会役員に。



学年生徒会長就任 そして、先生に殴られまくるの巻


中学1年生の学級委員長時代。


中途採用で選ばれたらしい


50代に近くで

柔道部上がりの

ポマード使ってオールバックの

新人先生が顧問に就任。



これがまぁ、やばい先生でして。


各クラスの学級委員長副委員長が集まり

学年生徒会が結成されるのですが、


生徒会長に誰がなるかの問答で

誰もやらないこの空気になり、


またしても僕はイイ子ちゃんとして

話し合いから2時間後、


「いいよ、俺がやるよ」とカッコつけ

学年生徒会長に就任することになりました。



で、この時のキーワードが

「連帯責任」という

理解しがたい

大人の論理を振り飾されることに


例えば、学年生徒会長として

様々な会議に出席する中、

他の学年生徒会の役員が遅刻したりすると、


なぜか、学年生徒会顧問の先生に

役員の遅刻はリーダーの責任だということで


怒られるのではなく

”ぼくまでもが殴られる”という

意味不明な行動連発。



学年生徒会の

誰かが何かをして失敗すると、

学年生徒会長も連帯責任だ!ということで


正座をさせられ、

思いっきり叩くまたは殴るわけです。



この頃から、ぼくの性格は曲がり始め、


顧問に対してだけでなく、

論理的に破綻している人間たちに


嫌悪感を覚え始めてきていました。



友だちが多い人間が勝ち組なのか


大人たちはみな、


友だちをたくさん作りなさい。

それが後の、助けになるからという


意味不明な論理を展開し始めます。


まぁ、子育てでも

友だちとは仲良くするんだよって

教育すると思うので、


全てが間違っているとは思っていません。


ただ、結論から申し上げれば、


当時、友達が多かった”人気”ものたちは、


全員、悲しい末路を辿っています。

※ようにぼくからは見えます。




友だちを増やすことは簡単です。


全員にイイ子ちゃんのふりをして

いじめられている子を助けたりせず、


いじめているグループの

輪に入ればいいだけ。


「そうだよね」

「私もそう思う」

「悪いのはあっちだよね」


みたいにしていれば、

まぁ、まず一人になることはありません。


で、ぼくはというと、

肝ツテ気にひとつめの限界値に達し、


全員バカなんじゃないかモード

突入していくのでした。



全員バカなんじゃないかモードの発動




イイ子ちゃん症候群の特徴は、

人の目を気にするばかり、


相手が何を考えているかを


徹底的に観察し

答えを導き出す習性があること。



これは気遣いができる人ではなく、

ただただ観察しているだけなので、


好印象になるわけではありません。



結果、みんな

正論より”空気”を読むことに必死で


本音を言わない世界が

この世の正しい世界なのだと実感。



先生たちですら、

間違っていることに対して、

それを正そうとすることはありません。


生徒やほかの先生方から白い目で見られないように

出る杭にならないように必死だったのです。


そんな毎日を送っていると

全員バカなんだと割り切って

コミュニケーションを取るのが

とても楽になっていきました。



念のため、補足しておくと、


この場面では、

自分もイイ子ちゃん症候群なので


本音を言わない

空気だけを読むバカ


であることはきちんと認識しています。



けれど、それを棚に上げて

全員バカだからもういいやモードになってしまったわけです。



好きに過ごした専門学校時代


全員バカなんじゃないかモードは、


高校を卒業するまで続き、

一旦収束していきます。


理由は、音響の専門学校入学のため

東京に引っ越したからです。


これまでのライフスタイルは、


・夜18時以降の外出禁止

・遊ぶといっても近くのデパートだけ

・酒やたばこを吸うなんてこともない


よくある”田舎人”の過ごし方をしていたのが、


東京に出たとたん、

コンビニは徒歩1分圏内にあり、

電車も深夜まで走っている。


18歳なのにタバコ吸っている人もいれば、

中学校時代から髪を染め

夜中まで遊びまくっていた人たちばかり。



カルチャーショック というより

これまで自分が我慢していたことが

馬鹿らしくなっていました。


好きなことを好きなだけできる環境 最高です。


自由には責任を伴うことは百も承知。

お金がなくて苦しいときもたくさんあったけど、

新しい発見ばかりの2年間でした。



就職せず岩手に戻る 時給680円とノルマ


それから、

音楽業界には就職せず実家に戻り、

アルバイトを始めます。


ここで残念なお知らせが。

ここからまたイイ子ちゃん症候群と

全員バカなんじゃないかモードが発動。


きっかけは、

本屋でのアルバイト先で訪れた


とある出版社との契約で

売れない辞書を5冊以上売れというノルマ。


売れなかった分は、

バイト代から差し引かれるという事件。



それから、派遣社員も経験し、

苦痛と世の中の正しさが

自分の正しさではないことを悟り、


起業へと向かいます。



詳しい話はまた後日するとして、

ぼくが起業した理由は、


子供のころから味わってきた

本音の建前を重視する大人たちへの怒りから

反逆の狼煙を上げるため。


自分の人生このままじゃ嫌だという人たちを応援したい


こんな人生を歩んできたから、

世の中の”空気”に押し切られ、


自分の信念を曲げながらも

一生懸命に生きている人や


学歴もない自分だけど

人生このままじゃい嫌だという人を

応援したいという気持ちがあります。


ぼく自身、専門学校卒で

アルバイトと派遣社員の経験しかないけど

そんな人間でも起業できたわけですから(^^;




起業13年目の今


起業してからの12年間は、


正論や本音ばかりを言って

みんなに迷惑をかけてきた12年でもあるけど、


やっぱり楽しい。


過去に惨めな思いをした人

イイ子ちゃん症候群の人

世の中みんな馬鹿じゃないかと本気で思っている人

世の中の正論に対して怒りを持っている人

今の自分に不満な人


は、

一度、ビジネスを始めてみて欲しい。


自分が正しいと思っていることは通用するのか。

いい腕試しになると思いますよ。



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佐藤 勝一

1983年生まれ 34歳 アントレプレナー通信代表 起業して13年目。 徹底したあまのじゃくでここまで生きています。

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佐藤 勝一

1983年生まれ 34歳 アントレプレナー通信代表 起業して13年目。 徹底したあまのじゃくでここまで生きています。

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1983年生まれ 34歳 アントレプレナー通信代表 起業して13年目。 徹底したあまのじゃくでここまで生きています。

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