出会って30秒ぐらいの人にプロポーズした話 【第1話】

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プロローグ

- 写真で見たよりも、可愛いな -
部屋に入り、テーブルを挟んで向かい側の席に彼女が座るまでの30秒間、そんな事を考えていた。

『初めまして』

僕が彼女に向かって、最初に発した言葉がそれだ。
果たしてこのプロポーズは成功するのだろうか。


竹内紳也・30歳。

この物語を円滑に理解して頂くために、ひとまず、自己紹介をさせて頂くとする。

竹内紳也の30年間

最初に言っておきたいのだけれど、僕は30年間、ずっと幸せだった。

小、中、高校時代を過ごし、アルバイトを経て、社会人になって働く毎日。
人間の人生は、1行の文で表そうと思えば簡単である。
特に何かをやり遂げるわけでもなく、泣いて笑って、何となく積み上げた30年間。そんな僕の肩書きを一言で表すなら

「女体知らず」 だ。

…うん。まるで妖怪の名前である。
自分で書いておきながら、すごく悲惨な言葉だ。ストレートで、実にインパクトが強く、聞いた瞬間に死にたくなる。
なぜ、親から健康な体を授かった僕が「女体を知らないまま」30年間も過ごすことになるのか。

その理由をここで説明するつもりは無いし、自分自身でもよくわからない。

中学時代から美少女アニメとカードゲームにハマり『現実世界の女とかマジで無理w』とか思いながら男子校同然の工業高校に進学、卒業。
そこから29歳までひたすらアルバイトをしながら趣味にオンラインゲームを追加して、とくに友達とも遊ばずに家とバイト先をひたすら行き来するだけの毎日を送り続けてきた。

それが僕の人生だ。

給料はオンラインゲームの課金に全て消えた。貯金は一切ない。
洗濯のしすぎで白くなったジーンズに、ダルダルに伸びきったTシャツ、ボロボロになった靴を身につける。元々が安物である。
ボサボサの頭は、寝癖を直す気力がない事を示していた。
中でもひどいことに、メガネのレンズは傷だらけで視界が白くなるほどだった。

女性から見た僕は、きっと一切の魅力が無い男だっただろう。
その事は自覚をしていたし、そもそも女性と付き合うつもりも無かった。
フリーターの上、貯金が全く無いのでは女性と付き合っても仕方が無いと思っていた。

それでも、ゲームをやってる間は楽しいし、コンビニの弁当は美味い。
体も健康を維持し、特に不幸だと思ったことは一切ない。

そんな僕が今の会社に正社員雇用されたのは、いわゆる「コネ」だ。
幼馴染の親友が、LIGというウェブ制作会社の代表取締役だったので、僕を正社員として雇ってくれた。
アルバイトよりも正社員の方が良いし、ウェブ制作とはどういう仕事なのかは知らなかったが、なんとなくインターネットとか出来て面白そうだったので、とりあえず入社することにした、というのが正直なところだった。

そんな僕に与えられた仕事は、メディア事業部としてLIGという会社のブログを運用することだった。
昔からユニークな発想で人を笑わせる事が得意な僕にとって、この仕事は適任だった。
こまめにFacebookやTwitterといったSNSの更新も続けた甲斐もあり、いつの間にかLIGのブログにファンが生まれ、順調にPVが増え続けた。
ファンとの交流も綿密にするようになっていった頃、LIGのブログはウェブ業界でも話題となり、プロモーションや制作の依頼など様々な仕事がくるようになった。
僕は毎日夜遅くまで働き、1年間でウェブについても多少は詳しくなっていった。
しかし、以前と変わらず、女体知らずだった。

嫁をウェブで募集するまで

2013年3月30日。
上野にあるウェブ制作会社、LIGのオフィス。
なにやら忙しそうに動きまわる人達。
カメラマンは笑いながらシャッターを切っている。
髪をオールバックにまとめた僕の表情は、緊張のためにひきつっていないかが心配だ。

綺麗な身なりをして黙っていれば「それなりにカッコイイ」と会社の女の子に言われることもあるのだけれど…
胸ポケットに赤いバラを挿したことで【勘違いなキザ野郎】にしか見えないから不思議だ。

さて、僕は緊張しながらも撮り終えた写真のチェックをカメラマンと一緒に行いながら
「本当にこんなことをしても大丈夫なのだろうか?」
と、2日後のエイプリルフールに発表する企画の事を考えていた。

ウェブ業界ではエイプリルフールに【ウソネタ】を発表するのが通例となっていたのだが、LIGが【ウソネタ】を発表するのでは普通すぎるし、他の会社とは何か違うことをやりたい、と思っていた。
しかし、特に良いアイディアも浮かばず、忙しい毎日が過ぎていく中、ふと「エイプリルフールを逆手にとって【ウソっぽいマジな企画】を発表するのが面白いんじゃないか?」
というアイディアが出た。

そこで思いついたのが「インターネットで彼女を募集すること」だった。

とにかく毎日が忙しい上に友達もいない。社員以外の女性と話す機会もない。
彼女が欲しい。家に帰って、癒されたい。手をつないだり、チューがしたい。
このふざけた企画で彼女ができれば嬉しいし、仮に応募が一切なかったとしても、それはそれでネタになるので良いと思っていた。

しかし、すぐにこんな考えが浮かんだ。
「もし、この企画で仮に彼女ができたとしても、自分は30歳を過ぎて貯金は一切ない上に、ファッションセンスのかけらもない。すぐにフラれるだろう。」
単にネガティブ、というわけではない。一般的に考えてそうなる可能性が高いと素直に思っただけだ。

でも、それなら簡単に別れられないような関係を築けば良い。すなわち、即座に結婚契約を結んでしまえば良いのだ。

「募集するべきは彼女ではない。嫁だ。」

…我ながらなんて極端な思考回路なんだろう。
彼女は無理でも、嫁ならOK、なんて理論が成り立つのだろうか。

ともかく、会社に相談したところ
「いいね。やろう。」
と、二つ返事だった為にこのプロジェクトは見事、遂行される事となった。

写真のチェックが終わり、早速、企画の原稿を書き始めることにした。
完全にエイプリルフールのネタ、と思われたら誰も応募はしてこないだろう。

とにかく、真剣に、想いが伝わるように。

書き終えた頃には翌日の朝になっていた。
なんて大変な企画が始まってしまったのだろうか。

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出会って30秒ぐらいの人にプロポーズした話 【第2話】

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